3 オバちゃんとの出会い
勇者達が旅立ってから一体どれだけの時間が流れただろう。僕は雨の日も風の日も広場の中心で立ち続けた。実際に動けないのだから仕方ない。
誰とも会話する事無く、ただそこに居続ける。見慣れぬ世界の光景ははじめこそ刺激的に思えた。しかし所詮は日常。同じことの繰り返しを見せられてすぐに慣れて飽きてしまった。
孤独は辛い。それでも、見殺しにしてしまった勇者達を思えば苦ではなかった。
都の正門近くにあるこの広場は、昔から民の憩いの場であったようだ。
遊びにくる近所の子供や都を訪れた旅人なんかが、冗談半分で僕を抜こうを引っ張っていく。
何も念じていないが、未だに誰にも抜かれてはいない。選ばれしものじゃなきゃダメみたいだ。
今日も曇り空の下、2人組の巡回兵が僕の所へやってきた。休憩がてら剣の柄に手をかける。
「くうぅ〜全然ビクともしねぇな。この剣って実はさ、台座ごとデカイ岩削って作ったんじゃねぇか?」
(流石にそれはない)
「辞めとけって。ガヴリールは聖剣が認めた剣の天才しか抜けないんだぞ。
あのクラストでも無理だったのに、お前に抜けるわけがない」
クラストの名を聞いて、僕の心はチクリと痛んだ。
「クラストかぁ、アイツ元気してるかなぁ。もう5年だっけ?」
「もうそんなになるのか。しかし、騎士団長も酷い事したもんだ」
「なんの話だよ?」
「なんだ知らないのか」
衛兵はキョロキョロと人目を気にすると、声を抑えて話を続けた。もちろん僕には丸聞こえである。
「国王にクラストの魔王討伐を進言したのが団長なんだよ」
恐らく兵士達の間でも公にはなっていないようだ。だがその噂話のどこが酷いのかイマイチわからない。
話を聞かされた方も僕と同じらしくポカンとした顔をしていた。
「クラストのヤツ、若くて剣の腕も立つだろ。しかも馬鹿みたいに性格良くてオマケに顔も良いだろ」
「あぁ、そうだったな」
「だから団長は自分の保身の為に、王様をそそのかして旅に行かせたんだよ。兄貴分だったグスタフと幼馴染の修道女も一緒にさ。他国に先んじて魔王を倒せば大陸でも優位に立てるとか言って」
「お前それマジかよ?」
「だって考えても見ろよ、相手は得体の知れない魔物どもの親玉なんだぜ。それなのにたった3人で倒してこいだなんて、流罪にするより酷いだろ」
そんな話は初耳だった。出来れば知りたくない裏事情だ。
ゲームではお約束の設定。しかしそこに至った経緯までは、画面の外からではうかがい知れない。
「おい、いくら何でも言い過ぎだぞ」
「じゃあアイツらは今も無事だって言い切れるのかよ」
「それは……」
「この前は北のホッピン村がオークに襲撃されたらしい。都もいつまで安全かわからねえな」
2人は無言で巡回に戻っていった。
話を聞いた僕もこの鉛色の空の様に淀んだ気持ちになる。そういえば聖剣になって5年、雨が降る事はあっても晴れた日になった事は一度も無かった気がする。これも魔王の復活に関係しているのだろうか。
(いつまで安全かわからない……か)
先程の衛兵の言葉を反芻する。どうせ滅ぼされるなら、あの時ついていけばよかったかな。
もう何度も、いや何十度と繰り返した自問自答。もちろん答える者など居なかった。
シャアアアアアー
そんなジメジメした思考を押し流すが如く、突然水音が響いた。雨が降ってきたかと上を見るがそうではない、音は下から聞こえてくる。
僕は唖然とした。犬にオシッコを引っ掛けられていたのだ。白毛に黒ブチのついた犬は片脚をプルプル上げながら、挑発するように赤い舌を出し入れしている。
「もうペス、勝手に先にいかないの」
ワンワン
そのペスと呼ばれた駄犬には見覚えがあった。宿屋で飼われていて毎朝散歩でこの広場を回っていた。
いつも僕にマーキングしようと駆け寄ってくるのだが、その度に宿屋の主人にリードを引っ張られ阻止されて来た。
しかし今日は少々事情が違ったらしい。主人の姿はどこにも見えない。
代わりに立っていたのは丸っこい顔に白髪混じりの黒髪、おなかの出たオバちゃんだった。年は50過ぎくらいだろうか、小ジワのせいで老けて見える。
このオバちゃんにも覚えがあった、ご主人の奥さんだ。急いで走ってきたらしく息を切らせている。体型からして運動不足なのが一目でわかった。
今日は代わりに散歩に連れてきたらしいが、どうやらペスにいいようにあしらわれてしまったようだ。
オバちゃんは駄犬のしでかした事を見て青ざめた。
「このバカ犬!広場の像になんてことを。オシッコどころかウンコまでして」
ワンワン
ホントだ、ウンコしてる。この駄犬は僕に恨みでもあるのか。
「見つかる前に何とかしないと」
オバちゃんは慌てて剣の刀身を掴んで持ち上げると、手にした袋でウンコを摘んだ。
(え?)
「え?」
ワンワン
次の瞬間まばゆい光が広場を満たす。そしてそのまま一筋に纏まると一直線に天へと登って雲を引き裂いた。
(ええうぇえっっっっっうぇえええ??)
「何だい何だい何なんだい?」
ワンワン
僕も驚いたが、オバちゃんも相当驚いたらしく、ウンコを掴んだまま尻餅をついた。
陽の光を浴びた聖剣はオシッコの水滴を反射して、すごく汚い癖にとても輝いている。
誰1人として抜く事が出来なかった聖剣が抜けた。これが僕とオバちゃんとの出会い、そしてゲームとは全く違う新たな冒険の始まりになるとはこの時知る由もなかった。
ワンワンワン