30 夕陽
(お、オバちゃん。今の技は何?
前にやった回転斬りじゃ無いよね?)
興奮覚めない中、僕は肩で息をしているオバちゃんに質問した。
「あぁボウヤ、アレの事かい? 」
オバちゃんは瞳を閉じて深呼吸すると、得意げに顔を上げた。額だけでなく頬や首まで汗でグッショリだった。
「私は子供の頃から手グセが悪くてねぇ。食事の時なんかよく食器回しして怒られたねぇ」
(食器回し?)
「そうそう。フォークなんかを指でこうクルクルと」
そう言って手のひらを広げて指を動かして見せた。ペン回しみたいな動きだ。
「切り札ってのはね、要はコレの応用だよ。普通ナイフなんだけど、剣でも上手いことやれるもんだねぇ」
「クク、簡単に言ってくれるな」
オバちゃんの話が聞こえていたらしく、サンダースは目を血走らせて言った。先を失った両腕を交差させ、脇に挟んで止血している。
「その児戯を、あれ程までの技巧に昇華させるとは。この俺も初めて見たぞ」
恨みがましく歪んだ顔からは、痛みよりも悔しさが強く滲み出ている。
「そりゃそうさ。仕掛けた相手は全員指の後に首切られて死んだんだから。
百発百中、だから切り札なんだよ」
オバちゃんのあっけらかんとした返しに、僕もサンダースも絶句した。
「ククッ、やはりお前には敵わんな、不死鳥」
負け惜しみを口にしたサンダースは笑っていた。それは穏やかな笑顔だった。戦いの時では決して見られないだろう。
「そんじゃ、 痛みが落ち着いたら都に帰るよ。ココは辛気臭くて嫌になっちまう」
「な、何を言っている! 俺は……」
「いや、キャロラインさんの言う通りだ」
いつのまにか側には勇者達3人が立っていた。皆んなオバちゃんと同じように汗と埃まみれだ。
「確かに殺されかけたけどよ、無抵抗の相手をどうこうするつもりはないぜ」
「そうですわね。反省しているようなら魔法で癒してあげてもよろしくてよ」
クラスト達三人の顔を見ながら、サンダースは目を白黒させている。そして、何かを悟ったのか項垂れながら膝をついた。
「完敗だな。剣の腕も、人の器も……」
「ようやく納得出来たようだねぇ」
そう言ってオバちゃんはサンダースの肩に手を置いた。
だが突然身をよじると、サンダースはその手を振り払った。思いがけない反応に、オバちゃんも戸惑った。
何事かとクラスト達も身構える。しかし敵意は感じられない。
「不死鳥、それに勇者達よ!見事だったぞぉ」
サンダースは立ち上がると、高らかにクラスト達を讃えた。その足下からは紫の火の手が上がっている。
「だが俺は魔剣の代償を払わねばならんようだな。後の道は貴様ら……に、譲……」
炎はアッと言う間にサンダースを取り巻いた。そして再び膝をついてうつ伏せに倒れる。
ゲーム内でのバルログも、手にした者達を次々と破滅に追いやってたっけ。
後には重々しい鎧の砕ける音が響くだけだった。
紫の炎をはしばらくの間燃え続けていたが、人形となって復活する事は決して無かった。
「……行こうか」
火が消えるのを全員で見届けてから、誰かが口を開いた。それから玉座の間を後にするのに、時間はかからなかった。
でも倒れたサンダースから真っ先に背を向けたのは、他でもないオバちゃんだった。
全員の疲労ゆえ、この場で一夜過ごすという意見も出たが直ぐに却下された。逃げ出した魔物がいつ帰ってくるかも分からない。妥当な判断だろう。
結局城を出ることに決まった。
グスタフなんかは、余程疲れて眠いのか細い目をさらに線のようにして擦っている。
そんな彼を見ているとなんだか僕まで眠くなってきた。
皆んなが大穴を登る中、僕だけオバちゃんの背中で寝てるのは申し訳ない。
何とか集中して意識を繋ぎ止める。
思えばこの冒険の旅は最初から最後まで驚きの連続だった。
オバちゃんに引き抜かれたのを皮切りに、呑気な旅から魔物との戦闘。果ては死亡フラグ回避から魔剣との最終決戦まで、本家FOQ以上の大激戦の連続だった。
そこに至るまでの道のりは決して楽では無い。クラスト達の5年に渡る旅とオバちゃんの剣技あっての勝利だった。
不意に視界がひらけて、僕は空を見上げた。赤く染まる中に星々がキラキラと輝いているのが見える。もうすっかり夕暮れ時だ。
「ンーッ、空気が美味いぜ」
大きく伸びをしながらグスタフは腕を上げた。他の皆んなも深呼吸したり水を飲んだりリラックスし始める。魔物の姿も確認できない。
「見てみなボウヤ、夕焼けが綺麗だよ」
オバちゃんは赤ん坊をあやすように、背中の僕を揺すった。真っ赤な太陽が山の向こうに沈んでいく。
(ゴメン、オバちゃん……もう、限界)
「アラアラこの子は。でも剣になってからは眠くならないって言ってなかった?」
そのはずなんだが、力を使いすぎたのか。数年ぶりの眠気に、いい加減負けそうになっていた。
話したい事は沢山あるのだが、上手く言葉が出てこない。
「でも今日は特に頑張ったからねぇ、しばらくおやすみ。でもこれだけは言わせておくれ。
ケンタと旅ができてホント楽しかったよ。まるで息子が出来たみたいでさ、ありがとうね」
お礼を言うのは僕の方だ。何度も挫けそうになってた僕を励ましてくれたのはオバちゃんだ。それにクラスト達にも出来れば感謝を伝えたい。
ああぁ、眠い。クソ。
もう平和になったけど、またいつの日かオバちゃんと冒険したいなぁ。
そこで僕の意識は途絶えた。




