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29 オバちゃんの切り札

 しかし僕の希望は叶わなかった。オバちゃんとサンダース、お互いに決定打は無く戦いは泥沼と化した。


 幾度となく立ち上がる焔人形を、マリアンヌの魔法とクラストの剣で仕留める。その後グスタフが肉片を踏み抜いて、復活までの時間を稼ぐ。


 バルログから燃立つ焔が尽きる様子はない。魔王の屍肉と混ざり合い、人形となって襲いかかる。

 僕もクラスト達の体力回復と能力上昇の維持に努めた。


 僕とバルログ、どちらが先に根を上げるか。


(ねぇオバちゃん、前みたいにカウンターで瞬殺とかできないの?)


 苛立ちからか、ついオバちゃんの邪魔をしてしまった。

 フゥーと深く息を吐き出すと、手の甲で額の汗を拭う。


「アンタ、よくこの状況でそんな戯言言えるね」


(うぐぅ)


 オバちゃんに鋭い視線を向けられて僕は言葉に詰まる。今のサンダースも僕達と同じように「最強の相手」として認識しているはず。ともすれば、そこに油断などあるはずもない。何せ二人は相棒だったのだ。お互い手の内も知り尽くしているはず。


 百戦錬磨のオバちゃんと言えど、それはあくまで対人戦闘での話だ。


 これは魔力を帯びた武器同士、かつ人間離れした敵との戦い。加えてオバちゃんは、紫の焔の影響も少なからず受けてるかもしれない。


 長年の経験が生かせないからか、オバちゃんも珍しく苛立っているようだった。


「とは言え、ここいらで何か手を打たなきゃマズイねぇ。

 ねぇボウヤ。なんとかアイツに近づくから、一瞬だけ力押しされないように出来ないかい?」


(クラスト達に回す分を切ればイケるけど、勝算はあるの?)


 僕だって流石にそこまで馬鹿じゃない。オバちゃんの事は勿論信頼している。しかし、力でサンダースに勝てるとは到底思えない。


「何も考えなしで言ってるんじゃないよ、とっておきの切り札があるのさ。

 ただその為には正面切って近づかなくちゃいけないんだ。

 力で勝つとか隙を作るとか、そんな贅沢言わないよ。競った時、余裕が一瞬だけ欲しいんだ」


 僕の不安を察してくれたのは分かるが、いまいち要求が漠然としている。

 それでも切り札なんて言われては、話に乗らないわけにはいけない。残された選択肢は多くはないのだ。


(分かった。皆んなの命、オバちゃんに預ける)


 放出していた魔力を止めてオバちゃん1人に集中させる。凄まじいエネルギーの奔流を身に纏って、白髪混じりのちぢれ毛が金色に逆立った。


 引き絞られた弓の如く飛び出すと、わずか一歩でサンダースの懐にまで詰め寄る。

 しかし僕の刃が相手の身体まで届く事は無かった。


 異変を察知したサンダースもまた、僕と同じ様に魔剣の焔を身に纏わせた。これでは聖剣の加護は意味をなさない。

 またも不毛な打ち合いに持ち込まれてしまう。


 オバちゃんの切り札の存在も同時に警戒しているようだ。体格によるリーチの差で決してオバちゃんを近づけさせない。こちらは間合いの外から打ち込まれる斬撃を、ひたすらに捌くしかなかった。


(クソッ、このままじゃ魔力が切れちゃうよ)


 それが相手の狙いなのは百も承知。焦って勝負に出たこちらのミス、しかし悔いている時間も余裕も無い。


 サンダースの豪腕を前にして、今はまだ何とか耐え凌げている。マリアンヌの補助魔法のお陰だろう。


 焔を失った人形は元の屍肉に姿を変える。

 余裕が出来たクラストだったが、今のサンダースに迂闊に挑むのは危険すぎる。

 剣を握りしめて歯ぎしりしているのがチラリと見えた。


(せめて、あともう一手あれば…)


 そしてその一手は意外な所から飛んできた。


 聞きなれない衝撃音と共に、視界一杯に深い赤色が広がった。何も見えないのは恐らくオバちゃんも同じだろう。


 一瞬、血液と錯覚したが直ぐに質感の違いに気づいた。布か革か、スベスベしている。


 煌びやかな装飾が剥がれ落ちるのを見て、ようやくそれが玉座だった事に気づく。大きさからして恐らくグスタフが投げつけたんだろう。


 所詮はささやかな抵抗だった。オバちゃんとサンダースの打ち合いに支障はない。頭に直撃を受けようと、サンダースにとってはなんら痛手ではなかった。


 僅かに視界が狭まっただけ。


 それでもオバちゃんにとっては十分だった。僕も最大限に集中して力を解放させる。動きの一つ一つがスローモーションで視界を流れる。


 刹那の間に剣身を魔剣に当てて、鍔迫り合いの形にもっていく……かに思えた。


 実際には剣同士が当たるか当たらないかの距離になると、オバちゃんは背中を逸らして後ろに飛び跳ねたのだ。


 疑問に思う間もなく僕の視界がグニャリと歪む。感覚的にはゴーレムやノザリスで戦ったアレに近い。

 しかし、僕の反応速度はあの時に比べれば桁違いに上がっているはずだ。どれだけ速く斬ってるんだか。

 辛うじて指を使って剣を振っているのが分かった。


「ガアッ」


 低く短い呻き声で、僕は遠くなる意識を取り戻した。


 視界の前のサンダースは苦悶の表情を浮かべながらバルログを強く握りこんで立ち尽くしていた。隙だらけだ。


 僕は驚いたが、視線を少し下に下げるとその理由が分かった。指が転がっているのだ。

 正確にはガントレットの指の部分が切断されていた。


「取った!」


 オバちゃんのトドメの一閃。今度は手首から先が飛ばされた。

 鮮血を撒き散らしながら宙を舞う中、斬り返した刃でバルログの刀身を叩き折った。


 勇者と魔王を殺した男、聖剣と魔剣の壮絶な戦いはこうして幕を降ろした。


 強大な魔力のぶつかり合いの果て。最後に勝敗を分けたのは「玉座を投げる」という悪あがきと、隙とも呼べない刹那を突いたオバちゃん剣の技だった。


 人知を超えた力を求めたサンダースにとっては、何とも皮肉な結果だった。

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