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最終話 またいつの日か

 グラール王国の都の正門のすぐ側には国民の憩いの広場がある。

 朝霧が霞む中、聖剣は変わらずそこで佇んでいた。一体どれ程昔から石の台座に刺さっているか、知るものは誰もいない。


 剣の名前は「聖剣ガヴリール」しばらく台座を離れていたが、最近また戻ってきた。

 戻ってきたガヴリールには以前と違うところが二つある。


 一つは台座と柄が鎖を通して繋がれている点。

 かつて聖剣は選ばれた者しか台座から引き抜けなかった。そしてその者以外は、尋常でない重さを感じたという。


 旅から戻ったガヴリールは、どうゆうわけか誰が手にしても軽くなっていた。世界を救いその役目から解放されたのか、理由は定かではない。


 台座に戻したは良いが、ここで問題が発生した。一般的な両手剣はおろか、儀式用の物より軽いのだ。容易に引き抜かれてしまうと、盗難防止の為に鎖をつけられた。


 もう一つは、毎朝決まった時間に犬の散歩ついでに訪れる女性が現れた事だ。


 朝霧が晴れない中、今日も石畳に足音を鳴らして歩いてくる。


 白髪混じりの黒髪に、たるんだお腹。散歩を日課にしてから肌のハリとツヤは戻ってきたが、顔の小ジワは中々取れない。

 都の宿屋の女将さん、キャロライン=サイモンとその飼い犬のペスである。


 いつものように人がいない事を確認すると、ペスの首紐をガヴリールの柄に引っ掛ける。


「おはようさん、今日も暑くなりそうなお天気だねぇ」


 その手に花束でもあれば、知らない人が見たら墓参りと勘違いしそうな光景だ。


「今日もお早いですね、キャロラインさん」


 声をかけられたキャロラインが振り向くと、金髪に青い瞳をした青年が笑顔で立っていた。

 その爽やかで整った顔立ちとは不釣り合いな無骨な全身鎧を身に纏っている。鎧は朝日を反射して煌びやかに輝いていた。


「アラアラこれは騎士団長様。おはよう御座います」


 ニヤニヤしながらキャロラインは挨拶を返すと、青年は顔を赤くする。

 「剣聖の勇者」クラストだった。世界を救った功績を讃え、つい先日グラール王国の騎士団長に任じられたばかりだ。


「やめて下さいよ、茶化すのは。団長になってまだ1週間ですし全然慣れないですよ。

 前団長のアーノルドさん、引き継ぎも無しに居なくなっちゃうんだもんなぁ」


 慣れない鎧が窮屈なのか仕切りに首を伸ばす仕草をしている。その様子を見たキャロラインは複雑そうなどこか神妙な顔をした。


 魔王討伐の報を聞いた病床の国王は、喜びからか徐々に元の調子を取り戻していった。そして執務に復帰した最初の仕事は、自分の居ぬ間に権力を濫用した者たちの処分だった。


 この事はクラストを含む多くの国民には伏せられている。キャロラインも宿屋の客から風の噂で聞いた程度だが、おそらく本当なのだろう。


 宰相を始め決して少なく無い貴族達が領地を没収された。しかしその中に前騎士団長アーノルドの姿は無かった。


 前に城で会った時から抜け目がない印象を持っていた。別段驚く様な事ではない。今も多分、どこかで上手く立ち回っている事だろう。


「ところで他の2人は元気にしてるかい?」


 いつまでも話していて気持ちのいい内容ではない。キャロラインは話題を変えた。


「元気にしてますよ。グスタフには騎士団でこれまで以上に助けてもらってます。マリーも修道院で頑張ってますよ」


「そりゃあ良かった。私も頑張った甲斐があったよ」


 その言葉を聞いてキャロラインは安堵した。あの戦いで若い命が消えてしまわなくて良かったと。


 お金の為とはいえ、自分には多くの命を奪ってきた過去がある。良い人に出会えて足を洗ったが、それで清算できるとは彼女は思ってはいなかった。


 今回の旅では、忌避すべき殺しの技が世界を救うのに大いに役立った。それは世界以上に彼女自身が救われたと言えるだろう。


 そのキッカケをくれたガヴリールへの感謝の想いからか、自然と毎朝足を運ぶようになっていった。


「そう言えば、その剣喋るんですか?」


 突然聞かれてキャロラインはドキッと肩を上げた。今の今までガヴリールの声は自分しか聞こえないものと思っていたからだ。


「あ、いえ……よくここで話しかけてるの見たんで。そう言えば旅の帰りでも話してたかなっと思って」


 予想以上にキャロラインが驚いた反応をしたので、クラストはしどろもどろに説明した。

 フウー。深呼吸するとキャロラインは諦めたような顔をした。


「実は私がこの剣を引き抜いてから、頭の中に剣の声が聞こえてきてたんだよ」


「えっ、本当ですか!?」


「ホントだよ。もう聴こえなくなっちゃったけどねぇ」


 キャロラインはしんみりとした顔で柄に手を置いた。


「それは残念だな。そうか、聖剣の声か。さぞかし雄大で威厳溢れた感じだったでしょう」


 キャロラインはブフッと吹き出した。

 なんせ声の主は何処にでもいるような普通の男の子なのだ。ホントの声を聞いたらクラストはどんな反応をするのか。思わず頬が緩んでしまう。


 取り留めのない世間話の中、城の方からゴーンと重苦しい鐘の音が聞こえてきた。

 クラストの顔が僅かに焦りの色を浮かべる。


「いけない。そろそろ訓練の時間だ」


「おや、もうそんな時間かい。頑張っておいで」


 では失礼します、とクラストは一礼した。石畳に軽快な金属音を響かせて城へと駆けていく。

 相変わらず礼儀正しいなとキャロラインは感心した。


「さてと。ゴメンねー、待たせちゃったねー」


 引っ掛けてあったペスの紐を手に取った。つまらなそうに後ろ足で耳を掻いている。

 以前はここへ来るたびに剣にオシッコをひっかけようとしていたが、飽きてしまったのかもう見向きもしなくなった。キャロラインにとってはその方が都合が良い。


 散歩が長くなると心配性な旦那の事だ。街中を探し回ってまた腰を悪くするかもしれない。

 急ぎ足でコースに戻る途中、もう一度振り返って聖剣を見た。


 確かに声相応の普通の男の子だったガヴリール。いや、ケンタだったか。

 それでも右も左も分からない中、情けないなりにも頑張ってついてきてくれた。


 最後の戦いで再会した時は見違える様に逞しくなっていた。剣を握った彼女に対等に話しかけたのは、サンダースの他には彼くらいのものだ。


 子供の居ないキャロラインだからこそ、ケンタに対する思い入れは人一倍強いのかもしれない。それこそ旅の中で本当の息子のように感じる事もあった。


 今はまだ慌ただしいが、またいつの日か剣から声が聞こえたら旅に出ても良いかなと彼女は密かに思っていた。


 痺れを切らしたペスに引っ張られ慌てて走り始めると、キャロラインは朝霧の中へと消えていった。

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