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7 打ち上げ

「打ち上げをしよう」


 期末試験から一週間経った地学室で、唯が唐突にそう言った。


「打ち上げ……?」

「試験勉強のか?」


 真木と塔野が唯の方を見る。


「そう、試験勉強の打ち上げ。三人で無事に地学室を守れた打ち上げでもあるよ。ねえ、どこかに行こうよ」


 唯は、真木が渋るのではないかと危惧していた。そっと盗み見るが、いつも通りのポーカーフェイスで何の感情も読みとれなかった。


「いいな、打ち上げ。行こうぜ」


 塔野も真木を見る。真木がふっと笑った。


「そうね。行きましょうか」


 予想外の反応に、唯と塔野も笑顔になった。





***


 その後、色々話しあった結果、週末に隣町までパフェを食べに行くことになった。塔野おすすめの店だった。


 唯は朝から舞い上がっていた。友達と遊びに行くのなんて、九月に塔野と真木とウインドウショッピングに行って以来だった。その前は、小学生の頃までさかのぼることになる。浮かれるなという方が無理な話だった。

 ただ、九月は騒ぎすぎて真木が怒ってしまった。その前科を繰り返さないように、はしゃぎすぎないようにしよう、と心に決めていた。


 服装は迷った挙句にクリーム色のシフォンブラウスにピンクのカーディガン、黒いAラインスカートの上に白いコートを羽織った。鏡を見て、自分の凡庸な顔立ちと服装の可愛らしさのギャップに軽く落ち込んだが、仕方がない。


 待ち合わせ場所に行くと、真木がすでに来ていた。シンプルな紺色のワンピースの上にグレーのコートを着ていて、制服を着ている時よりもずっと大人っぽかった。やっぱり真木ちゃんは美人だな、と唯は改めて思った。


「やほー、真木ちゃん。早いね」

「あら、唯。私は今来たところよ」

「あれ、俺が最後か?」


 声のする方を振り返ると、塔野が来ていた。ボーダーのインナーに黒のレザージャケット、ジーパンのラフな格好だった。


「まだ十分前だから、みんな来てないと思ったんだけどな」

「塔野ちゃん、わたしたち今来たところだよ。そんなに変わらないって」

「そうか。それなら良かった。じゃあ、行こうか」


 導く塔野の後ろを、唯と真木が連れ立って歩く。


「真木ちゃん、わたし、今日ははしゃぎすぎないように気をつけるよ」

「そう、唯。それじゃあ、私は怒って帰ってしまわないように気をつけるわ」


 そう言って、顔を見合わせて笑った。


「あ、二人とも何楽しそうな話をしてるんだよ。俺も混ぜろって」


 塔野が拗ねたように言う。


「混ぜろって言われてもねえ」


 真木が意地悪くそう言うと、唯も笑って頷いた。


「えー、どうしようかなあ」

「唯まで。いつの間にそんな意地悪を言うようになったんだ」

「えへへ」


 いつもいじられている意趣返しとばかりに唯は笑った。塔野が拗ねる。真木が笑う。そのうち、塔野も笑いだす。そうやって、三人の間に笑い声が満ちた。

 カフェに着くと、すでに満席だった。二十分くらいの待ち時間だと告げられる。


「どうする?」


 塔野が二人を振り返った。


「わたしは待ってもいいな。パフェ、気になるし」

「他の店を探すよりも、ここで待っている方が生産的だと思うわ」

「よし、じゃあ、待つか」


 塔野は店員に名前を伝えた。


「どうせなら、フルネームで言ったら良かったのに。姫香ちゃん」

「可愛い名前だもんね」

「お前ら……今日は俺を徹底的にいじめるつもりだな」


 そういうものの、塔野の顔は笑っていた。気にしている名前のことを言われても、あまり傷ついた様子はない。わたしたち、とてもいい感じに変われているな、と唯は思った。


「祥子ちゃんは名前で呼ばれたくはないのか?」


 塔野がそう真木に振るが、真木はポーカーフェイスを崩さない。


「別に」

「うわ、真木ちゃん、いつもに輪をかけてクールだね」

「ああ、なんか悔しい」


 塔野が拳を握りしめた。


「私に勝とうなんて百年早いのよ」

「うん……、なんか、納得してしまう」

「納得するなよ、唯。お前はどっちの味方だ」


 そんなとりとめないやりとりをしているうちに、あっという間に時間は過ぎ、席に案内された。

 店内は明るく、木製の椅子とテーブルが可愛らしかった。


「素敵なお店ね」

「ホント。塔野ちゃん、よくこんなお店知ってたね」

「はは、部活のやつが教えてくれたんだよ」

「塔野ちゃんの人脈すごいなあ」


 唯がうなった。

 席についてメニューを広げる。色とりどりの甘いものの写真が並んでおり、見ているだけでも楽しくなった。


「わあ、どれにしようか迷っちゃうな」

「俺のおすすめはこの苺のやつだ」

「へえ、おいしそうね」


 三人であれこれ言いながらメニューを眺める。


「真木ちゃんって甘いもの好きなの?」

「ええ、それなりに。特に和風のものが好きよ」

「よし、俺は決めたぞ。この、うさちゃんパフェにするぞ」

「まあ、なんというか……ずいぶんメルヘンチックなものを頼むのね」

「ちょっと意外だね」

「いいだろ、たまには。こういう女子っぽいものに挑戦してみても」


 その一言に、唯ははっとした。塔野の口から、女子っぽいなんて言葉が飛び出すなんて思わなかったのだ。それも、自分が注文するものに対して。真木もそう思ったのか、何も言えずにいた。


「たまには……な」


 塔野が沈黙に耐えかねて、小さくそう言った。


「そうだね」

「そうね」


 そう言って三人で笑った。







 パフェが運ばれてくると、唯は「可愛い」を連呼して写真をたくさん撮った。はしゃぎすぎないようにする、という本日の目標は達成できなかった。しかし、真木は柔らかい笑みを浮かべて唯を眺めていた。塔野もそんな二人を微笑ましく見つめていた。だから、目標を達成できなくても良かったのだと思う。


「早く食べないと、アイスが溶けてぐしゃぐしゃになっちゃうぞ」


 見かねた塔野が笑ってそう言うと、唯はようやく我に返った。


「そうだね。早く食べなくちゃ」


 真面目にそう言うのがおかしくて、塔野と真木はまた笑った。

 一口口に運ぶと、幸せな甘さが口いっぱいに広がった。


「うーん、幸せ」

「本当においしいわね」

「だろ? いやー、気に入ってくれて良かった」


 唯は目の前の幸せをできるだけ全部すくって味わおうと思った。今、この時の幸せをかみしめるのと同じように。二人も同じことを思っているといいな、と微笑んだ。

 ずっと、三人で笑っていられるんだろう。これまで楽しめなかった青春を取り返すように、こんな素敵な日々が続いていくのだろう。唯は漠然とそう考えていた。


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