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9 聖夜 (後編)

「……私は人とは違う。少し、変わっているの」


 気がつくと真木は語り出していた。


「考え方、物の見方、着目するポイント。同じものを見ていても、同級生とはいつも感想が違っていたわ。動物園に動物を見に行けば、同級生は可愛いとか、恐ろしいとか言った。私は、小さな檻の中で一生を過ごす動物の悲しさや寂しさに思いを馳せた。授業中、同級生はつまらない、勉強したくないと言った。私は勉強をするために授業をやる意味や、勉強の意義について考えていた。成長するにつれ、自分は人とは違う、という意識は増していったわ」


 一度、言葉を区切る。唯も塔野も真木の方を向いて、真剣に話を聞いていた。ここまで自分の話を真剣に聞いてくれた人は、二人が初めてかもしれない、と真木は考えた。


「私は、人を遠ざけた。でも、誰にも理解してもらいたくないわけじゃなかった。誰かに、私の物の見方、考え方を分かってほしかった。人とは違う、私の見ている世界を誰かに伝えたかった。言葉で伝えたら、みんな変な目で私を見たの。だから、言葉で伝えるのはやめた。違うもので表現しようと思って、絵を描いた。目の前にあるものをある程度うまく描くことは出来た。でも、それは私の世界ではない。ただ、目の前のものを模写しただけに過ぎない。私の物の見方、私の物を見て感じた印象は、その絵からはまったく伝わって来なかった。 私の描いた絵は、まるで他の誰かが見た世界のように見えて、私はその絵を思いっきり引き裂いた。どうしようもなかった。私の中にある形にならない考え、気持ちをどうにか伝えたかった。でも、どうにか形にしようとすればするほど、それはどんどん本物からは遠ざかっていったの。私には、それがとても耐えられなかった。伝えたいから、形にする。でも、できあがった形が気持ち悪いから引き裂き、余計に伝えたい気持ちが募る。それの繰り返し」


 真木は一度息を吐いた。感情が高ぶってきたためだ。深呼吸をして、心を落ち着ける。


「絵を描いて、挫折して、そんなことを繰り返してきた私は、いつしか描くことを遠ざけていたの。描いても、描いても、私の世界は表現できないのだから」


 これで終わりだ、というように真木はサイダーに口をつけた。口の中がカラカラに乾燥していた。


「ごめんね。真木ちゃんが絵に対してそんな気持ちを持っていたなんて知らずに、絵を描くゲームを提案して」


 案の定、唯が謝った。


「謝らなくていい。唯は知らなかったのだから」

「真木、ありがとう」


 塔野がなぜか真木にお礼を言った。真木が怪訝に思って塔野を見つめていると、塔野が再び口を開いた。


「真木が、自分のことを話してくれたのって、これが初めてじゃないか。俺たちのこと、信用してくれているんだな、って思って」


 塔野のまっすぐな言葉に、真木は顔が熱くなるのを感じた。うつむいてごまかす。

「……当たり前よ」

 小さくそれだけ呟くと、塔野も唯も笑っていた。ちょっと悔しい気分だったが、悪くは無い、と真木は思った。







 その後、トランプ、ウノ、チェスといった王道のゲームで三人は遊んだ。チェスにいたっては、真木がとびぬけて強く、勝負にならなかった。そのうち、唯の弟が帰ってきて、唯が一緒に遊ばないか誘ったが、黙って階段を上っていった。


「もう、一ってば反抗期なんだから」


 唯が口をとがらせる。


「年頃の男子ってあんなもんじゃないか。俺の兄もあのくらいの年の頃はああだったぞ」

「塔野ってお兄さんがいるのね。そういえば、名前の話をした時に、そんなこと言っていたわね」

「ああ。兄が二人に姉が一人いる」

「あれ、お姉さんもいるの……?」

「姉は父親の連れ子なんだ。だから、俺の名前が付けられた時には、姉はいなかったんだ」

「あっ…、ごめんね。こみいったこと聞いちゃって」

「別に構わない。両親が再婚したのは小さい頃のことだったからな。父とも姉とも、今は打ち解けてる。」


 塔野の家庭の話を聞いて、真木は驚いた。塔野も唯同様、平和な家庭で育ってきたとばかり思っていたのだ。


「真木ちゃんは、兄弟っているの?」

「いないわよ」

「確かに、真木は一人っ子って感じがするなあ」


 塔野が笑う。真木はその笑いに含みを感じて、眉をあげた。


「どういう意味かしら」

「真木ちゃんはマイペースだもんね」

「この上なくマイペースな唯に言われたくないわ」


 塔野が声をあげて笑った。唯も笑う。二人とも笑っていると、なんだか自分が怒っているのが馬鹿らしくなって、真木も笑ってしまった。







 唯お手製のブッシュドノエルを堪能すると、時計の針が垂直な一本線になっていた。そろそろお開きの時間だった。プレゼント交換にしよう、と唯が声をあげた。三人で輪になる。


「……で、どう交換するの?」


 真木がそう言うと、唯の母がミュージックプレイヤーを持ってきた。イヤフォンをはめる部分に小さなスピーカーがついている。


「音楽が鳴り止んだ時、自分の持っているプレゼントをもらってね」

「うわあ、小さい頃よくやったやつだ」

「……高校生になってまでこれをやることになるなんて。しかも、三人で」

「だって、じゃんけんとかで決めたら味気ないじゃない。これが一番だよ」


 はい、やるよと唯が声をかけ、二人はしぶしぶプレゼントを持って輪になった。

 音楽が鳴り始め、唯が右にプレゼントを渡す。それに倣って二人もプレゼントを渡した。無言でプレゼントを渡し続ける。


「昔、このプレゼント交換で、わざと両手にプレゼントを持ち続けていた子っていたよね」

「ああ、いたな、そんな奴」

「なんて浅はかな子」

「……真木は当時からそんなこと思っていたのか。小さい頃から相当冷めてたんだな」


 塔野がそう言った直後、音楽が鳴り止んだ。真木の手元には塔野のプレゼントがあった。小さいわりに重さのあるプレゼントだった。塔野は唯のプレゼントを持っていた。表情には出さないように気を付けているようだったが、嬉しそうな雰囲気は隠し切れていなかった。


「じゃあ、順番に開けていこう。塔野ちゃん、開けてみて」


 唯の笑顔に促され、塔野が包みを開ける。少し大きめで柔らかい包みだった。真木は中身の想像が出来ていた。出てきたのは、真木の予想通り、クマのぬいぐるみだった。


「……」


 塔野は何も言わなかった。女性らしさを嫌う塔野がぬいぐるみをもらうというのはどうなのだろう。パフェを食べに行った時にうさぎのパフェを食べていたから、意外と好きなのかもしれない、と思ったものの、塔野の顔はひきつっていた。あまり好みではなかったようだ。


「あ、ありがと」


 塔野はようやくそれだけ絞り出した。唯が満面の笑みで大事にしてね、と声をかけた。塔野は愛想笑いでごまかした。


「じゃあ、次は私が開けるわね」


 微妙な空気を破るために、真木がそう言ったが、さらに微妙な空気が流れることになった。

 塔野のプレゼントは、握力を鍛える機器だった。


「……」

「そのハンドグリッパ―、手に馴染むうえに、滑らなくて握りやすいんだ」


 塔野が嬉しそうに語る。ハンドグリッパ―という呼称を真木はこの時初めて知った。


「……握力鍛えてどうするの?」

「どうするって……、体は鍛えるものだろう? 鍛えないと、どんどん劣化していくばかりじゃないか」


 塔野が何を言っているんだ、という風に答えた。真木はそもそも体育会系と文化系では考え方が違うのだ、ということを今更ながらに思い出した。


「じゃ、じゃあ、最後にわたしのを開けるね」


 空気が読めない唯でも、さすがに真木が呆れているのを感じたのだろう。噛みつつも、自分の番を宣言した。

 真木は自分のあげたプレゼントが一番すぐれていると思った。この選択には、自信があると胸を張って言える。

 だが、中身を見た唯は固まっていた。その手には「社会学入門」という本が握られていた。


「もうすぐ三年生になるんだし、進路を考える上で良い本だと思うわ。社会学は、色々な本を読んできた私が一番オススメできる分野よ。その中でも、その本は初心者向けでとても読みやすいわ」

「あ、ありがとう」


 唯が困惑した表情でお礼を言った。真木にはその理由が分からなかった。唯の気持ちを推察するのは諦め、真木はこのプレゼント交換について考えを巡らせた。


 三人は、地学室を介して出会った。もともと興味や関心、性格もバラバラで、学校生活になんとなく馴染めないという共通点しか無かった。そんな三人がプレゼント交換をすると、このように全くお互いの興味に合わないものになるのは、当たり前だったのかもしれない。

 みんな何でもない風を装ってはいるが、そのことに気づいてしまったかもしれない。もともと自分たちは、全然違うタイプなのだということに。このことを意識させられたのは、初めてだった。


 唯の家族の夕飯の時間が迫っているため、塔野と真木は帰宅することにした。唯の母と唯にもう一度お礼を言って、玄関を出る。扉を閉めた瞬間に、塔野が息を吐いた。


「緊張した」

「途中からいつもと変わらない様子だったわよ」

「あれは全部演技だ」

「大したものね。俳優になれるわよ」


 真木が茶化したが塔野は無表情のままだった。


「演技で唯に接するなんて、これじゃあ、ますます本音を話すことなんてできなくなる。だけど、本音なんて、絶対に話せない。そんなことしたら、唯と話せなくなる」


 塔野の唯に対する想いの問題は、ひとまず解決したと真木は思っていた。だが、そんなことはないようだった。問題の根は深そうだった。


「唯に対する気持ちだけ隠して、あとはできるだけ本音で話すようにしたら」


 真木はそう口にしたが、それが口で言うほど簡単なものではないことを分かっていた。


「そうだな、そんな器用なことが、できればいいんだよな」


 塔野が遠い目をした。

 冬の日は短い。もうすっかり暗くなった道を真木は塔野と二人で歩いていた。冷たい風が襲い、真木はマフラーに顔をうずめた。


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