DaTa FiLe [RooT 30]
「しかし驚きだったのは、件の【iMiTaTioN】とかいう敵……そのうちの2体を、まさか死んだ麻宮君が持っていたとはってことですね。まあ、今となってはそうなるに至った細かい経緯については興味もありませんが、敵の正確な特徴や性質が事前に知れた事自体は幸運でしたよ。こちらも戦い方やその他の対策を立てやすくて、実に有り難い」
彩香と同じく、全体とは分けて自分たちの立ち位置へ限定した協議を交わすため、【BeD RooM】まで引き上げてきた英也は、連れ立ち戻ってきた【DaWN QueeN】へ、どこか緊張感の薄れた軽い調子で語りかける。
反面。
「とはいえ、その対策として手持ちの兵力すべてを放棄するというのはいささか、如何なものかと思いますが。もちろん、お考えがあって従われたのでしょうけれど……」
対照的なまでに【DaWN QueeN】は口調も表情もどことなく厳しく、そんな英也へ疑問を投げた。
「こちらの不信をよく理解して、あの糸田とかいう少年、自ら提案・明言したことを我々の目の前で実際に実行してみせましたからね。全兵力の放棄。単独じゃあ200ちょいしか持っていない小官たちとは文字通り、桁違いの8000以上もいた兵士をひとり残らず。あれだけのことをああもすんなりやられると、さしもの小官でも疑うのはちと苦労ですよ。それに、聞かされた敵の特徴を考える限り、その選択が現実、理に適っていると小官も判断したから、というのも間違いではありません。何せこれから相手をすることになる【iMiTaTioN】とやらいう連中、糸田少年の話に嘘がなければ……まあ、この期に及んで、特にこの件に関してはもう彼が嘘をつく意味も利点もありませんから、まず本当でしょうが……何にせよ、一切の攻撃が効かない、敵を喰って生存猶予期間を伸ばす、倒すための条件は【FouR oF a KiND】成立時点で設定される生存猶予期間168時間が経過するまで耐え続けるしかない……なんて馬鹿げた相手ですから。そりゃあ、まっとうな戦術で言えば大兵力を背景とした火力と手数で押し切るべきですけど、困ったことに兵数が多ければ多いほど相手へ回復のチャンスを与える可能性が高くなる。これがもし小官のような職業軍人だけで構成された戦力のみで作戦に望めるなら、迷い無く投入できるだけの兵力を投じますが、所詮は踏んだ場数も経験も、覚悟も足りない一般人。手前味噌ながら烏合の衆でもそこそこは統制できる自信はあるものの、それもあくまでそこそこです。普通の戦場ならひとりの失敗を全体でカバーして立て直すことも出来ますが、こと【iMiTaTioN】どものスペックを考えると、ひとりが一度でもしくじればその時点で統制が間違い無く崩壊します。そうなれば、あとは相手の独壇場。つまり……」
「火力や手数を減らしてでも、失敗する可能性を減らすべき、と。投入する兵員が多ければ多いほど、その人数が失敗確率の倍数と比例してしまう。ゆえに、出来る限りの少人数で作戦に当たるほうがむしろ成功率は高くなる……というわけですわね」
「その通り。いや、同盟者がご婦人のように聡明だと楽が出来てありがたい」
自分の考えを語る口を途中で奪われたにもかかわらず、英也はおためごかしではなく純粋に、上機嫌な声音で説明を引き継いだ【DaWN QueeN】を讃えつ、愛嬌のある笑みと視線を彼女へと向ける。
途端、まんざらでもないといった風で微笑み返す【DaWN QueeN】を見つめ、
「……とはいえ」
さほど間も空けず、声だけを真面目な調子へ変えて再び言葉を続け、
「当然ですが、小官もまだ手放しで【DuSK KiNG】の同盟プレイヤーを信用したわけじゃありません。というより、できるわけがないんですが……それだけに、今回の作戦の肝となる【NooN JaCK】……その同盟プレイヤーである睦月君の固有メリットが本当に計算どおりで働くのかどうか、そしてその結果として小官たちが生き残りえるのか。正直なところ、ここまで来てもまだ不安が無いといったら嘘ですね。なんたって、その効果についての説明を聞いて、しかもそれをほぼ全力で使うことになると言われた時は、本気で『こいつ頭がおかしいんじゃないか?』と思いましたし。といって、本来ならいくらリスキーでもこれだけ明確な対策が存在するというだけで幸運と思わなけりゃいけないんでしょうがね。実質、不死身の敵を4体も相手しなきゃならないっていう絶望的な状況を考えたなら」
言い終えたか終えぬかの間に、緩やかだったはずの笑顔に隠し切れず、苦笑いを付け足す。
【aCCeLeRaTioN(加速)】
【NooN JaCK】との同盟プレイヤーが持つ常時発動効果。
通常状態では何の効果も表面的には起こさないが、実際にはプレイヤーが自らの生存猶予期間をコストとして支払うことで、ゲーム内全体の時間経過を加速させることができる、極めて扱いづらい固有メリット。
コストを支払っていない状態でも発動だけはしており、その時点での加速値は(+0%)という内部処理がなされている。
支払うコストに対しての加速値は1時間につき(+0.1%)であり、もし仮に100時間をコストとして支払ったなら、ゲーム内時間の加速値は(+10%)となるため、1時間が実質、54分で経過するようになってしまう。
上記の計算で分かるとおり、加速のシステムは単純に増加したパーセンテージの分だけ経過時間を加算するという方式であり、例えばコストを支払って(+50%)まで加速値を上げた場合、1時間が30分、さらに極端な話、(+99.9%)まで加速値を上昇させると、1時間がわずか3.6秒で消費されることになる。
しかもこれは固有スキルではなく常時発動効果の固有メリットなため、一旦加速を始めたら三人以上の正規プレイヤーがリタイアするなどして新たなプレイヤーを迎えるためのリセット(固有メリット、固有スキルなどにかかわらず、効果を持続しているすべての実行された命令の無効化)などの特殊な条件が満たされない限り、上昇した加速値は維持され続ける。
主に【BiND oVeR】などの防衛系命令やスキルに対する強行突破の手段として使われることを想定して備えられたものではあるが、敵味方すべてを巻き込むそのデメリットがあまりにも大きすぎるため、実際の運用はほぼ皆無と言ってよく、有名無実の固有メリットという認識が一般的である。
使用コスト・実質効果を受けるためには最低で1時間。最大で999時間。
「……確かに、かもしれません。相手が相手だということ、加えて状況が状況だということさえなければ、こんな作戦と呼ぶのも憚られる、不確定要素と運の要素が強すぎる博打じみた手札を切るのは御免を被りたいところですけれど、持っていない手札は切りたくても切りようがありませんものね。本当に、もう少し何か手札が揃っていれば、こんなギャンブルのような選択肢も回避できたかもしれませんのに」
「それでも手があるだけ幸運であるのは事実ですよ。最高ではないまでも、幸運だということは……」
と、刹那。
「……おっと」
余地の如くまだ何も起きぬうち、ふと英也が語りを止めて声を上げたのと同時。
ベッド脇へ座る間も無く話し込んでいたふたりへ、不思議と耳障りでない柔らかなサイレンの響きが聞こえたかと思うや即座、
『【NiGHT JoKeR】の予約行動が実行されました。【NiGHT JoKeR】の攻撃により、【NeuTRaL FLooR 1188】が占領されました。これよりこの階層は【NiGHT FLooR】となります』
「始まりましたか……」
流れるメッセージを聞きつつ、鼻で笑うように息を漏らして英也は首を強く傾いで骨を鳴らした。
その間も、休み無く流れ続けるメッセージを、隣へ立つ【DaWN QueeN】と共に耳にしながら。
『【NiGHT JoKeR】の予約行動が実行されました。【NiGHT JoKeR】は【NiGHT FLooR 1188】を【DuSK KiNG】へ譲渡しました。これより【NiGHT FLooR 1188】は【DuSK FLooR】となります』
「……一応、分かりやすいよう体感時間ですべての予約命令は10秒刻みで実行するようにと相談して決めましたが……」
『【NooN JaCK】の予約行動が実行されました。【NooN JaCK】は【NooN FLooR 1188】を【DuSK KiNG】へ譲渡しました。これより【NooN FLooR 1188】は【DuSK FLooR】となります』
「今更ながら、30秒刻み程度にしておけばよかったかなと後悔してきました。やはりこういう緊張感は楽しくない……」
本心か否か、分からぬ弱音を無機質なメッセージの合間へ差し込みつつも、今度は両の肩を回してストレッチを始めた英也へ微笑みを向け、【DaWN QueeN】がこれで最後となるかもしれない会話の中盤を、コロコロと笑うような声で埋めてゆく。
「また分かりやすい謙遜ですわね中尉。それだけやる気に満ちた様子では、いくら口で消極的な台詞を吐いても説得力なんてありませんわよ?」
『【DaWN QueeN】の予約行動が実行されました。【DaWN QueeN】は【DaWN FLooR 1188】を【DuSK KiNG】へ譲渡しました。これより【DaWN FLooR 1188】は【DuSK FLooR】となります』
「いやいや、これは紛うことなき本心ですよご婦人。その証拠に臆病者の小官は、これから貴女に助けていただく気、満々でおりますので」
「……それ、本気で仰ってますの?」
転瞬、英也の物言いへ微か、【DaWN QueeN】は疑わしそうに片眉を上げる。
そして次の瞬間。
「ええ、もちろん。あいにくと小官は蛮勇とかそういったものを持ち合わせていない、根っからの小心者なんですよ。ゆえにどうしてもこういった大事に直面すると自然、人頼みになってしまうんです。だから……」
言い切る前、それまで響いていたサイレンと打って変わり、かまびすしい電子的な警告音が室内を縦横、反響してふたりの耳を苛み出したのを合図にか英也が、
「……頼りにしてますよ、ご婦人」
言ったのを、雑音の妨害を受けつつもどうにか聞き取った【DaWN QueeN】がその言葉の真意をすかさず悟り、思わず破顔一笑した途端。
『FoRMiNG oF CoNDiTioNS【FouR oF a KiND】』
これまで、無感情ながらも人間らしさのあった合成音声に代わり、ただ文章を読み上げるためとしか表現しようのない、不自然なほどに機械的な声が淡々と言葉を並べ立てるや、
英也は幾度体験しても慣れることの無い、強制的な意識の暗転によって生じた不快感すら消えうせる、絶対的な心神の喪失感に、その意思の隅々を余すことなく溶かし、流されていった。




