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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
68/75

DaTa FiLe [RooT 36]

『……KeRNel PaNiC……』

『全システムダウン。復旧不能です……修復……不能……再起動……不能……強制終了……不能……』


耳障りに響き続ける警報音へ上乗せするようアナウンスされる、現状の異常性と緊急性を知らせるメッセージを耳にしながら英也はひとり、部屋の片隅から室内全体を冷静に見渡していた。


彼自身、不思議なほど落ち着いた気持ちで。


そうしながら、まだ強く硝煙とその匂いの立ち込める狭い密室の中で数秒から数十秒前、ごく近しい過去に起きた事象を思い出す。


今はもう銃口こそ下げてはいるものの、まだしっかりと手にしたままのドライゼ銃を構え、床に伏した【iMiTaTioN】が身じろぎのひとつどころか、そうした気配を感じさせただけでも引き金を躊躇い無く引くつもりでいた数十秒前。


集中すべき敵。注意すべき敵。傾注すべき敵。


時間経過以外の何事でも倒すことは不可能だと言われ、体に直接、触れられるだけで命を奪われると言われていた、人の形を成したブロックノイズの怪物、【iMiTaTioN】。


そして管理者のひとりであり、同盟者でもある【DaWN QueeN】。それが、


忽然と姿を消した。


いくつか、まるで残骸のようにその場へ小さく縦横に走る、モノクロームのノイズを宙空へと残して。


ただ、両者の消滅には僅かながらの誤差があった。


まさしく不意。それ以外の表現が思い浮かばぬほど突然に目の前、銃口の先で身を折り曲げていた化け物の体が急に流れ始めた意味不明なアナウンスと重なるよう、急速に分解消滅してゆくその様子へはたとなり、これは何が起きているのかと尋ねるでもなく、また、自分と同じよう想定外の事態を前にして困惑しているではと気遣ったわけでもなく、まさしく文字通り、思わず反射的、距離を置いて立つ【DaWN QueeN】へと首を素早くひねり、視線を移したその時点ではまだ彼女はそこに存在していた。


とはいえ、繰り返すが単なる誤差。さほどの差異など無い。


その証拠に英也が【iMiTaTioN】の消散を確認後、見るべき対象を無意識のうち、【DaWN QueeN】へと変え、彼女の姿を視界に捉えた時、すでに彼女の体は先に述べたとおり、誤差の範囲を体現して英也の瞳へ映り込む。


そして映り込んだ時、すでに彼女の身は崩壊寸前としか表現しようのないの状態になっていた。


見たときには、気づいたときには、認識したときには、もう。


特徴的な、彼女の肩まで伸びた金の巻き毛と琥珀色の瞳は、左側の頭部もろとも半分がもはやノイズの走る虚空へと消え去り、古風なスカイブルーとタンジェリンのドレスもまた、ほぼ左半身とともに掻き消え、残された右半身もそんな事実を知覚している間にも急激、分解が進んでゆく。


そうして、結局。


何をするにも遅すぎ、かといって何も出来ることなど無く、ただ無力に眼前で喪失していく【DaWN QueeN】を見ていた英也が最後、目にしたのは。


物憂げな光を放つ、残された右の瞳を英也へと向け、まだ辛うじて形ばかり残された口から何やら伝えようとでもしてか、声を出そうと、ふと唇の微か動いたように見えた。


その途端。


瞬刻にして撒き散らされた多量のノイズと、光の粒だけをそこの場へと残し、今度こそ完全に全身すべて、余すことなく雲散させた【DaWN QueeN】との、ほんの一瞬、合わさった視線から感じ取った、ひどく救いようの無い虚無感。


すると寸刻。


まだ彼女の残骸かの如くその場へ走る光とノイズの流線の中、支えを失った銃が落下するや、木製の銃床がコンクリートの床へ叩きつけられる音を掻き消すよう、室内に悲鳴にも似た叫び声が轟き響く。


考えるまでも無い。彩香の声だと即座に英也は察し、未練がましく持ち続けていた手の中の銃を、無造作に放り投げた。


何が起きたのかを考える力も無い。

何をされたのかを考える気も無い。


ただただ、どこまでも自分の心の中が空虚に、がらんどうのようにになってしまったと思えた。


経過を回想するつもりにもならない。

結果を想像しようなどとも思わない。


思考はとうに放棄され、感情はもはや枯れ果てた。


そう、頭ではなく感覚として、そのようになった自分自身を、ごく自然と英也は客観する。


と、転瞬。


『非常用自動処理……【eNDLeSS・BaBeL】の初期化をおこないます……退避可能なデータ……』


意味不明のアナウンスを邪魔するように、己が投げた銃の落下音が甲高く天井まで反響するや、光源も無しに明るさを保っていた室内が急激、その明度を落としてゆくのを感じた刹那、


『……INiTiaLiZe……』


初期化。


脳の言語野がほとんど自動的にその言葉の意味を翻訳し、単語としてのそれが頭の中を占有したかと思った瞬時、音声ボリュームの調整ツマミでも落とすように次第、室内が暗闇の中へ沈み込んでゆくのに合わせるが如く、英也の意識は今度もまた、電源を落とすようプツリと、そのまま闇の広がる深淵の底へと向かい、


そして、消えた。


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