異世界はどこもかしこも珍しく
虹色の穴に入り、少しの間浮遊感を感じた後、目を開けるとそこには美しい薄緑の草原が広がっていた。
正直なところ、こんな光景は俺のいた世界でもあった当たり前の光景だ。
だが、なぜか分かる。ここは俺のいた世界とは違う、そして理解する。
ああ、ここは異世界なんだと
そんな何とも言えない異世界と俺がいた世界の異差に驚愕していると、
「さあ、貴方の世界とは異なる異世界に着きました。ここでは貴方の常識が通用しないかもしれませんが、それは、人と交流して常識を身に付けて下さい。そんなことより、まずは貴方の能力チェックです!」
常識か...女神様は人と交流して常識を身につけろって言ってるが、今まで友人の1人も居なかった俺が、交流なんてできるのだろうか。まあ、能力チェックについては酷い結果になりそうだな...
「はい、じゃあこの水晶玉に手を触れて下さいね」
「へえ、能力の測定って水晶玉でできるんですか」
「ええ、この世界では魔力の籠った水晶で生き物の能力を見る事ができますよ。もっとも、この水晶は簡単な能力の測定しかできませんがね」
水晶玉に手を触れると、すると何か体を通り抜けたような感覚と共に、水晶玉が赤色に発光し始めた。
「うーん...」
しばらくすると水晶玉を眺めていた女神様が、こちらを見て悩んだような声を発した。
何となく予想できるが一応聞いておこう
「女神様、私の能力は低かったのですか?」
「いいえ低いわけではないんですが...見せますか?」
こういうのは試験と同じで、いくら結果が悪くても見たくなるものだ。
「はい、見せてもらえると嬉しいです」
「少し待って下さい、今見せますね」
と言うと俺の目の前にいかにもステータスのような文字列が現れた。
要約するとこんな感じか
筋力10 理力13 俊敏9 体力7 魔力2
うーん?
魔力がかなり低いのは分かるけど平均値が分からないから評価ができねえな
「この世界でのステータスの平均値ってどのぐらいなんですか?」
「あぁ、平均値は9なので魔力以外は大体平均的なものですよ。魔力以外は...」
うん、あの反応からしてやっぱり魔力はかなり低いみたいだな、でも筋力や知力は平均より上だ!
結構酷い結果になると思ったが案外いい結果じゃないか!
「あー、なんか喜びに包まれている中、申し訳ないんですが平均値9ってのは普通の市民の平均なんですよ...」
えっ
「で、でも大丈夫ですよ。この世界はレベル制が成立してますから!レベルが上がっていけばステータスもガンガン上がっていきますよ!」
ま、まあ予想していた事だけど、上げて落とされると結構くるものがあるな...
しかし、レベル上がればステータスも上がっていくんだ、何とかなるか。
「まあ、安心して下さい。貴方には特典でミスリル防具一式をあげるんですから、ステータスが平民レベルでも何とかなりますって!」
あっ!今まですっかり忘れていたが、特典をまだもらってないぞ。
「女神様、特典の方を頂きたいのですが」
「今出しますよーっと、はい、どうぞ」
というと女神様は何処からか白銀に輝く鎧と赤い刀身の聖剣を取り出し、目の前に置いた。
なんていうか、聖剣の方は何とか振れそうな大きさだが、ミスリルの鎧の方は思ったよりずっと重そうなんだが...あれを着たら動けないんじゃないのか?
ちょっと女神様に聞いてみるか
「あのー私はこのミスリルの鎧を着て動けるんですかね?」
「ふふふ、それなら着てみればいいじゃないですか」
と言われたので着てみたが、思ったより着やすかったのと結構軽いのが以外だった。というか、この軽さは本当にすごいな、鉄の鎧なら十キロはあるはずの鎧だぞ。
「凄いでしょう?軽さの要因にはミスリルの優秀さもありますが、主な要因は私の加護ですよ」
ん?加護と言ってるが俺の体力は平均的な平民よりないはずだが...
「あの、私の体力は加護を受けても平民以下なんですか?」
「いえいえ、貴方には加護を付与していません。加護を付与したのは鎧の方です。」
それなら俺に加護を付けてくれても...いやいや、転生させてもらっただけでもラッキーなんだ、贅沢は言わない方がいいな。
それじゃあ、次は聖剣を振ってみるか。
柄を握って少し持ち上げてみるが、ミスリルの鎧とは違い想像以上に重い。けど振れないほどの重さではないから全く使えないという訳ではないな。
「よし、特典も渡し終わった事で、一つ伝えなきゃいけない事があります。結構重要な事なのでよく聞いて下さい」
伝えなきゃいけない事?異世界転生させた目的でも話すのだろうか。
とにかく、聞いておこう。
「その聖剣は元々は私とは違う神のものだったんです。そして、私はその聖剣をずっとコレクションとして保管してきたので、使った事がないのです。つまり、その聖剣の能力がわからないという事なんですよ」
えぇ...
どうして能力も分からないものを俺に渡すんだ...
しかし、聖剣の能力がわからないってのは不安になるな、でも、元は神様のものだったのなら、優秀な能力を保持しているはずだ。そんなに悲観的になるような事ではないのかもしれないな。
「まあ、聖剣の能力は実戦の中で理解していって下さい。そんな事よりここにいても何も起こりませんし、まずは町へ向かいましょう。確か、北のほうにハイデという町があったはずです」
町か
異世界の町っていうと中世のヨーロッパみたいなイメージがあるけど実際のところはどうなんだろう。
魔力ってステータスがあったのを見ると、この世界には魔法が存在するみたいだからもっと発達してるのだろうか。
とにかく異世界の町ってだけで興味が出てくる。やっぱり異世界に来てよかったなぁ。
「あ〜、そういえばここらには公道が無いんでした、歩きだと少しかかりますけどいいですよね?」
「ええ、もちろん」
歩きで行けるなら、そう遠い距離ではないのだろう。それなら少し異世界の景色でも見るか。
そう思いながら、赤い聖剣を背にかけた。
特に何かある訳でもなく草原を歩き続けるのは中々キツい。
歩きながら見る景色も草原のまま変わり映えせず、非常に退屈な移動時間が30分近く続いた。
「あの〜結構歩いたんですけどまだ町へは着かないんですか?」
「ん〜あと少しでハイデの見晴らし台が見えるはずなんで、まあ、あと少しで着きますよ」
さっきも、もう少しで着くって言ってなかったか?
まあ、こんなんだから体力7何だろうな...
しかし、本当に草原が続くだけで、人1人どころか、動物すら見かけない。
本当にこの近くに町があるのか?
そんな事を思っていると少し丈の長い草むらから、物音と共に何かが飛び出してきた。
「うおっ⁉︎」
飛び出してきた何かは、じっとこちらを見て動かなくなった。
少し驚きながらも、飛び出してきた何かを見ると
「...ウサギかこれ?」
飛び出してきたなにかは、小さな黒いウサギだった。
うーん、異世界に来たっていうのに一番最初に見た異世界の生き物がウサギかぁ...しかも小さい
正直、期待はずれだなぁ...
「どうかしたんですか?」
「いや、ウサギが飛び出してきまして」
「ウサギ...?」
そういうと女神様は飛び出してきたまま動かないウサギに近づいて、ウサギをよく見た。
すると、やっぱりという顔で
「これはウサギという生き物ではないですよ、たしかハクトという名前の魔物でしたね」
と、なんでもない事のように言った。
「本当にこんなちっさいのが魔物なんですか」
「ええ、魔物です」
「でも、魔物って人を襲うものじゃないんですか?こいつ全く襲う様子がないですよ」
「貴方、魔物を酷く考え過ぎじゃないですか?そんな理由がないのに襲うわけがないでしょう」
確かにその通りだ。
魔物だって生きているはずだし、理由が無ければ襲うわけがないよな。
やっぱり、魔物のイメージって小説や漫画で読んだ魔物のイメージで固定されちゃってるなぁ。
「あっそうだ、この魔物で聖剣の試し斬りでもしてみたらどうです」
「えっ」
「ちょうどいい機会じゃないですか、聖剣の能力が早く分かりますし、それにハクトの毛皮はギルドで買い取ってもらえたはずですし一石二鳥ですよ」
うーん...
さっき魔物もそんな悪いものではないってわかったばかりだからなぁ、なんというかこの魔物に悪い気がするなぁ...
でも、今この魔物で試し斬りすれば聖剣の能力が簡単に分かる。こんなに楽な機会を逃してしまうのも...
仕方ないよな...
「恨むなよ...」
そう言って俺はウサギ...いや、ハクトの首に聖剣を振り下ろした。
聖剣の赤い刀身は黒い毛皮も、頚椎もまるでなかったように頭を地面へ落とした。
落ちた頭は地面を転がり、頭を失った身体は、首から噴水のように血を吹き出した。
聖剣の切れ味にも驚かされたがそんな事よりも、この光景の方が衝撃だった。
動物を殺したことなんてなかったが、こんなに簡単に命を奪うことができるのか...
しかも、あのハクトとかいう魔物は自分に対して敵対的な様子はなかった。それなのに俺は聖剣の能力を知りたいという身勝手な理由であの魔物を殺した。
「ごめんな」
首の無くなったハクトの死体に謝る事に、なんの意味もないことを分かっていても謝らずにはいられなかった。
「そういえば、毛皮とか剥ぎ取った事ってあります?
ないなら私がやりますが」
女神様がナイフを取り出してこちらに歩いて来る。
俺は毛皮の剥ぎ取りなんて経験はないからここは女神様に任せよう。
「よろしくお願いします」
「まあ、任せといてくださいよ」
女神様がハクトにナイフを突き刺してところで、罪悪感に耐えられなくなりハクトの死体から離れようとした。
その瞬間視界が真っ赤に染まった。
何事かと思い顔に手を当てるも何の異常もない。
だが、視界の赤色は濃くなり、それと同時に頭が鋭い痛みが走った。
痛みは段々と強くなり、痛みに耐えられず、俺は地面へと勢いよく倒れた。
痛みがさらに強くなる中、視界の赤色は更に濃くなり黒に近い色へと変わったところで俺は意識を失った。