7 聖剣の涙
「は〜〜〜〜」
城からの帰り道、僕とオバちゃんとペスはトボトボと城門から続く坂を歩いていた。下り坂にも関わらず、オバちゃんの足取りは来た時よりも重そうだった。
「なんだか大変な事になっちゃったわね〜」
(全くだ。こんなのオバちゃんが可哀想過ぎる!)
あのやり取りの後、数日の間に準備を済ませてオバちゃんは旅に出る事を約束させられた。不在の間、不足した店の売上金は国が肩代わりするとか言っていたけど正直怪しい。
「帰ったら父ちゃんになんて言おう」
勇者達が無事どころか、目撃情報だって全くデタラメの可能性もある。
ただ、ノザリスの街の名前は聞き覚えがあった。ここから北にある城塞都市で、ゲームでも勇者達は冒険の途中で立ち寄る事になる。なので完全な嘘とは言い切れない。
(ああもうっ、なんか煮え切らないっ! でもムカつく! )
「ちょっとアンタ! どこの誰だか知らないけど、さっきからうるさいよ」
(あっ……ごめんなさい)
「こっちだって考え事してるんだから黙っといておくれよ」
オバちゃんもピリピリしている様子。首を上げて周りをキョロキョロ見渡している。
って、そんな事より……
(オバちゃん僕の声が聴こえるの?)
「朝からずっと聞こえてるよ。魔法でイタズラしてるのか知らないけど、いい加減顔を出したらどうだい?」
(えーと、オバちゃん。じつは……)
僕はこれまであったことを包み隠さず話した。自分が別の世界から来たこと、ここがゲームの中の世界ということ、何故か聖剣になっていたこと。
そして僕のせいで勇者を見殺しにしたこと。
終わる頃には城の敷地を出てしまっていた。小さくなった見張り塔を背にして、オバちゃんはウンウンうなづく。
「ふぅん、ボウヤにも色々あったってワケねぇ」
ガヴリールを正面で握り込んで剣身に向かって優しく語りかけてくれた。
(僕の話を信じてくれるの?)
数年ぶりに人と会話出来た上にこんな突拍子も無い話を信じてくれる。こんなに嬉しい事はない。
「ボウヤの声は剣が抜けた時から聞こえてきてたんだよ。私も最初は頭がおかしくなったと思ってたんだけど、まさか剣が喋ってたなんてねぇ」
オバちゃんはふふっと小さく笑った。
「ボウヤがこの聖剣なのは分かったよ。別の世界から生まれ変わったとか、ゲームの事はよくわからないけど」
この世界は、別の世界のゲームの中だ。そう言われて納得出来る人の方が少ないだろう。むしろ理解できないのが普通だ。
(そうだオバちゃん。あの宰相と騎士団長の事なんだけど)
「王様が病気なのをいい事に好き放題やってるんだろう?」
(えっ)
「ついでにクラスト君達と同じように私も追い出そうとしてる。違うかい?」
(そうだけど。オバちゃん分かってたんだ)
「あのねぇボウヤ、私はもう20年もこの街で宿屋のやってるんだよ。そんな見回り衛兵の雑談レベルの噂なんか知らないワケないだろう?」
(ごめんなさい)
「男ならすぐに謝らないの」
ワンワン
今まで後ろをついて歩いていたペスが、急に走り出した。
「おーい」
道の先から小柄な男性が走ってくる。口にちょび髭を生やしたタレ目で、見るからに気弱そうな男性。どうやらペスは彼に気づいて駆け出したようだ。
その人の顔は僕もよく知っていた。毎朝の犬の散歩が日課の宿屋の亭主、ジョージ=サイモンさん。つまりオバちゃんの旦那さんだ。
「アンタァ! ギックリ腰なんだろ、そんな走って大丈夫なのかい?」
「大丈夫じゃないよぉ〜」
亭主は苦痛と息切れで顔を歪めながらも、途切れ途切れで言葉を続ける。
「でも中々散歩から戻らないし、空は急に光るし、お客さんは剣を抜いて城に行ったって言うし、心配でお店閉めてきたんだよぉ〜」
なるほど。今日はギックリ腰になった旦那さんの代わりにオバちゃんがぺスを散歩してたのか。
奥さん思いの旦那さんではあったが結局力尽き、オバちゃんに支えてもらう羽目になってしまった。
だがオバちゃんの気苦労は終わらなかった。お店を閉めてきたと言ってはいたが、噂のオバちゃんを一目見ようと普段以上に人が集まっていたのだ。
「あっ帰ってきた!」
「ちょっとサイモンさん聞いたよー?」
「聖剣ってそれホンモノなのかい?」
本人が帰ってくるや否や、すぐに取り囲まれてしまった。
「アンタ達ウルサーーイ!!」
今までの疲れと鬱憤がたまっていたオバちゃんは声を張り上げた。皆一様に身体を強張らせて固まる。
「今日はもう疲れたんだ。悪いけどみんな帰っとくれ」
ぶっきらぼうにそう言うと、裏から店の中へと入っていった。
自分の部屋に帰るなり、オバちゃんはベッドで横になった。
旦那さんが遅めの昼食を作ってくれていたみたいだけどそれも断っていた。宿屋に泊まっていた人は、オバちゃんに興味があったようだが旦那さんが説得して部屋へと追い返していた。
(なんだか大ごとになっちゃったね)
「そうだね」
(ごめんなさい)
「だからそうやってすぐに謝らないの!」
(いや、僕のせいだ!)
僕は怒鳴り返した。オバちゃんはムクリと身体を起こして僕、部屋の隅の慎重に立て掛けた聖剣を見る。
(僕があの時、素直にクラスト達と旅に行ってれば。そうすればオバちゃんにも…)
「でも、旅に出てたら死んでたかもしれないんだろ?」
(そうかもしれない……でも、5年間も見殺しにしてしまった事を後悔したんだ。ずっと一人で)
「だったらその後悔を糧にして進まなくちゃね」
よっこらしょ。オバちゃんはベッドから起きると剣を構える。そして僕だけにあらためて話しかけてくれた。
「もしこの先クラスト君達が困ってたら、次こそ力になりたいんだろ?」
(うん、その通りだよ。でもオバちゃんには……)
「私は出来るもんなら行きたくないよ。旦那は腰やっちゃって心配だし、悪い貴族に良いようにこき使われるし、最悪死ぬかもしれないし」
(だったらなんで?)
オバちゃんはニカッと笑って見せた。そして剣を持つ手に力を入れた。
「でも若い子が悩んでるなら助けてあげたいとも思っちゃうのよ。どうせ危険な旅になるんだ。なら一つでもポジティブな事見つけてヤル気出さなくちゃね」
そう言ってまた僕を立て掛けさせた。
「そういうワケだから、ちょっくらご飯食べてくるよ。冷めちゃってるかもだけど」
オバちゃんはサッサと部屋を出て行ってしまったが、それが僕には有り難かった。
(うぅぅうっうっ)
僕は泣いていた。言葉が届いた事、今までくすぶっていた気持ちを吐き出せた事、優しく励ましてくれた事。
理由は色々だけど、涙を流す事は出来ないけど、僕は泣き続けた。