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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
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DaTa FiLe [RooT 40]

【eNDLeSS・BaBeL】における最後の戦い。


そうしつこいほど念押しされたそれは、奇妙なことにひどく整然と、秩序だった流れの中でおこなわれた。


「いいですかー? ルールは至ってシンプルです。桂一さん、洋介さん、それぞれの足元には見ての通り、銃と弾が置かれてます。で、これから僕が合図しますから、どうぞおふたりは頑張って相手を殺してください。殺したら勝ち。殺されたら負け。たったそれだけ。どうです? 分かりやすいでしょー。何ならこんな説明自体、必要無かったんじゃないかって思うぐらいに」


何故か他の3人、【DuSK KiNG】や【NooN JaCK】、さらに【DaWN QueeN】といった面子を差し置き、普段と変わらぬ勝手な調子で部屋の中央に短く距離を空けて陣取る桂一と洋介へ向かい、【NiGHT JoKeR】は血肉の腐食した臭気と、それに伴って発生した重苦しいほどの湿度と、腐敗による酸化熱とが充満する異常な空間に身を置きながら、そうしたあらゆる要素をまるで気にする素振りも見せず、見方によっては恐ろしく淡々とした様子で説明をこなしてゆく。


彼ら、桂一と洋介の足元へ、【NiGHT JoKeR】が語り出すより前は確かに存在していなかった、三世紀以上も昔の小銃……ドライゼ銃のレプリカと、それへ用いられる弾丸……金属製薬莢に比べてはるかに華奢な作りの、紙製薬莢。おのおの一挺と一発が室内の薄暗さのせいから元々そこにあったのへ気がつかなかったなどということなど断じてなく、明らか降って湧いたよう出現した不可思議さえ、もはや瑣末な出来事だとでも言わんばかりに。


実際、桂一も洋介も、微塵の動揺すら見せない。


突如として己が足下に現れた、骨董品としか見えぬ銃と弾丸をふと、顔を落として一瞥確認のみで済ませてどうやら、おおよそのことを理解、納得した。


と、途端。


「じゃ、いきますよー。5……4……」


今までの長かったゲームの余韻へなど浸る間も与えず、せっつくようなマイペースさで【NiGHT JoKeR】の無情なカウントが始まる。


とはいえもはや、この程度のことで桂一も洋介も動じはしない。


記憶を取り戻したことで、互いに互いの、これまでの思いと考えをおおよそ把握した彼らにはもう、何といって交わすべき会話・質疑応答など有りはしなかった。


通ってきた過程・経過が異なるだけで、今や情報という形においては極めて完全に近い同一存在となり、互いに互いの頭の中すべてを知り得ている現在、それもまた当然であったろうか。


ただ。


本当にまったく、両者の間に何らの差異も無いのかと言えば、これはこれでまた否定せざるを得ない。


桂一は洋介を睨みつけてこそいるが、傍からも特別に強い感情の噴出を感じられず、ややもすれば気だるそうな様子とも見える。


今さらになって何もかもの真実を知るに至り、厭世観にでも取り憑かれてしまったのか、洋介を見据えて細められた双眸からは情念の類よりもむしろ、何か飽いたように脱力した感情が滲み、それがよりいっそう、桂一の意識から現実感が剥離しているのではという憶測を、第三者へ示してくる。


そして無論、そうした印象を洋介も例外無く感じ、受け止めていた。


それゆえ。

洋介はこの時点、すでに己が勝利を確信していた。


恐らく、この戦いは戦いにすらならず、終わることになるだろうと。

そう信じて、疑う理由を見出しえなかった。


推察するに、桂一はもはや何もかもに絶望している。

ゲーム内での出来事についても、ようやく思い出した現実についても。


いや、実際には失望といった程度なのかもしれないが、そこは誤差の範囲だろう。


自分が謀ったわけではないものの、結果として博和による大幅な記憶削除は、桂一に自らの偽善的な思考・行為・行動へ、最大級の自己嫌悪を抱かせたのに違いない。そうとしか思えなかったと言ってもいい。


でなければ、これほどまで事務的な睨みを飛ばしてはこないだろうと。

何の圧迫感も威圧感も無い、こんな無気力な視線を。


だからこそ。


「……3……2……」


【NiGHT JoKeR】の冗長に進行してゆくカウントダウンが耳へ響いてくる中で若干、腰を落とし始めた自分とは違い、残りカウントわずかとなったにもかかわらず、まるきり予備動作……どころか、微塵も動く気配を見せない桂一の姿に、洋介は自身の考えを措定する。


これは戦いを投げた者の姿だと。


思うと、奇妙なことに洋介の胸中には桂一へ対し、哀れみの情すら浮かんだ。


今やほぼ確定した自らの勝利と存続。それらから来る余裕が引き起こす、一種の共感作用であろう。


などと、己の感情を客観的に分析しつつ、なお洋介は腰を低める。


カウントの終了と同時、出来る限り間を空けることなく床から銃と弾丸を拾い上げるために。


そう。

ここまでの段階になってさえまだ、洋介の中に一切の油断は無かった。

であるがゆえに洋介自身、この先に待つ己の勝利を、まったくもって疑わなかった。


カウントは進み、1が発声され、0が発声される。

その瞬間、拾い上げた銃へ弾丸を装填し、そのまま素早く狙いを定めて桂一の頭部を狙い打つ。


コンマ数秒の間に何度も何度も、一連の動作を頭の中でシミュレーションし、ヘッドショットの際に飛び散る血や裂けた頭皮、肉片などまでが鮮明に思い描けるほどに集中力は高まりを見せ、あとはそれを事実とするため動くのみ。


決められた結末へと向かう、わずかの時間。

定められた終末へと向かう、わずかの時間。


レールの上を走る列車の如く、経過も結果も決定された未来。もはやその訪れを待つだけ。

本人たる洋介に限らず、この場になっては誰もがそう思う。そう、思われた。


ところが。


「……1」


クライマックスも迫った【NiGHT JoKeR】のカウントが、またひとつ緩慢な歩みを進めたその瞬間、


変化が起きる。


起き得ぬ……違う、そうではない。

起き得ぬ、と思われていた変化が。


残りふたつのうちのひとつ、1のカウントを聞きながら、直視した桂一への視線を毛ほども揺るがさず、集中したまま最後のカウントをほぼ中腰まで屈めた姿勢で聞く洋介はふと、違和感を覚えた。


この室内で意識を覚醒させ、桂一がいるのへ気がついてからの現在まで、ほんの一瞬たりとも目を離すことが無かった桂一の姿に。


力無く立ち、気持ち軸足である左足側へ体を傾け、弛緩したように両腕をだらりと垂らした体勢。何のアクションも起こす素振りも無い姿勢。それが、【NiGHT JoKeR】が独りよがりな弁舌を響かせて悦に入っている間も、カウントが始まってからも、ずっと、変わらずにずっと、その姿のまま立ち尽くしていたはずの姿がごくわずか、いつの間にやら変わっていた。


具体的にはその右腕。


まるで前方……自分へ向けて差し出すよう、あたかも握手でも求めているかのように振り出されていたのである。


そして、

そんな違和感への疑問が頭の中を高速で駆け巡ったのと、おおよそ同時に近いタイミング。

矢継ぎ早、次なる変化が洋介を襲う。


喉元が、熱い。


加えて、どうも息苦しさを感じる。


さらに何故かは分からないが、シャツの胸元辺りへ汗とは違う、ぬめりのある水気が静かに広がってゆき、布地が肌へと張り付いてくる不快な感触が伝わってきた。


刹那。


甲高く、けたたましい笑い声が薄暗い部屋の中を乱反射して響き渡る。


人の神経を逆撫ですることに特化しているのかと疑うほどに、さながら子供の泣き声にも似た耳鳴りの如き音声が。鼓膜を揺らし、嬲り、弄ぶ、叫声のような笑声が。


一体、何が起きたのか。

一体、何が起こったのか。


少なからぬ混乱をきたしつつ、なお逸らすことなく桂一を見遣っいた洋介の瞳へと転瞬、


微か開き始めた桂一の口元が、奇妙なまでくっきりと視線の中央へ誘われるよう映し出されるのを、洋介は耳障りな呵呵大笑に苛まれながら、呆然と見つめていた。


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