足刈名人
「荒天準備、移動物の個縛を厳となせ」
荒天、読んで字の如く天が荒れること。天が荒れるてぇことは勿論海も荒れる。
艦には二分隊に気象予想士がいる。彼が今後海が荒れるかどうかを予想するのだ。
まあ予想されなくても気圧がドンドン下がっていると、何となくヤバイなと感じる。
昔、台風の中に突っ込んで行って護衛艦がどこまで耐えられるか試したことがあるそうだが・・・・・・。
船が波を受けるとロールとピッチが発生する、ロールは横揺れと言うか倒れる、ピッチは縦揺れだ。
我々一分隊は先の号令が発せられると甲板に艦首から艦尾まで舫いを張る、どうしても甲板に出なきゃいけない時に舫いを伝って移動するのだ。
その他に甲板上に置かれている物、防舷物などの確りと固定する。波と風は護衛艦から色んな物をかっ攫って行く、以前話した「もちずき」だったかな、艦首のボフォースしかり「まきぐも」では煙突横に立てられていたアンテナが一本折れて無くなっていた。
そんな時でも私達見張りは特殊雨着という雨合羽を着てウイング(艦橋横)に立つ。
カッパを着るのは雨が降ってるからではない、波が降ってくるからだ。
艦橋の真下に波が当たると高確率で波が艦橋より高く上がってくる、そしてバスタブをひっくり返した様な海水が頭上から襲ってくるのだ。
これが夜ならドーーーン! という音と共に右舷なら緑色、左舷なら赤い海水の壁が出現する。右舷灯と左舷灯の色が海水に反射して綺麗である。
ただ見とれていると数秒後にずぶ濡れとなる。慣れてくると回避できる場所を見つけてうまく避けることもできるのだが。
ここで失敗談を一つ。
夜の見張りが終了し、いつもは旗甲板(艦橋の後ろ)で整列して交替が終わった事を当直士官又は副直士官に報告するのだが、この日は大荒れで雨も降っていたので狭い艦橋内で横一列になり申告しようとしていたのだが、いきなり波を受けて艦がロールした。
つまり床が右側へ三十度近く傾いたのだ、滑り止めなど無い艦橋内で・・・・・・左端に居た私は耐えた、踏ん張ったのだ、もし私が滑ったら大変な事になる。だが耐えきれずツルリと滑ってしまった。
勿論大変な事になった、横に六人ぐらい並んでいただろうか・・・・・・、殆どの足を滑り込んだ私が刈ってしまった。ついでに偶然横に居た副直士官の足も・・・・・・。
あんなに謝ったのに・・・・・・グスン。




