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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
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eXeCuTaBLe FiLe [NooN JaCK 01]

「……これは……何だ?」


足を踏み入れた覚えの無い部屋。


それも知らぬ間に椅子へ座っていた自分を自覚するや現れた青年に向かい、警戒態勢を取るため立ち上がった途端、彩香は突然発光し始め、何故か数字の映し出された自らの左手を開いて見せ、努めて落ち着いた口調を取り繕い、聞く。


右手は自由にした状態で。


脳からの指令をいつでも実行できるよう緊張させ。


その顔へ、いつでも懐から銃を抜くつもりがあることの露わな用心を見せて。


すると。


「恐れながらマダム。それは貴女様の生存猶予期間を表すものにございます」


慇懃にこうべを垂れ、奇妙な青年は答えた。


物腰の丁寧さからは程遠い、ふざけた姿をした青年。

一見して高級と分かる仕立ての良い黒のスーツ姿。


ところがその上着もスラックスも、黒いタイにまで何か幾何学的な模様を描くように大量のボタンが不必要に縫い付けられている。


庶民の感覚からすれば、(なんて馬鹿げた金持ちの道楽だろう)といった風に。


首ほどの長さの黒髪をオールバックで固め、モニターの頼りない光だけでも確信が持てるほどに、仮面のような無表情。


目鼻立ちも良く、端正な顔をしているのだから多少は表情を作れば人受けも良かろうになどと、不要なことまで考えさせられる……どこか掴みどころの無い雰囲気。


だが、今はそれらの考えは一旦置き、彩香は青年の答えにさらなる問いを返した。


「生存猶予期間……?」

「はい。この【eNDLeSS・BaBeL】においては、すべてのプレイヤーがその生存猶予期間を刻まれます。初期値は一般プレイヤーなら15。マダムのような正規プレイヤーの場合は168。単位は時間となっております」

「時間……てことは、168時間……日にちだと、一週間ということ?」

「まさしく」

「ふうん……」


口に手を当て、鼻から声を漏らしつつ、彩香は少しばかり思案し。


「えーと……君、確か【NooN JaCK】だったか?」

「左様で」

「その……生存猶予期間というのは具体的にどういう意味なんだ?」

「言葉のままの意味にございます。ただ、マダムのお聞きになられていることはそういうことではありませんね。生存猶予期間が過ぎたとして、それでどうなるか……でございましょう?」

「察しが良いと話が早くて助かる。そう、そこが聞きたい」


問い、探りながらも心の中では微塵も警戒を解かない彩香が見つめる中、青年……【NooN JaCK】はそんな彼女の横を、すいと抜けて巨大なモニターの前までその位置を変えるや、画面上に映るただ広いだけの殺風景な空間にひしめく人々を、何か道や品物でも勧める時のように手を添え示すと、話を続ける。


「只今こちらのモニターに映し出されているのは、【eNDLeSS・BaBeL】の世界に多数存在する【NeuTRaL FLooR(中立階層)】のうちのひとつにございます。単に中空領域と呼んでも差し支えはありませんが、ゲーム内での呼び方に準ずるなら前者の呼び方が適当かと」

「ひどく専門用語が多くて面倒だな……で、その私たちがいた【NeuTRaL FLooR】とやらと、生存猶予期間とやらはどういう関係が?」

「この【NeuTRaL FLooR】は、言うなればゲーム開始時に空いていた階層を利用し、一時的にプレイヤーデータを保存している状態の場所です。例えるならゲームのスタート画面。簡素ではありますが受付ロビーのようなものだと思っていただければよろしいかと」

「だからこんなに人が……ん、待てよ? だが、私たちの時にはこんな混雑は……」

「重要な点はそこですマダム」


不意に湧いた疑問へ、思わず声を漏らした彩香に即座、【NooN JaCK】は言いながら、モニターに向けた手の指を折り曲げ、ピンと弾いた。


まるで画面内でひしめく人々を除けようとでもするように。


「彼らはマダムのような正規プレイヤー様方とは違い、ただの一般プレイヤー。まるで立ち位置が異なるのです。四人の管理者と直接の同盟を結ぶことができる正規プレイヤー様方に比べれば、彼らなどは道に転がる石程度の存在でしかないのです。ですから彼らの場合は貴重なエントリーの機会にあってさえ、この期に及んで尻込みをし、無為に自らの時を浪費し、最後は【WReCK DaTa】として削除されてゆくことが大半でございます。このように」


言いかけ、意図的に【NooN JaCK】が言葉を止めて数秒。

彩香はモニターの中で起こった現象に思わず、愕然として身を乗り出した。


皆、一様に不安げな表情でコンクリート製の広大な空間へすし詰めのようになっている。


そう、数刻前までは。


が、今は。


皆、一様に。

暴れ始めた。


もちろん、自由に動けるほどのスペースは無い。

当然の如く隣り合った者同士でぶつかり合いつつ、それでもやはり、むやみやたらに全身を振り回すようにして足掻き続けていた。


と、そこで目にする。


時間軸を合わせよう。

彩香が愕然とし、身を乗り出すに至った光景。


彼女とて、たかが大勢の人間が自制を失って暴れ狂う様を見た程度で取り乱しはしない。


問題はその原因。

彼らが自制を失い、暴れ始めた原因。


それの原因が少しずつ、映し出された人々自体に隠れて見えていなかったものが徐々に見えてきたことで知れた原因。


始めはモニターの故障かとも思った。

しかし違った。


ブロックノイズ。


そう錯覚した刹那には、もう彼女は真実を視認していた。


コンクリートのフロアへ大量に溢れ返った人々が、恐怖に駆られた表情をし、音声は届いていないのに叫び声を上げているのが目にも明らかとばかり、強烈に顔を歪め次々と。


全身をブロック状に分解され始めたかと思うや、瞬く間。


先ほどまで巨大なモニターの中にひしめいていたはずの彼らはことごとく。

消え去ってしまったのである。


咄嗟、背筋を凍りつくような感覚が走ったと同時。

彩香はまるで知らぬ間に水でもかけられたのかと疑うほど不自然な汗が自分の頬を伝い、次いでゆっくりと顎から首へと流れ、シャツの袖をじわりと濡らすのを感じた。


冷汗。

しかも顔から首まで、霧吹きでも吹かれたように。


そんな、自分の身体がおかしくなったのではとさえ感じる混乱した思考の中、彩香はまさに今、眼前で見せられたものが何だったのかを、ほとんど無意識のうちに問うていた。


質問を発する己の声が、寒気に晒されたように震えているのにも気づかず。


「……【NooN JaCK】……」

「何でございましょうか?」

「確か、私はここに来る前……半ば脅しに屈した形でこのゲームとやらにエントリーしたようなんだが……もしかしてあの時、あのカウントと警告を真に受けず、その場に居座っていたとしたなら……」

「彼らのように削除されていたでしょう。まさしくご英断でございましたね。さすがはマダムです」

「……」


表情の無い顔に比例した抑揚の無い【NooN JaCK】の返答へ寸刻、彩香は呼吸を整え、微塵ほどの冷静さを取り戻すのに時間を割くと、次いで生まれた疑問……ある意味この疑問に比べれば先ほどのショックですら、かすり傷程度にしか感じられない問いを、正直を言えばまるで定まらぬ覚悟の中、重ねるように聞く。


「……もう二、三ほど、聞きたいんだが……」

「何でございましょう?」

「あの画面の場所……あそこはもう……すでに現実の世界ではない……のか?」

「お分かりになっているうえでのご確認のようですね……その通りにございます。すでに先ほどモニターに映っていた場所は厳密に言えば入口とはいえゲーム内の領域。つまりは現実世界ではない……ということです」


言われた通り。


聞くまでも無く予測はしていた。


ゆえにこその確認。

望まざる確認。


とはいえ。

せずには済ますことの出来ない確認。


だからこそにまた問う。


繰り返す。

望まざる確認。


「なら……私が始めに目を覚ました場所はすでに現実ではなかったのか? 私は一体いつ、どこから仮想世界とやらに入ったんだ? それに……だとすれば、今いるこの場所はどちらなんだ? 現実なのか、現実じゃないのか、どちらなんだ!?」


か細く、脆く、弱った理性の為か、ともすれば声を荒げてしまいそうになる自分をどうにか抑え、浮かび上がった疑問の数々を彩香は投げ散らすように【NooN JaCK】へとぶつける。


期待する答えが返ってくるとは考えていない。

そこまで現実を甘くは見ていない。


せいぜい明瞭に劣悪な事実を知らされるのだろうと覚悟はしていた。


のだが。


無表情に、抑揚無く。


「……まことに申し訳ありませんが」


最初に会ってから一貫して変わらない言行のままに。


「そのご質問すべてに関し、わたくしは何も存じ上げておりません」


そう答えると【NooN JaCK】は丁重な物腰で、覚悟していた範囲をなお超える答えに呆然とする彩香へ向かい、深々と頭を下げた。


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