8 聖剣の旅立ち
今回は区切りが良いので少し短めです
出発の日の朝。オバちゃんはいつもの青い前掛けではなく、首にモコモコのついた厚手の服に着替えていた。都を出て遠出をする時に着る、よそ行き用だ。
もし都の外で何かあったら自分の身は自分で守らなければならない。宿の扉の前で軽く素振りをする。
一連の動作を確認した後、聖剣を背中の鞘へとしまった。
この旅の為に武器屋の人に作ってもらった特注品だ。皮のベルトに鍔を引っ掛ける金具が付いた簡素なものだが、軽くて取り回しが良いのでオバちゃんは気に入っていた。
国が出してくれた路銀と着替えの入った袋を持って宿屋の戸を開ける。
オバちゃんはふあ〜と大きな欠伸をしたが、これは決して気が抜けての事ではないのを僕は知っている。
今がまだ空が薄暗いほど早い時間なのもあるが、剣を抜いたあの日からオバちゃんはロクに寝ていなかった。
その理由は簡単だ。宿屋を利用する人が急に増えたからである。もっとも客の大半は宿泊よりも、聖剣やオバちゃんを見るためにきたのだろうが。
もちろん旦那さんも腰を庇いながらも切り盛りしてくれてはいたのだが、オバちゃん自身は安息とは程遠い数日間だった。結果的にこんな時間に出発することになったのも出来る限り人目を気にしての事である。
「それじゃあ行ってくるね」
見送りに出た旦那さんとペスに別れの挨拶を告げる。するとしょんぼりした顔をしながら、小さな箱と更に小さな包みを手渡された。
「これ、お弁当と御守り。ちゃんと届けたら無事に帰ってくるんだよ。家の事は心配しなくていいから」
その言葉にオバちゃんは吹き出して笑った。
「そりゃ戦争に行く夫を送る新妻の言葉かい?どっちが旦那かわからないねぇ」
しんみりしていた旦那さんもつられて笑い出した。見送ってもらうなら笑顔の方が良い。
ひとしきり笑い終えると、今度こそオバちゃんは街の出口へと歩き出した。周りには人気も無く、空気は肌寒い。クラストの時とは全く違う旅立ちとなった。
だが、あの時とは違って今度は僕が旅立つんだ。恐怖心がないと言えば嘘になるが、それでも僕の心は希望に満ちていた。
登ってきた朝日に照らされたオバちゃんの顔もどこかワクワクしているようだった。
「そう言えば、まだちゃんと自己紹介して無かったね」
(そうだね。僕は関口 健太って言うんだ、よろしく)
「ケンタね。あんま聞かない感じだけど良い名前じゃないか」
(オバちゃんはサイモンさんだよね?」
「キャロだよ」
(えっ)
「私の名前だよ。キャロライン=サイモン」
(えっえっ)
「だからこれからはオバちゃんじゃなくてキャロちゃ…
(あ、イイっす)
こうして僕とオバちゃんの勇者に聖剣を届ける旅は幕を開けたのだった。