表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/33

4 オバちゃん城へ行く

「あわわわ」


 腰が抜けたオバちゃんは空を見上げる他なかった。だらしなく開いた口からは、情けない声が漏れている。


「なんだ今の光は!?」

「広場の方からだぞっ」

「空が晴れてる!」


 空の異変に気付いた人々が次々と通りに出てくる。あっという間に広場は人で溢れてしまった。


 最初は皆んな空を見上げていたが、その視線はだんだんと光柱の中心、へたり込んだオバちゃんへと集まっていく。

 オバちゃんは恥ずかしさのあまり、皺くちゃの顔を真っ赤にして手で覆った。


「何の騒ぎだこれは?」


「あれっ、宿屋のオバちゃんじゃないか?」


 駆け足で戻ってきたのは、先ほどの衛兵2人組だった。左右から支えるようにオバちゃんの肩に腕を回し、なんとか近くの長椅子まで辿り着かせる。


 オバちゃんの呼吸は荒い。衛兵の一人が背中をさすりながら、時折心配そうに顔を覗き込んでいた。

 落ち着きを取り戻したと判断すると、質問を口にする。


「それで、何があったんです?」


「どうもこうもないよ! 見りゃ分かるだろ。剣が抜けちまったんだ」


「何ですって!?」


 捲し立てるようなオバちゃんの返答。途端に周りがざわめきだした。今まで空とオバちゃんしか見えてなかったらしく、手にしていた聖剣に初めて気づいたようだ。

 質問をした衛兵達も、目を白黒させながらも互いに顔を見合わせるばかり。


 驚くのも仕方ないだろう。なんせ勇者クラストですら不可能だった偉業、控えめに言っても国の一大事なのだから。しかも抜いたのは宿屋のオバちゃん。


 衛兵はゴクリと唾を飲み込むと、落ち着いた声でゆっくりと質問する。


「もう一度聞きますよ。この剣はあなたが台座から引き抜いたんですか?」


「あ、あぁ。どうやらそうみたいだねぇ」

「手にとって、確認させて頂いても」


 オバちゃんは垂れた頬をプルプルさえながら頷いた。剣を差し出した手が震えている。

 情報通の方も、うやうやしく両手を差し出した。


「聖剣、預からせ……うおっ」


 どうしたことか。剣を受け取った衛兵はバランスを崩し、前のめりに倒れてしまった。転んだ拍子で手を離れた聖剣は、ズンッと重い音を立てて地面に落ちる。

 側に居た相棒は慌てて尋ねた。


「どうした?」


「なんだこの剣……無茶苦茶重いぞ」


 その様子を見てギャラリーのどよめきは一層強くなる。どうやら聖剣ガヴリールはとんでもなく重いらしい。現に落とした衝撃で周りの石畳も割れてしまっている。

 2人の衛兵はそれぞれ鍔と剣先に分かれて指をかけた。腰を落として息を合わせる。


「せーのっ!」


 そこまでやってようやく聖剣は持ち上がった。


 両手剣という武器は、斬ることよりも叩き潰すことを前提にした武器だ。なので重いことは本来なら良いことなのだが、振り回せないのなら意味が無い。


「そんな大袈裟な事言わないでおくれよ」


 オバちゃんにヒョイと剣を取り柄げられると、重荷が無くなった衛兵たちはまたもや前のめりに転倒した。

 そんな彼らを尻目に、オバちゃんは片手で軽く素振りをして見せる。まるで使い慣れた包丁のような動きに、衛兵達はおろか周りの民衆も空いた口が塞がらなかった。


「それで、これから私はどうすりゃ良いんだい?」


「そっ……そうですね。まずは一刻も早く、ガヴリールが抜かれた事を国王陛下に報告しなくてはなりません。お恥ずかしいですが、剣を持って城までご同行願えますか?」


 願えますかも何も、剣を持てるのがオバちゃんしかいない以上、他に選択肢は無いように思えた。応援を呼べば剣を運べるだろうが、オバちゃんとしてもこれ以上騒ぎを大きくしたくはないはずだ。

 結局オバちゃんと僕、そしてペスは衛兵に連れられて城へと向かった。


 先ほどの閃光は遠くからでもハッキリと見えたらしい。道すがら通りすがる街の人たちは皆んな、空を眺めて浮ついていた。

 そんな彼らを先導する衛兵が掻き分けながら僕たちは進んで行く。しかしオバちゃんの手にした大剣が聖剣だと分かると、またすぐに人だかりが出来てしまうのだった。


 目的地は見えているのに中々先へと進めない。敷地を囲む堀の前に来る頃には、すっかり日は高くなってしまっていた。


 見張り塔へ手を挙げて、中の兵士に合図する。降りてきた木製の跳ね橋を渡り、今度は城門目指して長い坂を登り始めた。

 ゲームではお馴染みとはいえ西洋風なお城に入るのは初めての経験だ。城壁内にある厩舎や井戸なんかゲームで存在は知っていても、実際に見ると新鮮そのもの。


 僕ははしゃいで視線をあちこちに移し、オバちゃんもお城に入るのは初めてなのか、僕と同じように落ちつかない様子でキョロキョロしていた。

 アホ(ヅラ)のペスはというと、だらしなく舌を垂らしたまま呑気についてきている。


 いきなり国王に謁見するのは流石に無理らしく、衛兵の指示で聖剣は中庭のような場所に降ろされた。

 オバちゃんは生えていた木の幹にペスの紐を括り付けると、側に建つ小屋へと入っていった。

 兵士の詰所で待たせてもらうらしい。


 オバちゃんの案内を終えると、衛兵2人が城の兵士を引き連れて戻ってきた。


(流石に6人は多くないか?)


 聖剣だけ別行動。剣身、鍔、柄をそれぞれ2人がかりで持ち上げて、詰所とは別の石造りの建物へと入って行く。


 特に問題もなく運ばれた先は赤い絨毯の引かれた大広間だった。壁の高所に設置されたステンドグラスからは七色の光が差し込んで真下の玉座を照らしている。大理石で出来た彫刻に、柱ごとに掲げられた旗も見えた。


 玉座の間。

 その場所は何度も訪れたことがあるので、僕はある意味で懐かしさを感じた。やはり造りはゲームとよく似ている。


 しかし違う点がただ一つ。玉座には広場で見た国王の姿は無かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ