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美しい冬物語  作者: 木の葉りす
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第1話 りんご姫


雪が静かに降っている。

ロティは長椅子の上に乗って窓の外を見ていました。

ロティは7歳の女の子。

暖炉のそばで、おばあさんが糸引き車を回しながら糸を紡いでいました。

「ロティ、寒くないかい?暖炉のそばにおいで」

ロティは丸椅子を持っておばあさんのそばに座りました。

「おばあちゃん、どうして雪は降るの?どうして森を白くしてしまうの?」

「それはねロティ。雪は汚れを真っ白に消してくれているのだよ。森も町も雪が綺麗にしてくれているんだよ」

「おばあちゃん、何かお話をして」

ロティは足をぶらつかせながら、お話をせがみました。

「そうだね、どのお話にしようかね。ロティの好きな美しいお姫様のお話にしようかね」

おばあさんは窓から見える雪を見ながら話し始めました。


昔々、人間と悪魔や天使が同じ世界に住んでいるころの話です。

それは、とても寒い北の国がありました。雪深く冬がとても長い国です。

そこに1人の美しいお姫様がいました。

カラスの尾羽のような真っ黒な長い髪に雪のように真っ白な肌。そして、リンゴのような真っ赤な唇。

名前をアリア姫と言いました。

誰もが、一目見ただけでため息をついてしまうくらい美しいお姫様です。

父である王様も、母であるお妃様までもがアリア姫に見とれてしまう。

こんな美しいお姫様はどこにもいない。

誰もが愛してしまうお姫様。

国中の人がアリア姫を愛していました。

そんなアリア姫は、毎日お城の一番高い塔から外を見ていました。何を見ているのかと聞かれても微笑むだけです。

アリア姫の瞳は遠くを見ています。

美しいアリア姫には、多くの国から結婚の申し込みがたくさん来ます。

お金持ちの国や広くて大きい国、それに戦いに強い国や実りの豊かな国などです。どんな大きな国の王子さまでも、たくさんの宝石を持って来た王子さまでも、アリア姫は首を縦に振ることはありません。

アリア姫は今日も高い塔から外を見ていました。

そんなアリア姫に恋をしたのは人間だけではありませんでした。

塔から外を見るアリア姫に恋したのは、悪魔の王・ルシファです。

誰もが恐れる悪魔の王・ルシファもまたアリア姫の美しさに恋をしたのです。

ルシファは美しい青年に姿を変え、たくさんの贈り物を持ってアリア姫の前に現れました。

それでも、アリア姫は首を縦に振ることはありませんでした。

ルシファは怒り狂いました。悪魔の姿に戻り「この国を暗黒の闇に沈めてしまうぞ!」とアリア姫を脅しました。

アリア姫は悲しい瞳をしてルシファを見ました。

ルシファは、なぜだ?と聞きました。

アリア姫は右手の薬指にはめているカメオの指輪を握りしめました。

そして、静かに話し出しました。

私には約束した人がいます。

その人を待っているのです。

私は子供の頃、お城を抜け出して森にあるリンゴの木の下で遊んでいました。

そこに少年が来るようになりました。すぐに仲良くなって遊ぶようになりました。友達のいなかった私はとてもうれしかったのです。

ある日、その少年はもうここには来ることができないと言いました。

私は、なぜ?と聞きましたが、彼は悲しい瞳をして微笑むだけでした。

私は泣きました。ひとりぼっちになってしまうと思ったからです。

そんな私に彼はカメオの付いた指輪をくれました。

「ぼくが来るまで待っていてくれる?それまで、この指輪を持っていてね」

それから私はずっと待っているのです。

約束したんですもの。

アリア姫は指輪を握りしめたままルシファを見上げました。

ルシファは怒り狂いました。黒い雲が国中を覆い、雷が鳴り響きました。

それでも、ルシファの怒りは収まりません。ルシファの感情が、怒りから悲しみに変わり、虚しさ、厭わしさ、それに嫉妬になりました。

悪魔の王ルシファから出るそれらの感情は国中を暗黒の闇に変えてしまいました。人々は暗闇の飲み込まれ動かなくなってしまいました。

ルシファはもう一度アリア姫を見ました。そして、矢を構えました。

ルシファは最後に聞きました。

「私と結婚する気はないのか?」

アリア姫は悲しい瞳をしたまま、首を横に振りました。

ルシファは矢を放ちました。

矢はアリア姫の心臓に刺さりました。


パチパチパチ。

暖炉の薪が爆ぜている。

「おばあちゃん、アリア姫は死んだの?」

ロティは身を乗り出しておばあさんに聞きました。おばあさんはロティの頭を撫でながら言いました。

「アリア姫は死んではいない。矢を受けて、どれだけ苦しくても、どれだけ血を流してもアリア姫は死んだりしないのさ。アリア姫は待っているのさ。愛する人を待っているのさ」

「おばあちゃん、それでアリア姫はどうなったの?」

おばあさんはまた語り始めました。


アリア姫も森も町も城も人々も、国中が暗黒の闇に包まれていました。

そして、悪魔の王ルシファもまた暗黒の闇に包まれたまま、アリア姫のそばにいました。アリア姫から離れなかったのです。

暗黒の闇とは、全てのものの時を止め、とても苦しく、とても悲しい世界でした。

その暗黒の闇に包まれた国に一人の若者がやってきました。普通の人には入ることのできない国に若者はやってきたのです。彼は強い心と強い愛を持っていました。だから、暗黒の闇に包まれた国でも入ることができたのです。

若者は暗闇をもろともせず、どんどん進みました。森には動物たちのいる気配も感じられず、町には、人がいる気配もしません。それでも、若者は怖がることもなくお城に向かって進んで行きました。

お城の門は開いたままです。

若者は門をくぐり、お城の中へと入って行きました。お城の中も真っ暗です。兵士も召使いたちも石のように固まっています。若者はアリア姫の部屋を探しました。

廊下を歩いていると、いっそう暗闇に包まれた部屋がありました。若者は迷わずその部屋に入っていきました。

ドアを開けると、ベッドに胸に矢が刺さったままのアリア姫が横たわっていました。若者は、アリア姫のそばに行くと涙を流して泣きました。そして、アリア姫の指にあるカメオの付いた指輪を見つけて、アリア姫を抱きしめて泣きました。

若者は、アリア姫が待っていた人だったのです。

隣の国のアーサー王子だったのです。

アーサー王子は小さい時に敵対している国に人質として行くことが決まっていました。アリア姫にさよならを告げたのもそのせいだったのです。

アーサー王子も、アリア姫のことを忘れたことはありませんでした。いつも、高い塔からアリア姫のことを想って外を見ていたのです。

アーサー王子もアリア姫を心から愛していました。だから、もう一度会えるようにと指輪を渡したのです。

アーサー王子は約束通りに会いに来ました。どんな困難が待ち受けようとアリア姫への愛は変わらない。暗闇に包まれようが迷うことなくアリア姫に会いに来たのです。

でも、アリア姫の胸には矢が刺さっていたのです。アーサー王子は泣きながら、アリア姫の胸から矢を抜きました。赤い血が流れて、アリア姫の白いドレスを赤く染めていきました。

アリア姫は死んではいない。

だってアーサー王子を待っていたのですから。

でも、矢を抜いてもアリア姫は目を開けません。アーサー王子はアリア姫を抱きしめることしかできません。

暗黒の闇が濃くなった気がして、アーサー王子を顔を上げました。

そこには、深い悲しみと深い闇をまとった悪魔の王・ルシファが立っていました。

ルシファは言いました。

「その矢で自分の胸を突いてみろ!そうすればアリアは目を覚ます」

アーサー王子は迷いませんでした。

だってアリア姫を愛していたから。

怖いものなんて何もありません。

怖いものはアリアを失うことだから。

もし、ルシファが嘘をついていたとしても、アリア姫のいない世界で生きて行こうとは思わなかったのです。自分の命でアリア姫が目を覚ましてくれるのなら、死ぬことなんて怖くありません。

アーサー王子は矢で胸を突きました。

アーサー王子の胸から血が流れました。抱きしめていたアリア姫にその血は流れて行きました。

アリア姫は目覚めました。

アリア姫が目覚めて一番初めに見たものが胸に矢が刺さっているアーサー王子だったのです。

アリア姫は泣きました。涙が止まりません。アーサー王子を今度はアリア姫が抱きしめました。

愛する人を失ったアリア姫はアーサー王子と同じことを考えました。

アーサー王子が死んだのなら、私が生きている意味がないのだと。

アーサー王子の胸に刺さっている矢を抜いて、もう一度自分の胸を突きました。

悪魔の王ルシファは黙って見ていました。悲しい瞳で見ていました。

ルシファの瞳には何が写っていたのでしょう。

ルシファの心には何が聞こえたのでしょう。

ルシファは二人の胸に手を当てました。

その途端、暗黒の闇に光が戻りました。

そして、アリア姫の胸にもアーサー王子の胸にも矢も傷もなくなっていました。

ルシファの瞳には、もう悲しみはありません。憎しみも怒りもありません。

ルシファは黙って空へと飛び立って行きました。

アリア姫とアーサー王子は目覚めました。そして、国中が、人が、動物が目覚めました。

闇が晴れて元の美しい国に戻ったのです。

アリア姫とアーサー王子はめでたく結婚することができました。

アリア姫の薬指には、カメオの付いた指輪が光っていました。


おばあさんは糸車を回しながらお話を終えました。

「おばあちゃん、どうしてルシファは二人を助けたの?良い悪魔になったの?」

ロティは不思議でなりません。

「ルシファは本当にアリア姫を愛していたんだよ。愛という力が悪魔の心を動かしたんだよ」

「おばあちゃん、愛の力って強いの?」

「ロティ、愛の力というのは、強い力なんだよ。人を強くする。人を守る。人に力を与えるんだよ」

「愛ってすごいんだね」

おばあさんはロティの頭を撫でました。

「さぁ、もうおやすみ」

「うん。またお話しを聞かしてね」

ロティは暖かいベッドに入って眠りました。

雪はまだしんしんと降っていました。




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