DaTa FiLe [RooT 28]
「ご承知の通り……と、初手から決め付けるのはいささか乱暴ですね。長内さんも睦月さんも仕事柄の関係上、表側に限ってはよくよく調べられてるとは思いますけど、失礼ですがそれほど【eNDLeSS・BaBeL】の……特に、ゲームとしての側面に関してはあまり深くはご存知でないようにお見受けします。となれば、正規のマニュアルやルールブック……攻略サイトなどには載っていない、言わば裏技というべきか、隠し要素と言うべきか……イースターエッグのような【FouR oF a KiND】について、詳しい内容を知っている前提で勝手に話をするのはよろしくない……ですのでまず俺がこれまで、そして今も、執拗に成立させようと躍起になっているこの【FouR oF a KiND】について、少しばかり詳しい説明をさせていただこうと思います」
そう言って何気無く眉間をさするふりをしつつ、洋介は泣き腫らして充血した瞳を隠すよう、互いに落ち着きを取り戻すまでの短い時間を置いて後、やおら自分の目的について語り出した。
「まず、【FouR oF a KiND】というのはそれなり、【eNDLeSS・BaBeL】をやりこんでいる人たちならば噂程度には知っている、このゲーム内の隠し要素です。一定の条件を満たすことで、【iMiTaTioN(模造品)】と呼ばれる4体の、ダメージを与えることができない……つまり不死身とでも言っていいような敵が、プレイヤー側へ対して攻撃を仕掛けてくるという、それだけならどのプレイヤーにとってもデメリットしかない、コアな【eNDLeSS・BaBeL】プレイヤーの中でも単に、ハードモードや縛りプレイの一種といったくらいの認識しかされていない裏技のひとつなんです。けど、実はそうした部分もまた、単なる表層の現象。実際には【FouR oF a KiND】はもっと重要な……とりわけ、一般の【eNDLeSS・BaBeL】ではない、こちらの【eNDLeSS・BaBeL】においては、大変に大きな意味を持っているんですよ」
『……具体的には?』
「ずばり言って、ここから……【eNDLeSS・BaBeL】から脱出するため、しなければならない行動のうちの何より最初、不可欠の一手……逆に言えば、【FouR oF a KiND】を成立させなければ、他に何をしようが絶対に脱出は不可能。これを成立させて始めて、このゲームから脱出できる可能性が生まれる……それぐらいに重要な要素……ですね」
『それは……また想像していた以上の、最重要案件だな……』
まだ完全に切り替えられたわけではないまでも、少なくとも洋介への怒りのピークはとうに過ぎ去り、それなり冷静、会話をするには問題の無い程度まで落ち着いた英也であったが、そんな洋介によって語られた話の内容を聞き、答えながら、今度はまた違った感情、
ある種の驚き。ある種の希望。
そして、
当然ながら、ある種の漠とした疑問と混乱を新たに心の内へ生じさせつつ、先ほどまでとはまるきり別人としか見えない、ひどく憔悴しているようにも見える様子の洋介を、モニター越し見つめる。
「ただし、強調しますがこれで手に入れられるのはあくまでも単なる『可能性』です。むしろ、【FouR oF a KiND】は成立させてからの異常な難易度が、何よりも問題と言えます」
『……それはつまり……確かさっき、君の言っていた「ひとりじゃ絶対に無理」という言葉の、その言葉通りの意味で、か?』
「……はい」
継がれた洋介の言葉へ向かい、困惑こそまだ少なからず残ってはいるものの、つい数分前まで取り乱していた精神も、それなり落ち着いた彩香が探るよう問うのへ、慙愧も露な洋介は小さく答える。
「実際、【FouR oF a KiND】を成立させた瞬間、送り込まれてくる【iMiTaTioN】という敵は、もはや強いだの何だのといった次元の相手じゃありません。通常の物理攻撃はどれだけ与えても、決して倒すことはできない……もし倒そうとなると、奴らの生存猶予期間が切れるまで、ただ粘るしかない……けど、奴らはこちらの兵士を倒せば、その分の生存猶予期間を回復してしまう……倒す手段がある以上、不死身というのは言い過ぎかもしれませんが実質、ほとんど不死身ですよ」
『……そんなものが、しかも4体?』
「はい。ご丁寧に、正規プレイヤーの人数と揃えて、向かってきます」
『なるほど……まさしく、絶望的だな。そのクリア条件とやらは……』
「まったくです。何せ、倒す方法が相手の寿命が切れるまで凌ぐより他、手が無いなんて無茶苦茶な敵が4体……これが仮に1体だったとしても、必ず倒せるかどうかと言われれば俺でも自信がありません。それが、繰り返しますが4体ですから……いくらなんでもこんな条件、ひとりでどうこうできるとは到底、思えません……」
『その点に関しては、先に言った言葉に偽りは無し……というわけか』
無意識、彩香の相槌に、つい今しがたまで明白な義憤を抱いていたはずの洋介へ、微かな憐れみの感情が混ざった。
するとそれを感じ取ってか、急に背後へ控えていた【NooN JaCK】が珍しくも聞こえよがし、鼻を通した小さな咳を鳴らす。
純粋に何事かという思いで後ろを振り返り、自分を見つめてきた彩香に対し、真っ直ぐ厳しさを含んだ視線を返しながら。
と。
「……当然ですよ睦月さん。彼のその反応は」
そうした一連のやり取りを見たうえで改め、洋介は客観的な自らの立場を再度、語る。
「いくら目的のため……自分が助かるためとはいえ、俺が今までしてきたことはとても許されることじゃない。加えて、それだけのことをしてきた相手を、軽々しく信用するなっていう彼……【NooN JaCK】の戒めは、極めて正常な反応です。未だに俺が腹の中では何を考えているのかって警戒するのがむしろ当然。だから彼の態度は正しいですよ」
『……』
「が、そうは言っても、このままじゃあ話そのものが進みません。ですので、まずは早々にここのクリア条件とクリアまでの流れを、おふたりへ説明します。そのうえで俺を信用……してくださいとは言いませんが最低限、お互いにここから脱出するまでの協力関係をお願いしたい……と思ってます。正直なところ、これだけでも充分に厚かましいってことは自分でもよく分かっていますけど、それでも今の俺にはそこを曲げてなんとか……と、頭を下げるくらいしかできませんので……」
言いつつ、思わず一瞬、黙り込んでしまった彩香へ向かい、再び洋介は頭を垂れる。
小一時間ほど前までは不倶戴天の敵であったはずの相手。
そして実際、自分自身、決して軽くは無い怒りを抱いていた相手。
だが。
もはや眼前のモニターに映る少年の姿から、そうした以前の感情は想起されてこない。
長く、とても長くこの現実感の無い世界へと閉じ込められ、そのくせ、いざ戦いとなればそこは一転、ひどく現実的な、人間の最も醜い部分を見せ付けられ続ける、そんな地獄のような毎日を送り、狂い、壊れ、疲れ果てたその姿。
弱々しくモニターの前で頭を下げ、気のせいかひとまわり小さく見えるその弱々しい、子供の姿の中に、もう彩香がかつて思い描いていた醜悪な快楽殺人者の面影は見出せなかった。
ゆえに。
『……分かった』
そう答えるより……少なくとも、彩香という人間としては、そう答えるより無かったのだろう。
かくして、ひと間と開けずに彩香は。
『ともかく、今はその……クリア条件に関する説明とやらをまず聞かせてもらおう。判断はそれまでの間、とりあえず保留……ということでいいか?』
「……充分です。ありがとうございます……」
『さて、そういうことで私はひとまず納得したが……長内陸尉、貴方はどうです? 何か意見などは?』
いくつものウィンドウのうち、ひとつの中でさらに深く腰を曲げ、頭を低めながら礼を述べる洋介を視界の隅に、彩香はその隣のウィンドウへ映る英也に対して純粋な気遣いから声を掛けた。
これほどに重要な問題を、自分だけで話を進めるのは筋が違う。
無論のこと、立場を同じくする英也にも、彼の持つ意見を聞かねばならない。
文字通り、命懸けの行動をこれから共におこなおうかという事態にあって、同様の状況にある彼を差し置き、話を決めるなど道理が通らない。
一時はまともに頭を働かせることもままならないほど取り乱してはいたが、それでも根の生真面目さによって支えられた彩香の思考は、このような異常事態にあっても最後までその性格に沿った言動を促す。
結果。
『……いや……特別、差し挟むような意見は無いよ。小官もそういうことで結構……』
彩香とは違い、【NooN JaCK】と同じくなお洋介への猜疑を払拭できぬまま、英也は波立つ心情を誤って顔へ出さぬようにと、努めて平静を装い、慎重に返答した。




