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エンジェリカの王女 エピソード集  作者: 四季
エンジェリカの二人 —ジェシカ&ノア編—
2/13

2話

2話


 あたしは戦いが好き。

 それが原因であたしは親に捨てられた。天使なのに戦いが好きなのはおかしいらしい。自分の子どもに「不気味」と言うなんて、酷い大人もいるものだ。


 一番最初に襲いかかってきたのは、ノアを「紫」と呼ぶ男性天使。手首から肘までくらいの刃渡りのナイフを振り回しながら接近してきた。素早く懐に潜り込み、男性天使の胸部を肘で殴る。その威力で一瞬怯んだ男性天使の胸元を、剣で下から斬り上げる。う゛っ、と詰まるような声を出して倒れた。


「なかなかやりますね……ですが!」

「ふっ、手加減しねぇぜ」


 女性天使と「ふっ、手加減しねぇぜ」しか言わないおじさん天使が同時に攻撃を仕掛けてくる。あたしは剣を持ったままその場で回転し、二人同時に斬った。


「よし! 片付け完了っ」


 あたしは三人を仕留めたことを確認すると、ノアのところへ戻る。

 ノアは地面に座り込み小刻みに震えていた。顔は真っ青になり、羽は縮み、暗い紫の瞳には泣き出しそうなくらい涙が溜まっている。随分怖かったようだ。


「ノア、大丈夫?」

「う、う、うー……っ、うわああぁぁぁぁぁぁん!」


 声をかけると、ノアは突然泣き出した。こんなに号泣するところを見るのは初めてかもしれない。ノアはいつも呑気にニコニコ笑っているから。

 強く抱きつかれ、さすがに動揺する。案外力が強いし。こんなに全力で抱きつかれると少し痛い。


「そんなに泣かないでよ。心配しなくてもあたしがいるじゃん!」

「でも、でもー……でもだよー……。でもジェシカは、でもでもー……」

「ちょ、ほとんどでもしか言ってないじゃん!」


 ノアは相変わらず意味が分からないことばかり言う。

 だが、余程怖かったのだろうということは理解できるので、あたしはこれ以上何も言わないことにした。過去に自分に怖い思いをさせた相手が現れたのだ。恐れて震えるのは当然かもしれない。

 あたしはノアをギュッと抱き締め返し、彼の頭をゆっくりと撫でる。手に触れる薄紫の髪は柔らかくて心地よい。


「怖かったね、大丈夫だよ。よしよし」


 頭を撫でてあげていると、ノアはいつの間にか眠ってしまっていた。あたしの腕の中で。気持ちよさそうな顔で、スヤスヤと穏やかに寝ている。

 いつもならノアが寝たら叩き起こすのだが、こんなことがあった後だ。今日くらいはゆっくり寝させてあげよう。

 あたしはノアを木の根元まで運び、その体にふるぼけた毛布をかける。結構雑に動かしたが起きない。丁寧に動かすのが苦手なあたしにとって、そこはノアの良いところだ。


 ぐっすり眠っているノアの横に腰を下ろし、空を見上げる。しかし風に揺れる黒い木々が見えるだけで夜空は見えない。


 それにしても——こんな風に誰かに襲われるのは珍しいな。


 食べ物を盗んだ店の店主に追いかけられることはよくある。野犬に襲われたこともある。だが、天使屋の関係者に急襲されたのは今日が初めてだ。

 なんだか、嫌な予感がする。

 けど、どんな敵が現れてもノアはあたしが護る。

 それは彼と行動を共にすることになった日から決めていたこと。決して揺るがない、絶対的な誓いである。


 ◆


 夜はすぐに明けた。

 いつの間にか寝てしまっていたらしい。気づけば朝になっていた。意識が戻り目を開けると、あたしの顔を覗き込むノアの姿が視界に入る。ノアはいつも通りの穏やかな表情だ。昨夜あれほど泣いていたとは思えない。


「ジェシカ、おはようー」

「……ノア」


 今日はよく晴れた日だ。木々の隙間から太陽光が差し込んできている。起きたばかりのあたしは思わず目を細めた。

 だって眩しいんだもん。


「今日は起きるの遅いねー。ジェシカはお寝坊さんだねー」

「は!? 昨日遅くまで起きてたから仕方ないじゃんっ!」

「ごめんー。怒らないでよー」


 寝起きから騒々しいなぁ。


 昨夜はつい色々考えてしまい、気づけば遅い時間になってしまっていた。それに加え、天使屋の関係者がまた襲ってくるかもと警戒していたせいで、あまり深く眠れなかった。

 おかげで寝不足。何とも言えない複雑な気分である。

 しかしノアはというと、何事もなかったかのように呑気に笑っている。「ノアはあたしが護る」なんて決意をした過去のあたしがバカみたい。


「にしても、今日は凄い晴れてるなぁ。目があまり開かない」

「こんな日くらいは泥棒せずに過ごしたいなー」

「……アンタ、案外痛いとこ突いてくるよね……」


 ノアの口調は穏やかだ。だからこそ、彼の言葉が胸を締めつける。

 あたしだって望んで盗みをしているわけじゃない。可能なら真っ当な暮らしをしたいと思っている。でも無理なのだ。まともな教育を受けていない子どもであるあたしたちが就ける仕事など、エンジェリカにはほとんど存在しない。

 働いてお金を稼ぐには読み書きをマスターしなくてはならない。しかし、あたしは簡単な読み書きしかできないし、ノアは読みも書きもほとんど習っていない。


「さて、今日はどうするー?」


 ノアがじっとこちらを見つめてくる。その澄んだ瞳は、降り注ぐ太陽の光を照り返し、キラキラと輝いている。

 ……そんな期待したような目で見ないでよ。

 曇りのない純粋な紫の瞳。それを目にすると、あたしだけが汚れているみたいな気がして、少し苦しくなる。


「ジェシカ、どうしたのー」

「えっ?」

「何だか元気なさそうだよー。大丈夫ー?」

「あ、うん。……大丈夫」


 するとノアは急に立ち上がる。彼にしては珍しく素早い動作だ。


「よーし、じゃあ今日は川へ行こうー」


 いきなりすぎて話についていけない。二人で川へ行くことはよくあるが、ノアが自ら提案するのは珍しい。少なくともあたしの記憶の中にはない。


「いつもはジェシカだからー、今日は僕が魚たくさん捕まえるよー」

「アンタいつも水怖がってるじゃん。捕れるの?」

「うんー。今日は頑張るよー」


 ノアは魚を捕まえると張り切っているが、彼にそんなことができるとは到底考えられない。ノアは水が苦手だし、泳ぐ魚を捕まえられるほど素早くもない。そもそも、あたしでも難航するようなことをノアがやってのけるとは思えない。

 だが、食料は手に入らなくても暇潰しくらいにはなるだろう。

 そう思い、私はノアと歩き出す。行き先は近くの川だ。

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