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僕は。

その寺院から外へ出る。

待っていたのは。

水無元さんと、量産型N2だった。

「お待たせ」

僕の言葉に水無元さんは、会釈する。

「ねえ。中で何を話していたの?」

うーむ。何をどう説明したものか。

「なんだか僕は天性のテロリストらしいよ」

水無元さんは、くすりと笑う。

「野火くんみたいに、怖がりのテロリストなんて、変だわ」

まあ。一理あるわな。

「恐怖は、テロルの本質だよ」

量産型N2が真面目な顔をして言った。

「恐怖を感じるということは、世界に抗うということだ」

なるほど、と僕は頷く。量産型N2は言葉を重ねる。

「抗うのをやめると、世界に飲み込まれてしまう。恐怖を感じるのは世界に対して抗って生きる意志があるということだ」

量産型N2は。とても真剣に語り続ける。

「恐怖は。たとえそれが昏い絶望に彩られていたとしても。それは戦いの歌であり、生の証でもあるんだよ」

まあ。それはそれとしてだ。

「ねえ。僕らがこれからどうするかなんだけれど」

水無元さんと量産型N2は僕を見る。

「ホテル・カリフォルニアへ行こうと思うのだけれど」

水無元さんは、首を傾げる。

「そこは何なのかしら」

「よく判らないけれど」

僕は、肩を竦める。

「そこに僕の進むべき道があるみたいだ。きっと。多分。水無元さんの道も。そこで見つかると思う」

水無元さんは、にっこりと微笑んでくれた。

「そう。では行きましょう」

量産型N2は黙って頷くと、先にたって歩き出す。地下の巨大なドームのようなその採掘場。

僕らは寺院を後にして、フェンスで囲まれた道をまっすぐ歩いてゆく。

次第に。

道は細く険しくなってゆく。

僕らは、岩がむき出しになっている坂道を登って行った。

やがて、道は洞窟のようになってゆき。

暗い、細い道を僕らは手探りで登って行った。

突然。目の前に大きく道が開けた。

僕と水無元さんは。

大きく息をのむ。

目の前には。

蒼い。

空のように。

海のように。

蒼い、蒼い。

岩壁があった。

それは。

おそろしいまでに大きな、壁画のようだ。

岩壁は、蒼く塗りつぶされている。

そして。

海が。空が描かれており。

海には真っ直ぐに伸びる。

骨のように、塩のように。

真っ白い道があった。

これは。夢に見た、君が歩いていった道。

そしてその道の先には。

ホテル・カリフォルニアが。無骨な中世の城みたいな建物があった。

量産型N2は無造作に言った。

「ホテル・カリフォルニアはあそこにあるよ」

おいおい。勘弁しておくれ。

「絵でしょ、これ」

「いいや。これはね。圧縮された空間なんだ」

判らんよ、そんなこと言われても。

僕の表情を読んで量産型N2は言葉を重ねる。

「アインシュタインの相対性理論によれば、空間の大きさというものは相対的なものでね。光の速度に対する運動によって変わってくる」

「何がいいたいんだよ」

「あのね。超古代のロストテクノロジーの多くは、宇宙の基礎パラメータを変更するものが多い。つまり。光の速度という絶対的な宇宙の基礎パラメータを変更すれば、空間や時間も圧縮することができる」

あーっと。

つまり、ホテル・カリフォルニアのある空間を圧縮して壁画にしたってことだな。

「まあ、どうでもいいけれど。どうやって絵の中に入る?」

「いや、普通に」

量産型N2は僕と水無元さんの背中をどん、と押した。

気がつくと。

僕らは壁画の中にいた。

頭上に広がっているのは。

蒼い空。

足元でたゆたっているのは。

蒼い海。

そして。僕と水無元さんは、白い道を歩き出した。ゆっくりと。


その豪華な広間で。

食卓についた客たちに、ピンクシャンパンが振る舞われる。

君の前にも。

沈みゆく太陽に染め上げられた空の色となったグラスが、置かれる。

君は。

そのグラスに手をつけることは、無かったが。

そして。

黒衣を纏った男や女が。

広間の中央で踊り続けている。

漆黒の宝石みたいに美しく。

黒豹のようにしなやかで。

そして黒鋼のマシーンみたいに正確に、踊り続けていたが。

突然。

時が撃ち殺されたみたいに、動きがとまった。

そして鐘が鳴り響く。

死せる神を弔うかのように。

荘厳で。

美しい。

鐘の響き。

君の隣で女が呟く。

「ふむ、ディナーが始まるようだね。オリジナルは間に合わ無かったということか。幸いにして。と、言っておくよ」

君は。

少し薔薇の花びらみたいな唇を、苦笑の形に歪めた。

鐘がなりやむ。

死んでいたはずの時が、再び息を吹き返す。

一組の。

黒衣の男女が、ゆっくりと広間の中央から歩きだす。

二人は、ひとりのおんなの前で立ち止まった。

男はまるで。

愛を囁くみたいに優しく。

おんなに手を差し延べた。

つれのおとこが立ち上がったが。

黒衣の女はそっとおとこの肩に手をあて。

恋人にするような口づけを与えた。

おとこは、魂を吸い取られたような茫然とした表情で。

椅子に崩れるように座り込む。

そして。

おんなは黒衣の男に魅入られたように。

炎に引き寄せられていく、蛾のように。

男に導かれて広間の中央に向かって歩きだす。

その表情は苦悩に満ちているようであったが。

その唇からもれる吐息は。

とても甘やかなものだった。

なにかに耐えているみたいに。

おんなの身体は、震えていた。

君のとなりで。

「さて、いよいよ女主人が登場するかな」

と、女が呟いた。


僕と水無元さんがその頑丈な木の扉にたどり着いた時には。

すっかり夜が空を深い藍に、染め終えたあとだった。

扉を開くその瞬間に。

厳かに。

人の世が終わることを告げるような。

崇高な美しさを持つ。

鐘の音が響き渡った。

僕らは黒衣の女に導き入れられる。

僕は。

黒衣の女に尋ねてみる。

「ねえ。ここはさあ。天国なの、地獄なの?」

黒衣の女はくすりと笑ったように見えた。

「それはご自分でお確かめください。ただ」

黒衣の女は艶っぽい眼差しで、僕らを見る。

「ここはとても素敵な場所ですよ。さあ急ぎましょう。今ならディナーに間に合います」


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