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君は。
玄関ホールを抜けると中庭に出る。
真冬の空みたいに灰色の壁に囲まれた中庭は。
中央に噴水があり。
周囲に緑なす木々が繁っていて。
そこは半ば自然のままであり、半ばひとの手によって造り上げられたもののようで。
不思議な混沌と。
静謐な秩序とが。
調和を取り合って成立している場所であった。
君は。
石柱が立ち並ぶ庭園の入口から。
噴水近くを眺める。
そこには。
黒衣を纏った男女がおり。
野生の獣みたいにしなやかで美しい動きを見せながら。
美しい旋律を持ったコンチェルトみたいなダンスを踊っていた。
空はいつしか深い藍に染め上げられ。
日は音もなく退場したようで。
酔い心地に浮かれた黄昏れの空気があたりを包みこんでいる。
君は。
突然。
氷の刃を押し付けられたみたいな殺気を背中に感じて。
後ろを向く。
その手には。
骨のように純白の巨大な拳銃が握られている。
魔法のように。
拳銃は突然手の中に出現したように見えた。
君は。
声をかける。
「どうして、そんなふうに僕をみるのです」
か細いけれど。
冬の陽射しみたいに凄烈な声で。
君は言った。
「怖いじゃあないですか」
石柱の影から女が姿を顕す。
グレーのジャケットを身につけた。
長身の女は精悍な笑みを浮かべながら自然体で君に近づく。
「悪かったよ。君があまりに剥き出しだったから試したくなったんだよ」
女は君のすぐ前に立つ。
君が手にした、拳銃をゆびさす。
「見せてくれないか、その銃を」
君は。
純白の拳銃を女の心臓につきつけたまま。
静かに問いかける。
「あなたは、誰なんです」
女は。
吐息を吐くように、そっと笑った。
「君と同じ。このホテルの客だよ。入ることはできるけれど。出ることの叶わない。裏返って閉ざされた場所。そこの囚われ人。君と同じだよ」
君は。
手にした拳銃をくるりと回して。
銃把を女のほうへ向けた。女は満足げに笑みを浮かべると、銃把を手に取る。
女は、その五連式輪胴弾倉の拳銃を手にした。
「バントラインスペシャルなみだな、この長銃身は」
女はトリガーガードのレバーを操作し、中折れ式の銃を折り弾倉から銃弾を取り出す。
女は低く口笛を吹いた。
「驚いたな。これは375口径、ホーランド&ホーランドマグナム。エレファントキラーじゃないか」
女は銃を畳むと、君に戻す。
「猛獣狩り用のライフル彈を拳銃で使うなんて。ライフルで撃ったとしても素人であれば鎖骨を骨折するといわれているが。それを拳銃で発射するなど正気の沙汰とはおもえない」
女は喉の奥で笑う。
「これを撃てば手が裂けても不思議はない」
君はゴーグルで表情を隠している。
女は問いかけた。
「なぜこんな大きな銃を使う」
君は純白の拳銃を腰のホルスターへ戻すと。
可憐な唇を震わせながら。
女に答える。
「だって」
君は、少し俯いて、でもはっきりと言った。
「怖いじゃあないですか」
女は。
驚いたように眉をあげる。
「357マグナムや44マグナム。いえ。50口径のマグナムだって」
君はゆっくりと言った。
「確実に殺せるとは限らない」
女は。
ゆっくりと頷く。
「エレファントキラー。確実に死を与えることができる。だから僕は」
君は、少し微笑む。
「少しだけ安心するんです」
女は。
納得したように頷く。
「では君もあのディナーにでるつもりなんだな」
君は。
少し苦笑の形に唇を歪めて、答える。
「あれをディナーと呼ぶのであれば、そうですね」
空を見上げる。
藍に染まった空は。
次第に昏くなってゆき。
逢魔が刻を迎えつつある。
薄明の中で、黒衣の男女たちは優雅に踊っていた。
そして。
夜はゆっくりと降りてくる。