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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
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DaTa FiLe [RooT 38]#oLD DaTa

向かい合った白い椅子がふたつ並ぶ。


同じく真白な床へと同化するよう、もしくは実際、床と繋がっているのか、継ぎ目も確認できないほどに椅子の足はそれぞれ床から生えたよう上へと伸び、簡素簡潔な作りの椅子といった形を成して在る。


見渡せば、床の先はどこまでも続き、床や椅子と同様、眩しいほど高く白い天井とともに四方へ向かい、広がっている。


右を見ようと左を見ようと、際限も無く続く部屋……いや、もはやそれが部屋であるかも分からない、無限の奥行きを持ったかのような天井と床は、遥か前方で境界線を描くまでに続いて、およそ人の持ちうる空間認識能力の限界を超え存在していた。


そんな空間、そんな場所、そんな異様な在所へ並ぶふたつの椅子に、ふたりの男が座っている。


「……てなふうなやりとりがありましてね。それだけが原因ってわけじゃないんですけど、まあそのこともきっかけとしていろいろ考えたんですが……野上くんと堂島さん……いや、もうこの名前は必要無いか……【NooN JaCK】と【DaWN QueeN】に関してはこちらへ迎え入れる時点で多少、人格データに手を加えようかな、と。何せ、仮にも管理者という立場でこのゲーム内に存在し、プレイヤーたちを導く使命……は言い方が大仰過ぎるとしても、そういった役割を担うってのは決して軽い立場じゃないですからね。多少なりとも社交性っていうか、最低限のコミュニケーション能力は備えておいたほうがいろいろ便利というか都合が良いんじゃないかっていうか、そう僕としては思ったりしたわけですよ」


片側の椅子に座り、猫のように背を曲げ、特徴的な太い眉の下に掛かるバレルタイプフレームの眼鏡を中指で軽く押し上げて位置を整えつつ、男は問う。


ちょうど椅子の位置関係から自然、近距離で真正面、相対する人物の、顔色を慎重に窺いながら。


と、ほどなく。対面へ座った、座高からだけでもかなりの長身と知れる、初老の男性が口を開いた。


無意識にか、少しく左右へ動かした首につられ、白髪交じりの髪と、清潔に切り整えられた顎鬚とを震わすかのように揺らし、


「提案……としては妥当だな。私が言えた義理でもないが、連中ときたら良くも悪くも性格と言うべきか、主たる人間性の部分が研究者としての適正に特化されすぎている。仮に今までと変わらず、ただ研究のみを第一で動くのならば話も違ってくるだろうが、管理者という、絶対的に他者と係わりを持つ必要性がある立場となる以上は、連中が欠片も持ち合わせていない『協調性』とやらいうものを多少なり、備えさせておく必要はあるだろう。しかし、だ……」


おおむね同意といった内容を答えながらも最後、男性はさも不思議そうに眉をひそめると、眼前の男からの質問へ対し、質問で返す。


「何故、急にそんなことを取り立てて、私などへ質問した? もはや遠い過去のことのような錯覚すら覚えるが……まだ現実の世界にいたころでも、君は主任で私はその下。単なる役職と言ってしまえばそれまでだが、少なくとも形式的かつ単純な序列では、間違い無く君のほうが上だった。いわんや、今やこの世界においてはさらに序列や立場の違いといったものは明確になっている。比喩などではなく、もはやここではあらゆることが君の自由、君の思い通りのはず。そういう権限のもと、君はここへ存在しているのだろう? なのに、何故そんな……まるで、私へ対して許可でも求めるような口を利く? 彼らと同じ、たかだか管理者のひとりでしかない私へ、わざわざお伺いを立てたりする必要がどこにあるんだ? 君はすでに、自分の思ったことを自分の思ったとおりに実行することのできる力と権限を持っている。何であろうと好き勝手にやれるだろうし、実際やればいい。なのに何故、君にとっては単なる駒のひとつでしかない私なぞに意見など求める? 一体、それはどういった意図だ? その質問には、どんな裏があるというのかね?」


責めるでもなく、棘もなく、初老の男性は自身の顎鬚を指で弄りつつ、わずかに身を前へ乗り出して足を組むと、男の顔を覗き込み、じっと答えを待った。

極めて純然たる、好奇から。


すると。


「あー……それ深読みしすぎというか、誤解ですよ大道さん……じゃなかった、【DuSK KiNG】。確かに僕は現在、この世界における最高権限を有しています。有しています、が……だからって、何もかも独断で好き放題やろうだとか、そういった如何にも幼稚でつまらない欲望や欲求って、持ち合わせてないんですよ。断っておきますが、僕はどこまで行っても、いち研究者だとしか自分を認識していません。僕は為政者じゃないし、為政者にはなれない。無論のこと、神様になろうとか、なりたいだとか、そういったさらに馬鹿げたほうの考えもまた、僕にはありません。権力や立ち位置とかにも、研究なんかに比べたらさしたる興味も魅力も感じませんし、塔のいただきに立って、その上から他人を俯瞰することに愉悦を感じたりとかっていうような、そういう感性は元々、僕の中には存在してないんですよ。だから聞くんです。自分の考えに絶対的な自信が無いときは。単なる研究者であると、少なくとも自分ではそう思っている人間の価値観からすれば、自分だけでは最適解を求められないんじゃないかと、不安を感じた際に誰か自分以外の意見を参考として聞きたいと願うのは、これひどく当然のことじゃないんですか?」


背を丸めていた男……博和は、すっと上体を起こすや、組んでいた指を離して両手を軽く左右へ開き、背もたれへ寄りかかり、胴体をことさら晒して無防備な姿勢をアピールしつつ三度、質問に質問で問い返した。


「確かに、正論だ。紛うことなく正論だよ。そして、人としての道理に照らしてみても、その理屈はまったくもって正しい。が、それゆえに気味悪くも感じずにはおれんのだよ。そこらのまっとうな人間が、今の君と同じ台詞を私に向かって吐いたとしたら、恐らく私も特段の疑問は感じず、ほどほど素直にその言葉を受け入れていたかもしれん。だが、相手は君だ。研究者としては一流であるが、人としての道徳や倫理観からは最も縁遠い人間……それの言うことを額面通り受け止められるほど、私もお人好しではない。何らかの裏があるのではと、まずは勘繰ってしまう。これは私がおかしいのかね? 私の考え方が? 言わせてもらえば君のこれまでの経歴や前科を振り返ってみれば、こうした警戒をするのはむしろ当たり前だと思うんだが?」

「……でしょうね。僕だって過去に自分のしてきたことを都合良く忘れて、常識人ぶれるほど器用なわけじゃありませんから、もし僕が貴方の立場だとしたら、まず疑ってかかるだろうってことについては、共感もしますし理解もできますよ。けど……」


何やら違和感のある、妙に柔らかで遠まわし気味の口調と態度。

普段の博和の性格を思うと、どうにも違和感の湧き上がってくる、そんな所作と口ぶり。


それを見、聞き、あからさまな不信感からこの一連の彼を、芝居のひとつでも打っているのかと疑い、ひそめた眉の下で露骨に探るよう目を細めた【DuSK KiNG】であったが。

次の瞬間。


「社交性を高めるため、まずは先立って自分の人格を弄くった今の僕に、そういった懸念は一切無用です」


にっこりと人懐こい微笑みを浮かべて答えた博和の言葉と表情に、【DuSK KiNG】は思わず驚きで細めていた両眼を一瞬、皿のように見開いたが、すぐさま何事も無かったかのよう、大きく開いた瞳をちょうど細めすぎず開きすぎずの良い具合で安定させるや、何か納得したように小さく嘆息して、先ほどのまま笑顔を送り続けている博和の柔和な視線に己が視線を重ね、


「……なるほどな」


言って、軽く首を縦に振る。


「会ってからずっと感じていた違和感……そういうわけだったか。どうも何かにつけて微妙にらしくない印象を、漠然とながら抱いていたんだが……そうかそうか。他人の人格を弄るより前、先んじてまず自分の人格・性格から手をつけたか。如何にも君らしい。自分の研究のためならば、自分自身もそのための道具……口で言うのは簡単だが、実行に移すのはそう容易たやすいことじゃない。しかし実際、君はそれを実行。そして結果をこうして提示した。さすがの一言だ……そんな君だからこそ、あの雇い主たちをも出し抜けたというわけか……まったく、その狂った価値観と人間性についてだけは、私も一切の世事抜きで賞賛させてもらおう」


厭味というでもない。呆れているだけというわけでもない。


ひどく複雑で、ひどく絡み合った心情を、それでもどうにか掻き分けて結局、乱暴に言ってしまえばただ、『面白い』と感じている自らの感情をある意味、最も的確な表現によって。


そして。


「……ということは」


そこからさらに【DuSK KiNG】は、最後の最後に言葉を付け加える。


「まだ残っている研究員たち、そのすべてが死亡した時点で開始される手筈となっているこのゲームの中において私は、『まとも』な人格へと変貌した彼らと対面する機会を得るわけか……ふむ、これは面白い……正直を言って待ち遠しいほどに。恐らく君のことだ。こちらへ来る際の彼らの人格、完璧に真人間と呼べるような性格へというよりは、一般社会人と狂人の境界線ボーダーくらいの按配で調整するつもりなのだろうが……だとしても、我々の基準からすれば充分に常識的な性格へと変貌した彼ら、か……実に想像し難く、それゆえに面白い。常識的な野上……常識的な堂島……常識的な名田部……3人とも、揃いも揃って地の正確が狂人そのものとしか言えん連中なだけに、まるでその変わりようや落差といったものが具体的には想像できん……や、まったくもって楽しみだな……堪らなく、楽しみだ……」


愉悦に声を震わせ、うっすらと満面、笑みを浮かべながら。


しかし。


「そうですね……楽しみだって事については、まったくの同感です。何せ、実際のところ僕が操作できる人格データって、正確には記憶領域だけに限られてますから。しかも消去だけ。さすがにそれ以上の干渉は不可能。無くしたり削ったりとかは出来ても、足したり加えたりとかまでは出来ない。そんな制限の下、何についての記憶を、誰についての記憶を、何と関連した記憶を、どのくらい削ればどういった性格に変化するのか……その辺りの手探り作業で果たして、どこまでのことが、どんなことが出来るのか。そういう部分を確認できるわけですから、僕もまた大いに楽しみにしているっていうのは嘘じゃありませんよ」


【DuSK KiNG】の思いへ素直な同意を示しながら博和は、


(けど、まあ……)


腹の底へとうずめた(裏)が、不意に無意識のうち浮かばせる嘲笑を上手く会話の中における自然な笑みの中へと混ぜ込み、


(……何事も常に、例外ってのは存在するものなんだけどね……)


伝えぬ事実への後ろめたさも希薄。

空々しさの片鱗すら隠蔽した、あくまで同調を装う微笑みと視線によって博和はさらに己が心中を忍ばせるや、互いに真意の異なる笑顔を表してしばしの間、揃い見つめ合った。


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