5 騎士団長の策略(前編)
王様の代わりに居たのは3人の男性だった。その内の2人は煌びやかな出で立ちだが、1人だけみすぼらしく見える。おそらく猫背でガリガリに痩せているからだろう。
派手な方の2人はどちらも髭をたくわえたオッさんだ。1人は貴族風の小太りの男で、緑のコートを羽織り金縁の片眼鏡をかけている。
もう1人は対称的に騎士風の男。身を包む漆黒の重装鎧には銀の装飾が施されている。常に眉間にシワを寄せ、鋭い視線を剣に向けていた。
「聖剣ガヴリールをお持ちいたしました」
担いだままで先頭の兵士が報告する。
6人はゆっくり腰を落としながら、慎重に聖剣を床に降ろしていく。
「仰々しく持ってきおって。これが本当にあの聖剣ガヴリールなのか? 薄汚いだけの石剣ではないか」
「長年風雨に晒されてきたのです、汚れているのも当然でしょう。そして本物かどうかもすぐに分かります」
偽物と疑ってかかる貴族風の男。それを騎士の方は落ち着いていた口調でなだめた。表情こそ穏やかだが、何を考えているかはうかがい知れない。
「それでは鑑定を頼む」
「ヘイ、お任せ下さいませ」
騎士に命じられると、猫背ガリガリはハエみたいに手を擦りながらこっちににじり寄ってきた。
オッさん2人が派手なだけで、ガリガリも決してみすぼらしいわけではない。黒いジャケットを着こなし、髪も短く揃えられて清潔すらある。
ただ本人の挙動がキモいだけだ。いや、それが一番キツイのだけど。
「ふむふむ……ほほぉう……これはこれは」
ガリガリは胸ポケットからルーペを取り出すと聖剣を細かく観察しだした。
何を見てるか知らないがニセモノかどうか鑑定してるのだろう。玉座の間に招かれているわけだから、真贋を見極める眼は確かなはずだ。
僕としては最悪の気分だ。お神輿の様に担がれたと思ったら、キモい男に全身舐めまわされるように見られてるなんて。
ガリガリは満足した顔でルーペをしまうと、そそくさと騎士の前に戻った。
「材質、形状からして、広場にあったもので間違いないでしょう。わずかですが魔力も感知しました。すり替えられたとも考えられません。当方、聖剣ガヴリールだと自信を持って断定します」
「ふむ、御苦労。忙しいところ早くに呼びつけて済まなかったな。兵士諸君も持ち場に戻ってよいぞ」
そう言ってガリガリと兵士達を下がらせる。玉座の間にはオッさん2人と聖剣である僕だけが残された。
「本物、というわけですな。宰相殿」
フンッと鼻を鳴らすと、宰相と呼ばれた貴族風の男は口を尖らせる。その態度を僕は不思議に思った。
確かにこの宰相はよくいる金持ちな嫌味キャラだと思う。それにしたって伝説の聖剣が本物だと分かったのなら、もっと驚くとか喜ぶとかそういう反応なのではないか。
むしろ本物だった事で不機嫌になったとすら思えた。隣の騎士の方もどこ吹く風といった感じで、たいして興味がなさそうだ。
「勇者が旅立って5年、ついに伝説の聖剣を手にする者が現れるとは。病身の陛下のお耳に入れば、さぞお喜びになられるでしょうな」
「貴様、分かっているのか? もし王が回復されるような事があれば……」
「あれば、伏せっているのをいい事に国を好きにしていた事が公になるかもしれませんなぁ」
「うぐっ」
「例えば、これまで国に尽くしていた者達を追放して、ご自分の身内を要職に就けたりとか」
余程痛いとこを突かれたのだろう。貴族風の男、宰相は騎士を睨みつけた。
だがすぐに唇の端を釣り上げて不気味な笑みを浮かべる。
「よく言うわ。お前も散々甘い汁を吸ってきた身内ではないか」
「左様。今も私が団長の地位にいるのも、他ならぬ宰相殿のお陰でございます」
「クラストと他2人を勇者として追放する。確かにお前の進言を聞いてやったがな、あの3人を失うのは国の戦力としては大きな痛手だった」
「とは言え国王の信用を得ている彼らの存在は宰相殿にとっても後々邪魔になるかと。
それにこの5年間で魔物供についての調査もだいぶ進みました。後は北方の諸国と魔物共が互いに争い疲弊した所に軍を進めればよろしいかと」
「そこまで考えておったとはな。恐ろしいヤツだ」
2人は声を出して笑いあう。それは僕が今までに見たことも無いような邪悪なモノだった。
本当に恐ろしいものは魔物ではなく人間とは誰の言った言葉だったか知らないが身をもって体験した。
「さぁて」
どちらからとも知れず2人は視線を下げて僕、もといガヴリールを見据えた。
(ヒイィ)
今ほど転生したのが無機物で良かったと思った事はない。ペスではないが情けなくオシッコを撒き散らしていたことだろう。
「そうなるとコイツは邪魔だな。いっそ城の倉庫に置いておくか」
「それは良い選択とは言えませんな」
すぐさま騎士が諌めた。
「宰相殿も先刻の光をご覧になったはず。聖剣ガヴリールついに抜かれる、この事実は今更隠す事は出来ないでしょう」
今までのやり取りを見ていて思った事がある。
時代劇でよく見る悪代官と越後屋を思い出す2人。だが、宰相は後先考えず思いつきで言いたいこと言ってるだけだ。
ホントに怖いのは騎士団長の方だ。
「ならばどうすれば良い?」
「私に考えが御座います」
騎士は声を張り上げて兵士を呼びつけた。
「聖剣に選ばれたご婦人をここに連れて来い」
その眼は相変わらず鋭いままだったが、何か良く無いことを考えているのは確実だろう。
しかし僕にはこの先オバちゃんが無事でいられるように祈る事しか出来なかった。