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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
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DaTa FiLe [RooT 32]

【FouR oF a KiND】の成立。それを引き金、【iMiTaTioN】との戦いが始まっておよそ2分。


体のどこでもいい。ほんの少し、ごくほんの少し、とにかく直接どこかへ触れられてしまった時点、その一瞬であらゆるプレイヤーの死を確定させる化け物である異相の敵との戦闘。


だというにもかかわらず、彩香は何か奇妙な、放心とも言える精神の誤作動……それに伴う、いささかの現実感の喪失に、本来ならここぞと発揮しなければいけないはずの緊張感を何故だかうまく抱けず、すでに戦い始めて2分を経過した今もどこか、心ここに在らずといった風でただ事務的、とうに装填を終えて銃床を右の胸と右腕付け根の中間辺りへ押し込み、固定した銃身を支える左手の中にすぐさま再装填するための予備弾薬を数発、指の間へ挟みこんだまま、ほんの2、3メートルと離れていない眼前で乱暴に【iMiTaTioN】を組み伏せ、人間であれば顔のあるべき位置を床へ力ずく、こすり付けられつつ、首の後ろを押さえつけ、もはやまともな身動きなど出来ない状態になりながらもなお足掻くそれへ、さらに容赦無く、相手が普通の人間であれば確実に窒息か、はたまた悪くすれば首の骨が折れてもおかしくない勢いで組みかかる【NooN JaCK】の様子を見ながら、いつ状況が変化し、今は地に伏した化け物がそんな彼を振り切って自分へと再度の接近を試みてきたとしても、即座にその身へ鉛玉を撃ち込めるようにと、柔軟に、かつ正確に銃口を目標へと合わせていた。


戦闘開始直後、彩香が寸分もその突進に気づくより前、まさしく瞬く間、目の前の【iMiTaTioN】へ電光石火の体当たりを喰らわせ、横倒しになったそれをそのまま問答無用に地面へ釘付けた、頼もしくも鬼気迫る【NooN JaCK】の形相と行動に、一時の驚きを経て反転、大きな安心感を得てしまったことが一因か、一切の隙無く即、弾丸の装填、構え、照準という完璧な対応をこなしつも、依然として弛緩した己が神経を漠然と自覚しながら。


しかし。

だからといってまるきり緊張感が無いというわけではない。


単に置かれた状況の逼迫と比べ、感じて然るべきはずの緊張の度合いが、異様に薄く思えるのである。


これまでの戦場と同じく、実際に命が掛かった戦いであることは共通しているものの、その意味合いや過程が圧倒的に異質なこの戦いの場にありながら。


とはいえ、それも仕方が無かった。


始めからまともな方法では倒すことが不可能な敵だと知ったうえで始めた戦い。

時間稼ぎ以外に対策の存在しない、完全な防衛主体となる前提で始まった戦い。

だからこそ。


今のこの戦場へと移動する前まで抱いていた、むしろ過剰なほどに張り詰めていた神経が、自分の意識、知覚の明度が正常さを戻すよりも早く、靄がかった頭がはっきりしたときにはもうこの実質的な最終戦における最大にして唯一の脅威である【iMiTaTioN】を、【NooN JaCK】が離れた床へ、とうに組み伏せていたこと、それに加え、【DuSK KiNG】の【aBoVeBoaRD】により、戦闘中も接続されたままの通信から聞こえてくる音声のみの断片的情報によって文字通り、断片的ながらも推測で補填できる他プレイヤーらの近況が、さらに彩香へ、生死の掛かった戦場では禁忌であるはずの、過ぎた安心感を抱かせてしまったのだろう。


とはいうものの、そこには多少の語弊がある。


正確に言うなら、(他プレイヤーたちの状況推測)ではなく、(英也に限っての状況推測)というのが的確であろうか。


何故なら。


戦闘開始から今に至るまでの約2分、彩香の耳へ入ってきたものといえば、どこに設置されているのか、いくつ設置されているのかも分からぬ、いずこかのスピーカーから流れ込んでくる、自分以外のプレイヤーたちがまさに今現在の自分と同じよう、【iMiTaTioN】と呼ばれる不死の化け物との戦いへ集中しているのであろう状況を示すものらしき音声が、何故だか英也の……正しくは彼との同盟者である【DaWN QueeN】の、そんな彼のことを呼んだと思しき、絶叫めいた『中尉』という一言と、それから不規則なタイミングで散発的、響き聞こえてくる銃声のみ。


対し、洋介と【DuSK KiNG】、【NiGHT JoKeR】の存在や行動を示す音は不思議なまでに少ない。

というより実際はどうかを除き、聞き取れたか、認識できたかといった点だけで言うなら、英也と【DaWN QueeN】以外の3人に関しては皆無。まったくの無音。


状況予測以前の問題である。


このような状態にある以上、お世辞にも全体的な把握が為せているとは言い難い。


ゆえにこそ、彩香は自分の中で変遷してゆく奇怪な感情へ、ひどく漠然とした違和感を感じていた。


数歩、先には【NooN JaCK】に組み敷かれた【iMiTaTioN】。

その様子を見つつ、いつ何か妙な動きを見せればすぐさま一撃を加えられるよう、きちりと構えた我が手の中の銃。


そして。


そんな銃の前方、銃身を支える左手の甲で輝く数値。


残り生存猶予期間6074。


今回の作戦において必須行動である【aCCeLeRaTioN】の最大効果での発動に必要なコストの膨大さを考慮し、英也よりも1000時間多く上乗せした7000時間を洋介から譲り渡された現在、もはや自らが元から持っていた下二桁の端数が空しく思えるほどの、絶対的な余裕をもたらす数値。


事前に計算した【iMiTaTioN】の所持生存猶予期間168時間を消費させることを考えて組まれた作戦から考えて、これだけ彩香と英也へ譲渡しながらまだ洋介も優に2000時間以上の生存猶予期間を残している。そこについても危惧は無い。


また全員が全員、生存と作戦遂行、どちらにも充分を通り越し、過剰なほどの時間猶予を得たわけだが、そうした実利とは別に、やはり過多な余裕は、嫌でも精神を安らがせる。


これだけ多く、強い、目に見える己の優越が揃えば自然、もしくは当然、当たり前のこととして安心感は生み出されてしまう。


たとえそれが一瞬の油断で生死の決まる戦場にあっては、決して抱いてはならない感情だと頭で理解していても。


だが。


そうまでなってなお、彩香の脳裏に不可解な予感が薄れることなく、こびりつく。


英也と【DaWN QueeN】の戦況に関しては、有利不利についてまでは分からない。


ただし、銃声が続いている以上はどういう形であろうと戦えている、戦い続けることが出来ているとだけは分かる。


が、残る3人は違う。


戦況どころではない。戦っているかどうかすらも分からない。


声は聞こえない。

床を蹴る足音も聞こえない。

誰かが倒れ伏す、鈍く肉を打つ音も聞こえない。


それらがちょうど、彩香へ安心感を与える要因とは逆。与えられたのは、


不吉な、ただ不吉な予感。明確な根拠の無い、しかしひどく強烈な予感。


さりながら。

その漠として曖昧な予感が、ともすれば直に戦いの場へありつつも、ともすれば完全弛緩しそうになる彼女の精神をぎりぎりのライン、脆く薄いながらも一応、緊張状態で維持させてくれていた。


けれども。


それは結論だけで言うならば、彼女にとって結局のところ皮肉。

二重の意味での、何より最も性質の悪い皮肉。


当然ながらこの時、彩香はまだ知らない。


自分の予感がこれから数分の後、


何度も繰り返すがまさしく、皮肉としか表現しようの無い形で顕現することになろうなどとは。


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