9 ゲームと現実
記念すべきシリーズ第1作「ファイナル オブ クエスト」はドット絵時代のRPGだ。故にワールドマップは歴代で最も狭く、町も少ない。もちろん船も出てこない。
自他共に認めるFOQファンである僕は、町の名前からダンジョンの配置、土地ごとにエンカウントするモンスターの種類まで、全て頭に入っている。
僕は伝説の聖剣なんだけど、身体を自由には動かせない。移動も全部オバちゃん頼みだ。
その代わりにゲームの知識で旅をサポートをするつもりでいた。
都を出てから街道を歩いていると、脇に大きな岩が見えてきた。側には枝の伸びた大木が道の真ん中あたりまで影を作っている。休憩にはおあつらえ向きな場所だ。
現に木陰の下では数人の旅商人が休みながら談笑している。
オバちゃんは岩を背にして腰掛けながら、出発前に貰った地図を取り出した。
「今日はどこまで進めるかねぇ」
(オバちゃん、僕にも見せてくれる?)
僕にも見えるようにと、オバちゃんは剣を抱きかかえた。なんだか久しぶりに人の温もりを感じた気がする。
これがマリアンヌなら……と、考えるのは失礼だろう。
僕の視線の中心は、どうやら剣の鍔のあたりらしい。上手く位置を調整してもらいながら、2人で地図を覗き込む。
貰った地図と記憶の中のゲームマップ。表記に微妙な違いがあるものの、地形などは概ね一致しているようだ。
僕はFOQのストーリーを頭の中でなぞりはじめる。さて、序盤の流れはどんなだったか。
(まずはこのまま街道沿いに進んで、リドナ村を目指そうよ)
旅に出た勇者が最初に訪れる村がリドナ村。そこでは足止めを食らった商人たちがいて、この先の川が氾濫して橋が落ちたことを教えてくれる。
ガヴリールを持たずに旅に出た勇者。しかし魔王を倒すという目的に変わりはないはずだ。ならばゲームのストーリーに沿って移動するのが一番の近道だと考えた。
オバちゃん僕の提案を聞いて顔をしかめた。
「リドナ村だって? ボウヤそれ本気で言ってるのかい」
(だってここから一番近い村なんでしょ)
オバちゃんは僕にまで届きそうなほど大きくため息をつく。
「リドナ村はもう何年も前に廃村になったよ」
(なんだって! 嘘だろ?)
「嘘じゃないさ。魔物が出始めて少し経った頃だよ。王様が安全のために、近くの村の人達を都に集めたんだ」
なんという事だ。でも考えてみれば僕の知っているゲーム知識はクラスト達が旅立った時のもの。つまり5年も前のものなのだ。
王様の判断は良かったと思うが、今後もこういう事が出てくるかもしれない。僕は早くも自信を失いそうになった。
「もう、しっかりしてくれよ」
その後も疲れを感じたら、無理せず休憩を取った。たまの犬の散歩で息切れをしていたオバちゃんにとって、身体を徐々に慣らしていくのは大事なことだろう。
しかしゲーム的には序盤といえど、少々スローペース過ぎやしないだろうか。天気が良いのも相まって、これでは冒険というよりただのピクニックだ。
(魔物が出てこないなー)
僕は主に後方の索敵を行なっていたが、こうも暇だと逆に不安になってくる。
「いいじゃないか、目的は剣を届ける事なんだよ。戦う事じゃないんだからさ」
僕とは対照的にオバちゃんは呑気だった。鼻歌を歌ったり、すれ違った商人と長話しかけたり。知らない人が見たらただの気ままな一人旅にしか思わないだろう。
「魔物、魔物って言うけどさ。その肝心の魔物はどうやって生まれてくるんだい?」
(え?)
オバちゃんの素朴な疑問に一瞬言葉に詰まった。
「私は生まれて40ウン歳になるけどさぁ、生まれてこのかた魔物なんて見た事ないよ」
(魔王の力で世界中に魔物が現れるようになったと思うんだけど)
「でも定期的に兵士さんが見回りしてるみたいだし、しばらくは安全な旅なんじゃない?」
ここまでの旅でも商人やら旅人やらと結構な頻度ですれ違った事を思い出す。その中には見回りの兵士の集団も確かにいた。
ゲームではドット絵のマップをただひたすら進むのみ。イベント以外で他人とすれ違う事などまず無い。
画面が暗転してモンスターと戦闘。それだけだ。
5年のタイムラグだけではない。ゲームでのお約束とこの世界でのギャップも執拗に僕の精神を蝕んでいった。
(アレ?ここの橋が普通に通れる)
「なんの問題もないじゃないか」
(ゲームだと大雨かなんかで橋が崩れてたから、西の樹海を回って…
「嫌だよそんなの」
(……………)
「この村はエルフの人をよく見るねぇ。気難しいって聞いてたけど、話してみると普通じゃないか」
(種族間問題イベも解決済み…)
「なんか言ったかい?」
(……………)
旅を始めて早くも5日目の夜になった。
この村の名物だというドラゴンステーキを頬張りながらオバちゃんは上機嫌だった。本物のドラゴンの肉ではないだろうが。
なんでも近くの火山に住む人喰いドラゴンが最近討伐されたらしい。これはその記念メニューだそうだ。
「そのドラゴンを倒したのが3人組の若者らしいんだよ。もしかしてそれがクラスト君達かもしれないねぇ」
(……………)
「どうしたんだい。最近黙ってる事が多くないかい?」
(………ここまで)
「え?」
(ここまで来てしまった!ただ担がれてるだけで!戦闘もすることなく!)
「ちょっと!いきなり叫ばないでおくれよ」
次の瞬間、客の視線がオバちゃんに集中する。オバちゃん以外には僕の声が聞こえないので、いきなり1人で叫び出したかっこうになってしまった。
料理もそこそこに食堂を出ると、取っておいた宿屋に足早に引き上げる。
部屋に着くなりオバちゃんは僕をベッドに立て掛けると、目の前の床にどかっと腰を下ろした。
「あらためてだけど、ハッキリ言わせてもらうよ」
目を見開いて強い口調でそう前置きしたが、オバちゃんからは食事を邪魔されたりといった怒りの感情は読み取れなかった。
「ボウヤはそのゲームの事で頭がいっぱいになってる。一旦、頭の中のゲームの事と今自分が体験してる事は別物だと割り切って考える様にしな」
何も言い返せなかった。文字通り負んぶに抱っこな状態なので、少しでも役立ちたくて焦っていたのかもしれない。
「そんなんじゃ、もしクラスト君に会えても迷惑かけちまうよ」
それだけ言うとオバちゃんは食事を取り直す為に出て行った。
僕にとっても1人で頭を冷やすには良い機会だったと思う。少し前にもこんな事があった気がするけどそれは置いておこう。
オバちゃんにレベルや経験値の事を尋ねても、なんだいそれは?と返されて終わりだろう。しばらくFOQの事は頭から考え無いようにしようとは思う。
だがそれでも気がかりな事が一つだけあった。
最後に勇者の姿を見たいうノザリスの街。その街での戦いこそ、この僕つまり聖剣ガヴリールが砕かれる負けイベントが発生する運命の地だった。




