『風邪を引いた冬 〜後編〜』
『風邪を引いた冬 〜後編〜』
自室にエリアスと二人きり。いつもなら何も思わないはずなのに、今日はなぜか意識してしまう。彼は護衛隊長なのだから、本来ならこんな気持ちを抱くのはおかしい。
——恥ずかしい、なんて。
「どうなさいました、王女。顔が赤くなっていますよ」
「えっ?」
「少し失礼しますね」
エリアスの手が私の額にそっと触れた。とても優しく触れてくれるのだが、それがまた恥ずかしさを高める。
胸の鼓動がどんどん加速していき止まらない。一体どうしてしまったのだろう、と自分で自分が心配になる。風邪を引いている時にこれほどドキドキしては体に悪そうだ。どうにか気を逸らさなければ。
「やはり……! 王女、額が熱いです。もしかして熱がおありなのでは? すぐにヴァネッサさんを呼んできます」
立ち上がり部屋から出ていこうとするエリアスを「待って!」と引き留める。彼に聞こえるくらいの声を出したつもりだったのだが、予想以上に大きな声を出してしまった。
エリアスは驚いたようにまばたきしながら、こちらへ引き返してくる。瑠璃色の瞳が不安げに揺れながら私を見つめていた。
「王女、一体どうなさったのですか? 高熱があるなら無理してはなりませんよ。ご安心下さい、この部屋は私が護っておりますから何も起こりません」
「違う。違うのよ……」
顔が赤くなっていたのはエリアスと二人きりなのが恥ずかしかったから、なんて言えない。いくら病人とはいえ、そんな意味不明なことを言い出せば、戸惑わせるだけだ。迷惑はかけたくない。
しかし、今のこの心境をなんと説明すればいいものか。
もう少し傍にいてほしい。私が思っているのはそれだけのことなのだが、なぜか上手く言えない。内容自体はとても単純で簡単なことなのに、いざ言葉にするとなると悩んでしまう。
「……お辛いのですね。王女」
エリアスはベッドの横に片膝を立てて座り、静かに私の指を握る。
「私にうつしても構わないのですよ」
「エリアス、何を言っているの? そんなのダメよ」
「貴女を護れるなら風邪くらい平気です」
「平気なわけないわ。いくら貴方でも風邪には勝てないわよ」
恐らく無自覚なのだろうが、彼はいつも芝居がかった優しいことを言う。普段の暮らしではなかなか聞かないようなことを。
だからヴァネッサに「口説くな」と注意を受けるのだ。
「では私は何をすれば良いのでしょうか。何をすれば王女のお役に立てますか? どうか、教えて下さい」
そんな捨てられた子犬のような目で見つめられても……という気分である。「自分で考えてほしい」と時にはそう思うこともある。疲れている時は特に。
だが、自ら私のために何かしようとしてくれている彼を邪険に扱うのも、心苦しいものがある。私の中の善の部分が良しと言わないのだと思う。
「そうね……じゃあ、私が眠るまで傍にいてくれる?」
さすがに断られるだろうと思うことを頼んでみる。これなら無理だと返してくるはずだ。
——しかし、私の護衛隊長はそれほど普通な天使ではなかった。
「はい。常に貴女の傍に」
何の躊躇いもなくそう答え、曇りのない瞳で微笑む。
想像の遥か斜め上を行く——。それが私の護衛隊長・エリアスの恐ろしさである。
◆
翌日、私は起きるなりヴァネッサに凄まじい雷を落とされた。
結局彼は、本当に、私が眠りにつく直前まで傍にいたらしい。そっと片手を握ったままで。
寒い冬のよく晴れた日。私とエリアスに対するヴァネッサの説教は、昼過ぎまで続いた……。
◇終わり◇