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Paper Girls War!

プロローグ

作者: 太刀川博夫

街の夜には、ありとあらゆる色の光が煌めいている。

人々の頭上からその道を明るく照らす街灯、ビルの窓から漏れる明かり、建造物に彩りを与えるイルミネーション。

そして、高画質な巨大スクリーンに映し出されるデジタル広告。

それらの光が混ざり合って、街全体の空気が自然界には存在しない奇妙な色で染められていく。

夜空はそんな光のフィルターによって、そんな奇妙な色を帯びてくる。

そんな夜空を、誰が見上げるというのか。

名月が出ているわけでもない。花火が撃ち上がっているわけでもない。流星群が観測できるわけでもない、それどころか星の一つさえ見ることも出来ない。

そんな夜空に、人々は見る価値を見いださなかった。


友人と会食に行くために歩く、一人の学生。

手元のタブレット端末を操作し、ニュースアプリを起動する。

そこには、これから会う友人との会話の種になりそうなニュースが、動画と短文でまとめて表示されている。信号待ちをする二十秒ほどの間に、指で画面をなぞると、フィルムが流れるように画面が切り替わり、必要な情報を彼の視界へと流し込む。

信号が青に変わる。彼はかけていた眼鏡にそっと手を当てた。

目に映っていた街の光景が一瞬暗転した後、その一部分だけが光り出す。

予めインプットしておいた待ち合わせ場所への経路が矢印で表示され、目印となるような建物だけが視界に映されているのだ。

今回の会場となった店は、入り組んだ路地裏のまっただ中という分かりづらい場所にあったが、学生は一切迷うことなく、その場所へとたどり着くのだった。


見る必要のない街の夜空を、彼らは見上げない。

そんな、夜空の中で。


弾丸のように、空気を切って飛ぶ感覚。

何度慣れても慣れきることのない感覚だと、美墨羽衣は思う。

「シュヴァル」の名を持つそのエアバイクで、自由自在に空中を飛び回る。

初めて乗った時は戸惑ったものだが、癖になるとはまさにこの事だ。今ではまさに名の通り、自分の愛馬として、空中における足代わりとして働いてくれている。

ハンドルを握る手を強め、さらにスピードを上げる。

全身を包むのは、黒い装甲。

しかし、その黒は光を包む漆黒ではない。

光を反射し、輝きを帯びた黒だ。

そんな鎧に身を包まれていても、空気の感触はそれを通り越して伝わってくる。

このままスピードを上げ続ければ、自分の見たことのない場所へたどり着けるのではないか、そんな期待を抱いてしまうのだ。


が、今はそこまで夢想をしている余裕はなかった。

カァァン!

金属音が刃となって、夜の闇を切り裂き響きわたる。

もう追いついてきたのか。羽衣は軽く舌打ちして、ハンドルへかける力をスピードからコントロールへと変えた。

次に敵が繰り出すのは火炎放射、そう予想した羽衣は、ハンドルを大きく右へと切った。

ボオオオオッ!

野獣の鳴き声のような音ともに吹き出された火炎が、夜の闇を暗いながら、直前まで羽衣のいた場所を包み込んでいた。

ここまで追いつかれてしまったら、一度攻撃に転じた方がいい。羽衣は瞬時にそう判断し、右手を大きく開いてつきだした。

彼女の内なる「知への意志」が、 の作用によって、光という形で具現化する。光は彼女の右手に集まると、やがて形を変えて、ペン先に似た切っ先を持つ長槍となる。

紙と知の守人「セイヴァー」として戦う羽衣の武器「」だ。

右手に握りしめたその槍を構えると、左手でブレーキをかけた。

後方で自分を追尾する敵を、一度自分の前に出してやろうと考えたのだ。

轟音と共に、追跡者が羽衣の眼前に姿を現した。

451機関の所有する、飛行用焚書ロボット・サラマンドラ。

全幅は5メートルくらいだから、中型仕様だろう。四方に装備されたブースターで宙を浮き、中央の円上の機械からアームや火炎放射を展開して攻撃してくる。

羽衣は槍を短く持ち、バイクのスピードを上げないよう下げないよう努めた。

サラマンドラと距離をどう取ればいいのか、羽衣は決めかねていた。

遠く離れれば、火炎放射が襲いかかってくる。自分の身を包む装甲なら耐えられなくもないが、この「シュヴァル」はどうか。コントロールを失ってしまうかもしれない。

しかし近づきすぎれば、サラマンドラのアームが一斉に襲いかかってくる。

羽衣の意識は、「シュヴァル」の後部のコンテナに向いていた。

この中にあるものを、襲撃者から守りきる。それが自分の任務であり使命だ。今自分一人しかいない状況で、そのためにはどうすればいいのか。

羽衣が答えを出すより早く、ロボットが行動を開始した。

サラマンドラは展開した攻撃用のアームで羽衣に怒濤の攻撃を仕掛けてきた。

先端が鋭く研ぎ澄まされた刃の猛攻。

セイヴァーの力で敏捷性を増した右腕の槍を巧みに操り、マシンガンのように飛び出すアームの先端を弾いて身を守る。

しかし、左手で操作しながらの防御には限界があった。

何発かは、自身の身体を包む装甲に命中していた。

このままではキツい。羽衣はサラマンドラへ注意を向けつつも、心の底からわき上がる危機感を認識せずにはいられなかった。

ホバーモードに切り替えて機体を止め、戦闘に全力を注ぐか。いやそれでは敵に距離を置かれ、火炎放射による攻撃を避けきれない。

対策を考慮するまもなく、サラマンドラの爪が羽衣に襲いかかる。

羽衣がさらなる追撃に身を構えた瞬間!

バァァァッン!

爆発音と共に、サラマンドラの姿が大きく後方へと吹っ飛んだ。

後方から飛来した細長い光弾が、サラマンドラのブースターの一つを直撃したのだった。

「羽衣ちゃん!」

自分を呼ぶ声を聞いたのと同時に、羽衣は後ろを振り返っていた。

青い装甲に全身を包んだ少女、自分と同じセイヴァーであり、大切な仲間。

千樹理愛が、ホバー状態のエアバイクに跨がり、こちらに羽衣の方に向け安堵の表情を浮かべていた。

数分前まで一緒だった彼女は、別のサラマンドラに足止めを食らってしまい、二人は分断されてしまっていた。

しかし彼女は自らの力でそれを撃退し、羽衣の元へと追いついたのだ。

理愛の左手には、巨大な三角形が鈍角を前方に向けた状態で構えられている。

彼女の武器である「トリアング」は、本来両腕に装備して刃や盾として使う。

しかし今彼女は、二対の を合わせて左腕に構え、弓として用いることで、エネルギー弾による一撃を放ったのだった。

「理愛、ありがと!」

サラマンドラが離れた隙に、羽衣は体勢を立て直す。槍を握り直し、その手に強く意識を込めた。

知のエネルギーが、身体から槍へと流れ込む。先端まで到達したエネルギーは液体のように溢れ、槍先を包み込む。

「決めるっ!」

羽衣は右後方に槍を構えると、左手のハンドルを一気に握りしめて を一気に加速させ、空中でよろめいているサラマンドラに向かっていく。

すれ違いざま、羽衣の右腕が大きく前に振るわれる。

サラマンドラの鋼が、魚の口のようにぱっくりと切り裂かれ、そこからエネルギーの光とオイルがポタポタと垂れ落ちる。

機能を停止した焚書ロボットは、重力のままに下へと向かう。ドスンという重い音と共に、残骸は地面へと落下した。

ハァッと息を吐いた羽衣の元に、理愛がバイクを動かして寄ってきた。

「早く新聞を運ぼう!また451の追っ手が来ちゃうよ!」

「うん・・・」そう答えた羽衣の言葉は、どこか暗い。

サラマンドラが落下したのは、人通りの少ない道であった。時間が遅いということもあり、その周囲には誰もいなかった。

それが羽衣には、少し残念なことのように感じてしまうのだった。

残骸はやがて体内の装置により、あるいは451の専門部隊によって、欠片すら残されず消え失せてしまうのだろう。

誰にも、知られることなく。


羽衣が先導し、理愛がそれに後に続くという形で、輸送が再開された。

眼下に広がる夜の街の光景を、羽衣はふと見下ろした。

シュヴァルは駆動音をほとんど発しない。発していたとしても、雑踏と車の音にまみれたこの街で、果たしてどれほどの人間がこの音を耳に出来るのか。

自分たちの存在を、誰が目にしてくれるのか。

羽衣はハンドル部のスイッチを操作して、エアバイクをホバー状態へ切り替えた。

「うわっ・・・どうしたの羽衣ちゃん?」羽衣の急停止に対応できなかった理愛は、先に数メートル進んだところで慌てて機体を止め、ばっと振り返る。

驚く理愛を後目に、羽衣は「シュヴァル」後部のコンテナを開いた。

中には、何枚かの紙が綴られた束が、箱一杯に詰め込まれていた。

そして羽衣はその内の一束を取り出す。

一枚の紙を埋め尽くすように、小さな文字が埋められていた。

それがニュースを中に入っている他の紙は同じ物を印刷したものであることを、羽衣は知っていた。一枚くらいなら、後でマーシャに怒られるとしても、羽衣はそうせずにはいられなかったのだ。

羽衣の手の中には、手帳とペンがあった。その一ページにさらさらとペンを走らせると、そのページを手帳から矧がし、紙束の中に折り込んだ。

理愛はそれを止めなかった。止めても無駄だという事は分かっていたし、何より羽衣のことをよく分かっていたから。

聞いて、見て、伝える。それが羽衣の信念であり希望であり、そのために羽衣は必死に戦っているのだと。

理愛が見守る中、羽衣はそっと、その紙束を下に向けて落とした。


視線を前方に落としたのは、ただの偶然だった。

会食を終え、一人寂しく帰る途中の学生。

眼鏡の中に映し出される方向だけを見ていれば、下を向く事などあるはずはなかった。

ため息をついたはずみに、首が前の方に倒れ、その為に前方の地面に落ちているその白い物体が視界に入ってしまったのだ。

それを拾う理由も、意味も、利益もない。

しかし、一度意識に入ってしまったそれを、彼はそれを拾わずにはいられなかった。

少しザラザラした、それでいて指先の感覚が吸い取られていくような感触が指先に伝わる。

それは布より薄く、それでいて柔らかい。そんな物質が何枚も重ねられ、おられる事で形成されていた。

彼がそれを持ち上げるともう一枚、折り畳まれたそれよりも遙かに小さな白い一片が、ひらりと空を舞った。

そっと手を伸ばしてつかみ、彼はその中に書かれていた文字をみた。

【読んでみて!】

生まれて始めてみた、手書きの文字だった。

彼はその言葉通り、折り畳まれたそれを、ゆっくりと開いた。

視界に一斉に襲いかかる、文字の羅列達。彼はその中に、未だ知らない世界への入り口を見えたと思った。


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