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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
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eXeCuTaBLe FiLe [NiGHT JoKeR 01]

それを目覚めと表現するのが正しいかはよく分からない。


ただ、少なくとも目覚める前の記憶が不完全ながら残っている点では、以前よりマシであるのは確かだ。


数分だったか、10分以上だったか、ともすれば1時間も過ごしていたのだろうか。


語っていたことを素直に信じるなら、自分と同じく知らぬ間に意識を失い、奇妙なコンクリートのフロアへ移動していたというふたり。


警察官の彩香。

自衛官の英也。


ふたりもまた、自分のようにどこかここと似たような場所にいるのだろうか。


梯子の下へ空いた穴に落ち、失った意識が覚醒して気が付いたこの場所。


前は床に倒れていたが、今回は違った。


何故か、高級そうな事務椅子に座り、背もたれにもたれ、肘掛けに両手を置き、ふと目を開けた。


梯子を素通りして落ちた穴の深さがどれほどだったかは分からないが、さほどの深さで無かったとしても全身どこにも傷らしきものは負っていないし、痛みを感じる個所も無い。


このように無事で済むには、下の状況がどのようであったなら可能なのかも疑問ではあるものの、やはり今度も意識の無いうちに見知らぬ場所へ運ばれていたことが気になる。


思い、徐々にはっきりしてきた頭と視線を巡らし、触れている椅子以外の情報を探る。


微妙に暗い。


ただし暗いと言っても、梯子の下に広がっていた穿孔せんこうの暗さに比べれば、むしろ明るく、まぶしくすら感じた。


とはいえ、眩しい理由はその場所自体の明るさとはまた違った原因によった。


見渡したところ、前の場所とは異なり、ここは何かの部屋……目的があって一定のスペースに区切られ、箱型に包装された空間。どこかの一室。


それでも、広さはやはり一般感覚からすると異様。


完全な暗闇ではないといっても、部屋の隅々を見渡すほどの光量は無い。


ゆえに部屋の四方がどうなっているのか。天井はどれくらい高いのか。その辺りの見当は一向につかない。


こう説明してくると、疑問が湧く諸氏もおられよう。


はて、暗闇ではなく薄闇であるなら、その光源はどこなのかと。


吹き抜けの如き天井が見えないうえ、部屋の壁すらろくに見えないとしたら、どこにあるのかと。


天井に照明は無い。壁にも然り。ならば闇を照らす光はどこか?


答えは、椅子に座る桂一の眼前にあった。


板の仕切りのように床へ鎮座し、その全面へ映像を映し出している。


目算でも縦4メートル、横2メートル半はある大型モニター。


それが、それだけがこの部屋で唯一、光を発して桂一の視界を確保させている。


移っているものは……どうやら。

先ほどまで自分のいたコンクリートの広大なフロアらしい。


いや、正確を期して言うなら。


そこは桂一たちのいた場所とはよく似ているが、また違った場所のようだ。


造りは同じ……というより、まったく同じにしか見えない。


が、不思議と感じるのである。


(ここは違う)と。


無論、根拠があってのことではない。無理やり言葉にすれば、ほとんど勘に近い。


しかしこれほど確証的な感覚の勘を覚えたのも事実であり、桂一は二度目の意識回復とあってなお若干の鈍さが残っていた頭に冴えが戻ってくると、ますますもってその奇妙な感覚を気味悪くさえ感じていた。


加えて、である。


巨大なモニターに映し出されたフロアには、自分たちがいた場所とは違い、何やら大勢の人が、ごった返していた。


注意して観察してみると、誰もが一様に不安そうな顔をして。


このぐらいになってくると、桂一もようやく頭に血が廻り始め、堂々巡りになっているような自分の状況に対する疑問へ思考が傾く。


彩香は「自分たちは何者かによって拉致された可能性が高い」と言っていた。


これについては、ここまで事態が飲み込めないと、むしろどうでもよくさえ思えてくる。


英也は「ゲームにエントリーしなければ殺される」と言っていた。


これらの話が事実だと仮定した場合。


だとしたら、つまり自分はその何がしかのゲームへ参加させられるためにさらわれてきたことになる。


としても、ならそれは何故?


思っていないくらいの誇大妄想をしたとして、もし自分が攫われた原因が本当に【eNDLeSS・BaBeL】の真相に迫ったのが理由だとしたら、普通に考えてそうした厄介者は単純に殺すなり脅すなりで対応するはず。


それを何故こんな回りくどいことを?


目的の分からない相手の思考を読むのは不可能に近いうえ、疲労ばかりが溜まる。


急なこと、突飛なことが続いたせいもあり、知らぬ間に脳疲労の蓄積した桂一は思わず眉間を指でつまむと溜め息混じりの声で、


「……一体、誰が何をさせたいんだよ俺に……」


閉じた目を足元へと落とし、つぶやいた。


途端。


「そーんな、いくら考えたって答えなんか出るはずないことにアタマ使ってどうすんです?」


不意に背中へ、誰かの声がぶつけられた。


刹那、自分以外に人がいるとは露ほども思っていなかった桂一は、筋肉がつったかのような痛みを心臓に、脂汗とも冷汗ともつかない嫌な汗を背筋に与えられ、咄嗟、片足で床を横へ蹴るや、椅子のキャスターを利用して素早く振り返る。


瞬間。

桂一はまたしても今、自分の意識が本当に確かであるのかを疑うことになった。


即座に振り返り、顔を上げ、目を開いた桂一の視界に飛び込んできたもの。


それは。


とても正常な人間の姿とは思えない、支離滅裂な格好をした少女の立つ光景。


暗さのせいで始めは分からなかったが、始め奇怪な形の帽子を被っているように見えたその物は、左は赤、前は紫、右は緑という狂った配色の髪の、左側面へリボンで結わえつけられた外国の仮装にでも使われそうな仮面だった。


服装はといえば一瞬ワンピースかと見間違いそうになる、膝まで届きそうな不自然に大きな黒いシャツ。


その上へ、正反対に石膏像のように白い革のロングコート。


コートの裾が床につきそうな華奢な体躯をしているが、前ボタンを半分しか留めていないシャツの胸元を見るに、総合的に考えれば年齢は桂一よりもひとつかふたつ下といったところか。


そんな非常識この上ない姿の少女ヘ突然、声をかけられた桂一は今までの経緯で混乱した頭をいよいよ追い撃たれた格好になり、ただ茫然とモニターからの不安定な光に浮かび上がる謎の少女を見つめる。


すると。


「さてさてー、今度はどんなプレイヤーさんが来るのかと期待しちゃってましたが、現時点ではまだ良し悪しを判断するのは早計のようですねー。だからー? そういった僕個人の感情は今ひとまず置いて、まずは互いに自己紹介と参りましょうか。それが同盟を結ぶプレイヤーと管理者との正式にして礼法にのっとった関係構築の第一歩であり、信頼の種を芽吹かせ、共につちかい育て上げる下地となりますからー」


おかしげなしゃべり口調で一気に自分の主張を言い立て。


「て、わけでー」


一拍、間を取り。

少女はさもわざとらしくも慇懃いんぎんな身振りで左手を差し出すと。


「始めまして、僕の大切な同盟者にして、この無意味で無価値な世界を楽しむプレイヤーさん。どういった経緯かは知りませんけど、四人の管理者の中から僕を選んでくれてありがとう。そーして、と」


傍観者の如く動かず、少女をただ観察していた桂一の左手を勝手に掴み、強引に握手をしながら。


「名乗らせてもらいましょう、僕は【NiGHT JoKeR】。これから長いお付き合いになるか、はたまたそれとも」


そこまで言った時。

何事か突如、少女に握られた桂一の左手が薄闇の中で淡く光った。


これへ狼狽し、半ば振りほどくように少女の手から我が手を引き剥がした桂一は、その戻ってきた左手のひらをはたと目にし、愕然とする。


何をされたのか。何をしたのか。何も分からないが何故か。


それまで何も無かったはずの手のひらに、蛍光塗料ででもプリントされたかのような鮮やかな色彩の数字が光り、浮かび上がっていた。


168。


様々の色が揺蕩い、示された数字。


しばし。

この理解不能な現象へ思考の停止した桂一が、魅入られたように自分の手へ現れた数字を見続けていると。


「168時間。つまり、おおよそ一週間のお付き合いで終わってしまうか、興味の尽きないところだとは思いません? ねえ」


桂一に振り解かれた己が手を、ゆらゆらと虚空に遊ばせながら。


「お友達思い(気取り)の、麻宮桂一……さん?」


最低最悪のからかいとあざけりを言の葉に乗せ、限定された光源によって不気味な影を滲ます顔を歪ませ、裂けたような口の端を引き上げ、だのに不思議と無邪気に輝く双眸を桂一へ固定したまま、喉を鳴らす独特の不快な笑い声を室内に満たしていった。


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