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10 初めての戦闘

 動物には3大欲求というものがあると昔学校で習った事がある。食欲、性欲、睡眠欲の3つがそれだ。

 しかし聖剣になってからというもの、当たり前に持っているはずの欲求が僕の中から徐々に消えていった。もう動物じゃなくて無機物だからしょうがないのか、ハハ。


 お腹も空かなければ眠くもならない。でも性欲だけは彼女が出来なかった未練からか、わずかに残っている。いやむしろ人間だった証として残っていて欲しい。

 オバちゃんは良い人なんだけど、出来れば可愛くておっぱい大きい娘と一緒にいたいとたまに考える。


 自分が人間で無くなるというのは、冷静に考えれば凄く恐ろしい事態なのだろう。でもそのお陰で広場での孤独に耐えられたと思うと内心複雑だった。人が5年間同じ場所から動かないでいるって絶対に無理だと思うし。


 それでもこの先の運命とか、魔王が攻めてきて自分も国も滅ぼされる恐怖が消える事は無かった。無駄に時間だけがあったせいで、いやが応にも考え込む事が多くなり、自然とネガティブな思考になっていたのかもしれない。


 だから、昨晩オバちゃんに注意されてからは努めて考え込まないようにしていた。


(順調に行けば今日中にはノザリスにつけるね)


「そうねぇ。無事に会えれば良いんだけど」


 手慣れた動作で荷物を纏めると、朝一番に宿を後にする。目的地のそばまで来たかと思うと自然と気持ちは高まるものだ。


 都を出てから半月も経っていないはずだが、オバちゃんはだいぶ旅に慣れてきたようだ。以前は少し歩いては休憩を繰り返していたがその間隔も開いてきている。

 駄犬のペスに振り回されて息切れしていたオバちゃんはもう居ない。今では岩肌の露出した山道でも平気で飛び回るように登っていく。都では単なる運動不足なだけで、もともと運動は得意だったのかも知れない。

 気のせいか頬とお腹のたるみも少し減ったかもしれない。


(朝から元気だねぇ)


「まだ若いのに何爺臭い事言ってるのよ。私なんかようやく昔の勘を取り戻してきたっていうのに」


(オバちゃんの昔…)


 そういえば僕はオバちゃんの事を何も知らない。聖剣になってからはたまに広場前の通りを歩いているのを見た事があるだけだ。

 聖剣が抜けた理由も未だに謎なままだし、もしかしたら実は凄い剣の達人なのかもしれない。


(オバちゃんは宿屋になる前は何やってたの?)


「何だい?やぶからぼうに」


(だって僕の事は前に色々話したけど、オバちゃんはあんまり昔の事話さないじゃん)


「そうだねぇ」


 オバちゃんは立ち止まって青空を眺めた。まるで当時に思いを馳せる様にウットリと瞳を細める。


「若い頃の私はそりゃあヤンチャしててねぇ。こう見えてもいくつもの修羅場を潜り抜けてきたもんサ」


(そ、そうなんだ。もっと教えてよ!)


 やはり只のオバちゃんじゃなかった。続きが気になり僕の語尾にもつい力が入ってしまう。


「色々あるけど、1番凄かったのはあの日の夜の事だねぇ」

 

(あの日の・・・夜・・・)


「一仕事終えた私は酒場でお酒を飲んでいたのさ、そしたらイイオトコに声をかけられてねぇ。はじめはツレナイ素振りで焦らしてたんだけど、あまりに熱心に誘ってくるからそのまま2人で宿屋の2階に…」


(あ、もうイイっす)


「何だいっ、聴きたいって言ったのはボウヤのほうだろ」


(そうかもだけど………危ないっ!)


 青空を見ていた視界が突然岩によって塞がれた。すぐに避けて事なきを得たが、それがただの落石で無い事は直ぐにわかった。

 山の上の方、丁度落ちてきたあたりの岩肌が不規則に蠢いているのが見える。やがてそれは人型に形取ると目の部分が怪しく光り出した。

 間違いない、ロックゴーレムだ。岩の硬さによる防御力の高さが特徴で、なおかつパワーも高め。

 FOQ(フォッキュー)では雑魚敵ではあるが、この火山エリアで始めてエンカウントする。つまり普通にプレイしていたら初戦闘でコイツと戦う事は無いし、ましてやレベル1では絶対に勝てない。


「しょうがない。続きはコイツを倒したら聴いてもらうよ」


 初めてオバちゃんは背中から剣を抜くと、片手で持って構えて見せた。

 僕は視界が突然グラついて、何が起こったわからなかった。


(オバちゃん何いってるのさ!勝てっこ無いよ。こういうのは弱い敵を倒して経験を積まなきゃ。ここは逃げるんだよ)


「ゲームの事は禁止っていったでしょうが!それともボウヤの世界では弱い者イジメしてるヤツの方が強かったのかい?」


 オバちゃんは僕の頭の中を見透かしているのだろうか。これ以上無い正論に僕は何も言えなかった。


「それにこんな狭い山道、逃げるところなんか無いよ。さっきみたいに上から飛び降りてきたらすぐに追いつかれちまう」


 オバちゃんの言う通りだった。柵もないし地面も整備されていない。僕なんかより全然冷静だった。


(まさか、勝てるの?)


 自分でもバカな質問だと思う。でもオバちゃんは冷めてたけど、真摯に応えてくれた。


「今出来る事をするだけだよ」


 ゴーレムの目が細く歪む。哀れな獲物が必至に抵抗するのを見て嗤っている様だった。そして人型の身体を丸めると、今度は自身が岩となって一直線に飛び降りた。


 オバちゃんは動かない。剣こそ構えているものの、変わらず片手のままでしかも腕には力が入ってない。


(ちょっとオバちゃん!?)


 だが、腕の脱力に反比例して目つきはドンドン鋭くなる。

 飛んできた岩は太陽を覆い隠し、いよいよ押しつぶされてしまう。僕は怖くなって視界を閉ざした。


 そのすぐ後だった。何か凄い勢いで揺さぶられて、ゴオォと嵐の様な音が僕を通り過ぎていった。


「岩なんか初めて切ったけど、案外何とかなるもんだねぇ」


 いつもの呑気なオバちゃんの声だ。恐る恐る視界を認識すると手首をブラブラさせているオバちゃんが立っていた。その周りには大小様々な岩というか石が転がっている。


(まさか、勝ったのか。信じられない)

「何いってるんだい。切ったのはアンタじゃないか」


 それはそうなのだが、何が起きたのかサッパリ分からないので実感も何も無い。


「相手の動きに合わせて振り下ろしただけだよ。ボウヤ重いから粉々になっちゃったみたいだけど」


 なんてこと無い様に言うが、やはりこのオバちゃんはタダ者では無い。

 それとは別に、このガヴリールの重さはそれ自体が武器になると証明された。伝説の聖剣としてどうかと思わなくも無いが、強力な事には変わりない。


 こうして僕とオバちゃんの初めての戦闘は、完勝という形で幕を閉じた。


 閉じたのだが、僕の本当の戦いはこれからだった。


「それでね〜、部屋でその男、痩せてると思ったら脱いだら凄かったのよぉ。

 オバちゃんも久し振りにハッスルしちゃって、そしたら部屋のドアがバーンッて空いて怖いお兄さんが3人入ってきたのよー。

 なんとその人達みんな借金取りでね………

 ねぇ、ボウヤ聴いてる?」


(イヤ、きついっす)

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