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君に捧ぐ叙事詩  作者: 昊
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永遠なれ

 何もかもが順風満帆な生活だった。

 僕が生まれたのは田舎にある小さな家だ。周りは山に囲まれていて、自然がたくさんあった。お金は多くは無かったけれど、少なくも無かった。僕は必要な物は全て買って貰えた。

 そんな環境に恵まれて僕は何一つ不自由の無い子ども時代を満喫出来た。家族で旅行に行ったり、弟と一緒にゲームしたり、池で釣りをしたりした。

 小学生に入ってからもその恵まれた状況は変わらなかった。ピアノとか、習い事をしながら、何一つ不自由なく暮らした。

 でも、僕には足りないものがあった。僕の親はことあるごとに「幸せだ」と言っていた。でも僕はその「幸せ」というのがなんなのか、よく分からないまま生きていた。

 僕には何かが足りないって、ずっと思ってた。まるで誰かに100ピースあるジグソーパズルのピースを一つだけ盗られてしまったような、穴が心にあった。

 高校に入っても僕は恵まれていたと思う。実家から学校へ通わなくてはならなかったから少し通学が大変だったけれど、お金や食べ物や着る物に困ることは無かった。

 やがて、高校に入って僕は初めて女の子から告白された。

 「いずみ君。わたしはあなたが好き。付き合ってくれませんか?」

 僕はまるで恋愛漫画みたいな告白にどきどきしながら、ちょっと考えさせて、なんて少し照れながら返した。

 その日は家に帰っても他のことが手に付かなかった。頭の中で告白されたという事実が漂っていて、なんとなく考えていることが流れてしまうような奇妙な浮遊感があった。

 夕飯を食べ終わり、お風呂を済ませると僕は自分の部屋で彼女のことを考えた。

 告白してきた女の子の名前はかすみちゃんと言って今年の四月から同じクラスになった高校一年生だ。ショートカットの髪が切れ長の目と良く合っていて笑うといつもは冷たい目がまるで猫のように細くなる。控えめに見ても、……可愛いと僕は思った。

 ベッドの上で考える。なんであんな可愛い人が僕なんかに告白してきたのか。どう考えてもおかしい。いたずらにしか思えない。しかもどうして僕は僕でそれを断ってしまったのか。馬鹿なのだろうか。返事なんてその場で、はい、と言えば良かったのだ。 でも何となく……。

 でも何となく、僕は不安だったのだ。ただのクラスメイトから彼氏彼女という関係性になることが。今までは男女の違いはあってもクラスの人は全員が平等にクラスメイトだった。でも僕が彼女と付き合ってしまえばそれはもう通用しない。そして別れてしまえばもう友達には戻れないかも知れない。

 僕はまだ臆病なただの高校一年生だ。男と女が付き合うということがどういうことを意味するのか分からないし、分からないものには恐怖を感じる。

 でも、前に進むしかない。

 少しだけ思うことがある。それは見てみたいってこと。僕が自分自身の意思で選んだこの道がこの先どこへ繋がっているのか。それを確かめたい。たとえそれがどんなに険しい道だろうと、途中で殉職して果てにたどり着けなかったとしても、この道を選んだことに恥じらいは無いって胸を張って言えるから。

 僕は僕がかすみちゃんを好きだから、付き合うんだ。かすみちゃんが告白してくれたからじゃない。僕がかすみちゃんと付き合うって決めたから、付き合いたいから付き合う。

 僕はどうやって返事をするか、非常に迷うはめになった。そりゃそうだ。告白の返事なんてこれが初めてなんだから。廊下の途中でもし合ったりしたらなんて返せば良い? まさか「かすみちゃん? あの告白の件だけど、オーケーだよ。付き合おう!」なんて大声で言うわけにもいかないだろうし。

 結局僕は放課後にかすみちゃんを呼び出すことにした。

 何より辛いのは僕が告白された側であることだ。その日の放課後までかすみちゃんは僕と会っても何も言っては来なかった。いつも通り、普通のクラスメイト、友達として接してくれていた。僕はかすみちゃんが他の人と話したり、笑ったりするのを横目に見ながら、彼女は今どんな気持ちで笑っているのだろうと少し考えた。きっと今凄く不安なはずだ。答えが欲しいはずだ。一番辛いのは答えがないことだろう。ダメならダメって、良いなら良いって、そう言われた方が人は楽だ。一番辛いのはそのどちらでもないこと。つまり、待っていることだ。彼女はきっと今笑っているように見えて、実際には暗闇をさまよっているのだろう。行っても行っても出口の無い暗闇。

 彼女は待っているのだ。僕の返事を。

 僕が放課後に教室に残ってて、と言ってもかすみちゃんは、わかった、としか言わなかった。僕はその場で何もかも打ち明けたい気持ちに駆られたけれど、結局何も言えなかった。

 ただ、時間が過ぎるのを待つしか無かった。

 そして、放課後。教室にはまだ数人のクラスメイト達がたむろしていた。僕は机に向かって宿題をしている振りをしながらかすみちゃんが一人になる機会のを窺っていた。

 「かすみー。そのプリクラどこで撮ったの? ちょー可愛いね。」

 と名前も知らない女生徒A。

 「ほんとだー。かわいいー。かすみもとが綺麗だから写真だとちょーきれー。」

 と女生徒B。

 「えへへ。そんなことないよー。駅前で撮ったんだ。わたしも気に入ってるんだけどね。」

 とかすみちゃん。

と二人でごちゃごちゃ言いながら帰って行った。

 その頃の教室は夕方だった。まだ丸く見えていた夕日はもう半分ほど山陰に隠れて半円となり、山から伸びる紫色の影が校舎へ迫ろうとしていた。校庭からは運動部の声が鳴り響いていた。

 でも、夕日に照らされて座るかすみちゃんは窓の景色にも勝り綺麗で、外の喧噪が教室の静寂をより一層際立てていた。

 「かすみちゃん」

 「いずみくん。わたしずっと今日まで待ってた。いつ返事くれるんだろうって。」

 「分かってる。」

 僕はなんか滑稽だな、と自分を客観視していた。確かに告白してきたのはかすみちゃんだ。でも今日告白しなければならないのは僕なのに、相手がこうも緊張していると逆にこちらは一周回って落ち着いてしまう。

 「かすみちゃん。僕は告白して貰ったことは本当に嬉しかった。だからまずありがとうを言いたい。ありがとう。」

 かすみちゃんは頷いた。

 「あれから色々考えたんだ。かすみちゃんのことももちろん、僕自身のことも。僕は何の取り柄も無いし、かすみちゃんみたいな人に好いて貰えるなんて本当に幸運なことだと思ってる。」

 かすみちゃんのショートヘアが揺れた。彼女は首を少し傾けながら言った。

 「わたし、いずみくんにいつも救われている。わたしすごく弱いからたまに落ち込むことがあるの。でもいずみくんはそんな時いつもわたしを笑わせてくれる。他の人から見たら馬鹿だと思われるかも知れない。でもわたしはそんなところが。」

 かすみちゃんはそこで言葉を止めてしまった。でも言葉の続きは目が語っていると言うのだろう。近くで見つめると僕が怖じ気づいてしまいそうだ。

 「わたしじゃ……、ダメ……、かな?」

 「待って」

 僕は彼女がそれ以上言う前に言葉を発した。

 「今日は実は返事を言おうと思って呼んだんじゃ無いんだ。」

 そこで言葉を切った。かすみちゃんは少し驚いたように息を漏らしていた。

 「今日は僕から告白したかったんだ。」

 僕は突然清水の舞台の上に立たされてさあ飛び降りろと言われているような顔をしたかすみちゃんを見ながら、

 「かすみさん。僕はあなたが大好きです。なぜなら綺麗で顔が可愛いから。理由はそれだけ。もしよかったら、僕と付き合ってくれませんか?」

 僕はそう言いながら床に足を付けて彼女を見上げた。

 もうほとんど日は沈んで明かりと呼べるほどの光は教室には無かった。本当に薄暗い教室。その隅で立つ二人。

 暗くて本当に良かったと思う。誰にも気づかれないし、顔が火照ってるのを隠せるから。

 「あははは。やっぱりいずみ君は面白い。」

 かすみちゃんが笑いながら言った。

 「うん。もちろん良いよ。だってわたしから告白したのに、駄目な訳ないじゃない?」


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