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アリス・クォータームーンと呼ばれた女は、S&WM500を構えたままで応えた。

「まあ、そんなところさ。ドクター・キョン。でも皮肉なものだな」

アリスは口を歪める。ドクター・キョンは問い掛けるように、片方の眉を上げた。

アリスはドクター・キョンの足元へその巨大な脳を持った蝙蝠をほうり投げる。

「N2シリーズの後継として造り上げたはずのバイオソルジャーとネメシスの組み合わせが、あっさりとN2シリーズのプロトワンに全滅させられたのだからね」

ドクター・キョンはゆっくりと首を振る。

「あなたも判っていらっしゃるでしょう。兵器というものが単純にその攻撃力や破壊力から量られるものではなく。操作性、耐久性においても優れたものでなくてはならないということを」

アリスは皮肉な笑みを浮かべたまま、頷く。

「そうだな。N2シリーズは耐久性に問題があるわけだ」

ドクター・キョンは。

哀しくげに頷く。

「ええ。N2シリーズは恐怖を武器にしました。恐怖が脳内のリミッターを外してしまい、通常の人間では扱えないようなパワーやスピード、テクニックを実現しました。けれどもリミッターを外したままでは」

「ひとは長く生きられない。当たり前だ」

アリスは昏く吊り上がった瞳で、ドクター・キョンを見る。

「あんたは使い捨ての人間兵器、量産型N2シリーズを造ったがそれはコストがでかすぎる」

「ええ」

ドクター・キョンは溜息をつく。

「だからわたくしは、T.ウィルスを開発しました。まあ、それだけでは役に立たなかった」

「T.ウィルスに感染したひとは不死身の身体を手に入れるが、知性が消滅する。だから寄生生物ネメシスを造りあげた」

アリスは。

僕が支えている、水無元さんを見る。

「そこの少女のDNAを組み込んだ、知性を持った寄生生物を」

ドクター・キョンは。

静かに頷く。邪悪な笑みを浮かべて。

僕は驚いて、ドクター・キョンを見る。

「寄生生物ネメシスをT.ウィルスに感染したひとに埋め込みました。そうしてネメシスは脊髄の神経を乗っ取って、ゾンビたちをコントロール可能にしました。でも彼等の破壊衝動、血を見ることへの飢えを消滅させることまでは、できなかった」

ふん、とアリスは鼻で笑う。

「結局あんたの言い方をまねれば、操作性を満足できなかった訳だな」

僕は。

震えた。

ではきっと水無元さんは僕がN2シリーズと意識を夢の中で共有していたように。

あの黒い男女やナイトドレスの女と意識が繋がっていたということなんだろうか。

この。

妖精みたいに可憐な。

僕の手の中で意識を失い、その柔らかで華奢な身体を僕に預けているおんなの子が。

黒い獣みたいに闇の欲望に焦がれている生物兵器と意識が繋がっていたなんて。

それは、残酷で。哀しくて。赦しがたいことのように僕には思えた。

そして。

おそらくアリスも同じように感じているらしかった。

「わたくしを」

ドクター・キョンは魔物の笑みを浮かべ、アリスとそして僕と水無元さんを見る。

「どうされますか」

アリスは自嘲しているように、見えた。

「わたしが受けたオファーは単なる情報収集で、介入することではなかった。でも」

アリスは、あきらめたように薄く微笑む。

「ドクター・キョンあなたを殺さなくてはここから出ることはできなさそうだ。そうだろう」

ドクター・キョンは頷く。

「ええ。わたしの生体反応が途切れることがあれば、自動的にこの閉鎖空間の出口が開きます。では、殺すのですね。わたしを」

アリスは、肩を竦めた。

「残念だが」

「お願いがあります」

ドクター・キョンの言葉に、アリスは片方の眉毛を上げる。

「できれば、プロトワンの手で殺されたいのです」

僕らは。

プロトワンを。

君を。

見る。

君は、分厚いゴーグルの奥からドクター・キョンを見つめていた。

そして。

囁くように。

薔薇色の唇を震わせて。しかし、はっきりと。話始めた。

「あなたは、僕等の神なのですね」

魔神のような男は、哀しげに頷く。

「そうです」

「でも、僕を失敗作だと思っている?」

「いいえ」

初老の男は疲れたように、首を振る。

「君達も。死んでいったネメシスたちもみな。とても愛おしく思っています」

「僕等は不安と恐怖の中で生き、それでも必死で戦いながら堪え難い生を生き抜きます。全ての神経と体組織をストレスで朽ち果てさせて死にます。そんな僕等でも愛していると」

「もちろん」

初老の男は魔物の笑みを浮かべたまま。

頷く。

君は。

エレファントキラーを抜いた。

「答えてくださって、ありがとうございます」

「君は」

ドクター・キョンは、慌ただしく言った。

「ホテル・カリフォルニアに来られて満足したのですか?」

君は、ゆっくり首を横に振る。


「だって、怖いじゃあないですか」


轟音。

落雷のように容赦のない凶暴な銃声が。

死体の折り重なる広間に響き渡った。

無数に重なる死体の山に。

もうひとつ死体が、積み重ねられた。



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