6 騎士団長の策略(後編)
「宿屋の御婦人をお連れいたしました!」
堂々した兵士とは対照的に、後ろから出て来たオバちゃんは背筋を丸めてオドオドしていた。この国の一般人の感覚としては、城に入ることは僕の想像以上に恐れ多いものなのかもしれない。ましてや国王への謁見ともなれば尚更だろう。
「ご苦労であった。見張りに戻れ」
「ハッ」
騎士の命令を受けて、兵士は足早に去っていく。取り残されたオバちゃんは心配そうに眉をハノ字に曲げた。
普段は玉座に国王が座り、貴族や役人がひっきりなしに訪れるだろう謁見の間。しかし今のこのテニスコート大の部屋の中はオバちゃんを含めた3人しか居ない。
豪華な調度品や美しい彫刻なども、オバちゃんの孤独と不安を煽っているようだった。
そんなオバちゃんの様子を察したのか、騎士はにこやかに笑いかける。内面はともかく、笑顔だけ見れば白髪混じりのナイスミドルだ。
「はじめまして。グラール王国騎士団長を勤めております、アーノルドです。こちらは病床の王に代わり執政を行なっているペドロ宰相」
宰相は銀縁眼鏡をかけ直しながら、騎士団長に合わせて会釈した。
2人の肩書きを知ったオバちゃんの顔が益々青くなっていく。
「騎士団長様に、宰相様。あの、私、その……」
「まぁまぁ、落ち着いて。今朝方早くに登城されて、さぞや驚かれたことでしょう。
ですが、まずは我々の話を聞いてもらいたい。どうぞこちらへ、サイモン夫人」
そう言って窓の側に置いてあるテーブルへと案内した。
あくまで紳士的に振る舞う騎士団長だが油断は出来ない。その笑顔が仮初めの物だということは僕だけが知っている。置かれた床から注意深く様子を伺った。
「貴女が広場の聖剣を台座から引き抜いた。と、今朝方に報告を受けましてね。実際の所はどうなのですか?」
「抜いたと言うか、抜けてしまったというか……」
オバちゃんは目線を下げて、言葉を濁した。
緊張してたのもあるが、飼い犬が汚したのでどけようとしたらウッカリ抜けてしまったと正直に言いたくもないだろう。
「ふむ、では質問を変えましょう。今ここにある剣。これは広場の台座にあったもので間違いないですか?」
目線を落とし、掌で床に置かれた剣を示した。残りの二人も続いて首を傾ける。
「はい、間違いないと思います」
「手に取って貰って構いませんか」
オバちゃんは広場したのと同じように、ヒョイと持ち上げ振って見せた。場所が場所なので動きは多少ぎこちない。
「では宰相殿、夫人から剣を受け取ってもらっても?」
「ワシがか?」
「ええ」
(あ、この流れは……)
オバちゃんは緊張した面持ちで両手を添えて剣を手渡す。宰相の方も重さを意識してか、腰を落として腕に力を入れた。しかし……
ズドオォン!
宰相は抵抗をする間もなく剣を床に落とした。体勢を崩して自らも床に頭を打ち付けた。幸い石畳とは違ってここの床にはヒビが入らなかった。
(ざまぁ)
額に手を当てながらヨロヨロと立ち上がると顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「無礼者がぁ!何をしたか分かっているのか!」
「まぁまぁ落ち着いて頂きたい。失礼とは思いましたが、宰相殿は先程から聖剣が本物かどうか疑われていましたので。
まぁ最終確認です。」
「落ち着いて居られるか!しかもお前はワシを試したなっ!危うく死ぬところだったんだぞ!」
「だが伝説の聖剣はさておき、これがただの鉄の棒ではない事は御自身でご理解頂けたはず」
「ううぅむ。だが貴様のした事はだな…」
「それに流石は宰相殿だ。すぐに手を放す咄嗟の判断がなければ今頃は両肩の骨が外れていたでしょう。団長の私から見ても見事な引きの動きでした」
「そ、そうか?」
まんざらでもなさそうな顔の宰相を見ながら、騎士団長が鼻で笑うのを俺は見逃さなかった。
この宰相がチョロいのか、騎士の口が上手いのか。あるいは両方か。
「あのー」
申し訳なさそうにオバちゃんは声をかけた。丁寧に落とした剣も拾ってくれていた。
「これは失礼、疑うような真似をして済まなかったサイモン夫人。いや聖女様」
「聖女様だって!?」
騎士団長の言葉にオバちゃんも僕も、そして宰相も驚く。
「夫人はあの勇者クラストでも不可能だった偉業を成し遂げたのです。これはもうガヴリールに選ばれた聖女と呼んでも差し支えないのでは?」
大袈裟な仕草でそう言うと、後ろを振り返って宰相の顔を見た。何かを察したのか宰相もそれに続く。
「そうですぞ、ご婦人。されば今こそ、聖剣の力を持って憎き魔王を倒し、このグラール王国をお救…」
「う為にも、是非我々にご協力をお願いしたい」
絶妙なフォローだった。
「そりゃあこんなご時世だから、私に出来る事ならしたいけど。魔物なんて見たことも無いし、戦うだなんてムリだよ」
オバちゃんは困った顔で手を振る。だがその反応も予想の範囲内なのか騎士団長はにこやかだ。
「昨日まで宿屋の経営をされていた方にいきなり戦えだなんて言いませんよ。才能のある新兵でさえ実際に戦場に出るまで何ヶ月も訓練するものです」
「なら私は何をすればいいんだい?」
「貴女にはその剣を勇者の元へ届けてもらいたいのです」
「勇者って昔旅に出たクラスト君達の事かい?あの子達無事だったのかい!?」
オバちゃんは目を丸くする。
「左様。これはまだ公では無いのですが、北東のノザリスの街で彼らを見たとの情報があります」
「分かってるなら、なんで助けに行かないんだい!?」
「落ち着いて下さい、我々も歯痒いのです。彼らはこれまでの旅で魔王に気づかれることなく本拠地の近くまで来たのです。
ここで我々の軍が動けば勇者の動きを敵に察知されてしまう。そうなればこれまでの彼らの苦労が水の泡になってしまうのです。
守りを固められればもう魔王を討つ機会は無いかもしれない」
早口でまくし立てる騎士にオバちゃんはたじろいだ。ここぞとばかりに騎士の口撃は激しくなるかに思えた。
「無論、我々も貴女にばかり負担を強いる訳ではありません。不在の間はお店やご主人への助力は惜しみません。
我々ではその剣を運べない以上、どうかご協力願えませんでしょうか」
深々と頭を垂れた後、あろうことか一国の騎士団長は宿屋のオバちゃんを前にして跪いた。
宰相はボケっと突っ立っていたが、慌てて団長に習った。多分心の中では「なんでワシが
」とかブツブツ言ってるだろう。
(グヌヌヌヌゥ)
僕は話の途中からムカッ腹が立ってしょうがなかった。
騎士団長の狙いはオバちゃん、もとい聖剣をこの国から遠ざけたいのだ。この事を知って王様が元気を取り戻してしまえば自分たちの悪事がバレてしまう。
かと言って広場の剣が抜かれたのはもう隠しようが無い。だからクラストを送り出した時と同じ方法を使う事にした。
勇者であるクラストとは違ってサイモン夫人はただの宿屋のオバちゃんだ。市民を守る立場の人が守るべき人をワザと危険に晒すのが僕は一番許せないと思った。
聖女と言っておだてたり、手渡すだけで良いとなだめたり。上の立場を利用したやり口も気に入らなかった。
「そこまで言うのでしたら、私が届けてまいります」
オバちゃんのその言葉を聞くと、待ってましたとばかりに騎士団長はニヤリと笑った。
跪いてはいたが、僕にはハッキリと見えた。