10
僕と水無元さんが広間に入ったとき。
黒衣の女が全裸のおんなを抱きかええて、その首筋へ口づけをしているところだった。
それを見た水無元さんが、悲鳴をあげる。
広間の空気に亀裂を打ち込むような。
そんな悲鳴だった。
黒い男や女たちは。
一斉に僕等のほうを見る。
慌てて僕は、水無元さんの口元を手で押さえたのだけれど、手遅れだった。
僕らは広間じゅうの注目を浴びている。
魔物のように口の両端をつりあげて笑う。
初老の男が僕たちを見て一礼をする。
「これは、ようこそ。ホテル・カリフォルニアへ」
黒い男や女が。
僕たちのほうへ近づいてくる。
獲物を見つけた肉食獣が、包囲の輪を閉ざそうとするかのように。
僕は水無元さんの前に立って、庇おうとするけれど。
それにほとんど意味が無いことは、判っていた。
彼らはひとではない。
恐怖。
それは黒く闇そのもののような恐怖であり。
僕の心臓を凍った手で握りつぶしてゆく。
ああ、ここでも。僕は自分の世界が外に漏れ出していくのを見ることになるなんて。
黒豹が獲物を襲うように、優雅なそして獰猛な動きで。黒い男が僕等の前に跳躍する。
僕は。
自分の首が喰いちぎられ、血を迸らせるのを見るはずだった。
けれども。
その瞬間響きわたったのは、神が震う鉄槌のような轟音。
そう、エレファントキラーの銃声だった。
僕の前には、君がいる。
純白の巨大な拳銃をかまえた。
思った以上に華奢な(いや、僕と同じ体格なんだろうけれど)、少女のように儚げな。
君、プロトワンがいた。
黒い男は顔面の半分を吹き飛ばされ。
血と脳漿を撒き散らしながらも。さらに平然と飛びかかってくる。
君は撃つ。さらに撃つ。
僕に向かって伸ばされた手が吹き飛んだ。そして、その胸に銃弾は穴を穿ってゆく。
黒い男は身体を分断され地に堕ちる。
ああ。
恐怖と陶酔と快楽が交互に僕へ襲いかかり。
僕の足はがくがくと震えていた。
瞬時に銃身を折って君は、375ホーランド&ホーランドマグナムを装填する。
黒い女が。男が。次々に襲いかかってくるのを。
見えない壁があるみたいに。
君は正確に撃ち殺してゆく。頭を撃ち抜き、腕を足を吹き飛ばし、胴を引きちぎり。
黒い男や女は、半分に身体を千切られてもさらに、牙を剥き出して。
咆哮する。
叫ぶ。
呪いの歌を。夜の歌を。闇の歌を。
君の撃つ銃弾は、その歌を切り裂き破壊し、真っ赤な血に染め上げてゆく。
僕等の足元の床は、真紅のカーペットを敷いたように赤い海に沈んでいた。
「危ない!」
水無元さんが、叫ぶ。
君の背後から忍びよった黒い女が飛びかかる。
君の右手は、正面からくる黒い男女に向けて撃たれていたので、背後へ向けることはできない。
女の赤い唇は少女のように薔薇色に染まった君の頬にせまる。
けれども。
黒い女は、巨大な鉄槌で吹き飛ばされたように、後ろに倒れる。
君は左手に。
もう一丁の白い拳銃を抜いていた。
硝煙を吐き出すその拳銃は。
さらに銃弾を女に向かって吐き出す。
女が真紅の挽肉になるまで。
君は二丁の拳銃を前に向けた。
立て続けに撃ちまくる。
そして。
銃身が反動の力で宙にあるうちに、片手で銃身を折り畳みスピードロッダーを使って銃弾を片手で装填する。
まるで、拳銃が自らの意思で中空に留まっているような。
僕はジャグリングを見ているみたいだった。
エレファントキラーは死と破壊を吐き出しつづける。
双頭の白い龍みたいな拳銃は、運命の咆哮を振り絞りつづけた。
金色の空きカートリッジが雨のように真紅に濡れた床へ降り注いでゆき。
黒い男や女は死の舞踏を踊りつづける。
彼らは逃れるなど考えることもなく。
闇色の怒りを滲まして飛びかかってくる。
エレファントキラーは自身の反動で宙を舞い。
君は。
少女のように嫋やかな手でその凶暴な力の奔流を操る。
僕は、君の口が動いているのを見た。
君の。
薔薇色の唇は、そっと囁いていた。
それは。
恐怖を。
「怖い。
怖い。
怖い。
怖い。 怖い。
怖い。 怖い。
怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。
怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。
怖い。怖い。 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
怖い」
突然。
黒いナイトドレスの女が。
僕と水無元さんの前に立つ。
ああ、それは。
なんて美しく、なんて哀しい。真夜中に飛び立つ漆黒のワイルドスワンのように。
目を見開いて。
そして、水無元さんも目を見開いて。
言葉を無くして立ち尽くしていた。
黒い、男や女もナイトドレスの女には近寄らなかったので。
その空間はまるで。
嵐の中に一瞬訪れた静寂みたいに、時を凍り付かせた。




