DaTa FiLe [RooT 26]
そのひどく奇怪な三者会談……管理者たちも勘定に付け足すとするならば七者会談……が大きく動いたのは、静かに深い、恫喝を含んだ問いが洋介へと向けて、発せられてからだった。
わずか数言、ぼそりと英也の口を吹き抜け響いた言葉は一瞬にして場を凍りつかせ、彼自身を含むすべての人間に自然、不用意な発言を押し止まらせるや、元から険悪であった場の空気を一触即発のひりついた雰囲気までに淀ませ、例外の無い全体への固く、重苦しい沈黙を生みだした。
軽い言動と態度を貫いていた【NiGHT JoKeR】でさえ、ピタリと静止して口をつぐみ、ただじっと細めた目でモニター上の英也を見つめる。
同じく微動だにせず、無表情に自分を睨みつけてくる英也の視線を真正面、見つめ返す洋介の様子でも倣ったかのように。
しかし。
当然ながら永遠の静寂など有り得はしない。
必ずいつか沈黙は破られる。
緊張からでもなく、ましてやそれを隠す意味でもなく、甚だ落ち着いた心情をそのまま、口調に表してやおら語りだした。
『……洋介。もう……この辺りが頃合ではないか?』
【DuSK KiNG】の声によって。
『恐れを抱くのは分かる。今の君の立場を考えれば、素顔を晒すことに対する恐怖心は当然だ。が、ここから先に進もうとするなら道理上、仮面を被ったままではいられまい。(物理的)な仮面だけでなく、(心)の仮面も外さねば。それでは誰も、何も、納得してはくれん。そのくらいのこと君自身、私から言われなくとも嫌というほど理解しているのではないかね?』
『……』
突如、背後から話し掛けられた洋介はその言葉を聞くや途端、英也の双眸から自らの視線を外し、微かに俯いて眉をひそめる。
が、【DuSK KiNG】は声を止めない。
今度は一転。
『長内君、睦月君。これを言い訳と取るか、それとも……いや、むしろこうした言い回し自体が言い訳か……ならば、事実だけを語ろう。私が見てきた彼……糸田洋介に関する客観的な事実を、努めて端的に、な』
視線を翻し、洋介の後ろへ立ったまま、老いに色褪せた瞳をモニターの中に映る英也と彩香へ向け直して再度、言葉を継ぎ始める。
『彼はこの【eNDLeSS・BaBeL】……一般に知られているものであるかどうかは別として、ともかく……参加してからすでに実時間にして約2500時間近くを過ごしている。それだけの間、勝ち続けてきた……というより、生き延びてきたというべきか。何せこのゲーム、表面上でいくら勝利したとしても、単にまた違う正規プレイヤーを相手にゲームを続行するしかない。そんなもの、とても勝利などとは呼べん。単に生かされているだけ……何ひとつ前進も、改善も、進展も起きない。濁り淀んだ溜まり水の如く、延々と留まり、自分が死ぬか殺されるまで、代わりに見知らぬ他人を殺し続ける……その繰り返し。彼の場合、もうそうした日々を三ヶ月以上だ……』
「……なっ……!?」
【DuSK KiNG】の語った内容へ思わず、英也は喉の奥へ仕舞い込んでいた声を吃驚とともに零した。
すると。
不意にスピーカーから、聞こえるか聞こえないかというほどの潜め、押し殺された笑い声が響いてくるのを耳にし、英也は即座、その声の主を感覚のみで見当つけるとすぐさま、予想的中とばかり口元を抑えて笑う【NiGHT JoKeR】が映るウィンドウへ、怒りと困惑が綯い交ぜとなった眼光を向けた。
ところが。
視線を向けたと同時、重なるよう次がれた……今回は意味を持って発せられた声は、そんな英也の瞳を怒りと困惑ではなく、驚きと困惑とによって改め、染め変える。
『考える余裕も無かったでしょー? いいんですよ、それが普通なんです。誰も責めたりやしないし、責める権利なんて無い。誰だって好き好んで……どれだけの破滅主義者か、はたまた自殺志願者か、それとも完全に狂ってるか……そんな人間でもなきゃ、こんな頭のおかしいゲームの中へ留まろうとなんてしやしません。なら、彼は? それだけの長い期間、こんな人の命が塵芥みたいに軽い世界へ何故、洋介さんは留まっていたのか? 答えは至極簡単。「出られなかった」んですよ』
言いつつ、【NiGHT JoKeR】は、ゆっくりと中腰になっていった体勢から立ち上がると、桂一の躯から身を放し、さらに言葉を続けた。
『予想するに恐らく、それぞれ……僕が生前、桂一さんへ教えたのと同様、英也さんは【DaWN QueeN】から、彩香さんは【NooN JaCK】から、このゲームのクリア条件は聞いていると思いますが……そこからしてすでにこのゲーム……そう、「ゲーム」は始まってたんですよ。【eNDLeSS・BaBeL】クリア条件……「すべての管理者を倒す」……この中に嘘偽りはありません。誓って。信じてもらえるかは別としてね。けど、問題はここから先。「すべての管理者を倒す」とは? 表面上の理解はすぐにも出来るでしょうが、さて厳密な意味での理解は果たして出来てます?』
「……何が、言いたい……?」
『そんな難しい話だったですか? まんま言葉通りの意味なんですけど……ま、僕も鬼じゃないですから、もうちょっと親切に分かりやすく言いますと……このクリア条件に関する文言、文面って、見聞きした人間に概ね、二通りのミスリードをさせるようにっていう悪意が込められてるんです。まずはひとつ目。「すべての管理者を倒す」ってことは? すべてなんですから、自分が同盟している管理者も例外じゃないですよね。だけど大抵の人はどうもそこだけ特別だと勘違いしちゃう。味方? 仲間? そんな優しい理屈が通用するほど、このゲームは人道的じゃないんですよ』
「……!!」
ここまで聞き終え、英也は先ほどまでの憤怒の色はどこへやら、大きく見開いた両眼を純粋な驚きの色に染めてほとんど呆然、モニターの中で笑う【NiGHT JoKeR】を見つめる。
さりながら、【NiGHT JoKeR】の口はなおも止まらず、
『さあさ、今からそんな鳩が豆鉄砲でも喰らったみたいに目を真ん丸くしてたら、この先が大変だから落ち着いてくださいな。先に言った通り、このクリア条件の内容によって誘導されるミスリードはふたつ。なのでもうひとつ。「すべての管理者を倒す」とは言ってますが、この内容の中では、はっきりゲームの中でも外でもアナウンスされていて、名前や存在も明確に確認できる四人の管理者とは他に、さらなる管理者が、「いる」とも「いない」とも明言してません。ということは? 「いない」とは言っていないんだから「いる」としても不思議じゃないし、文句も言えない。ほんと、ひどく意地悪でひねくれた誘導……ミスリード……だからいくら真面目に頑張って、僕ら四人の管理者を殺しおおせたとしても、それは【TRue eND(真の結末)】への正規ルートじゃない……となると、どうなるか? 何も起きません。というか、実際の【eNDLeSS・BaBeL】と同じ……明確な目的も、達成しなければいけない条件も、終わりも……そう、その名の通りの【eNDLeSS】……ループし続けるんです。正規ルート……四人の管理者に加え本来、存在するはずのない五人目の管理者をも倒すまで永久に、何度も、何度も、何度も……何度も……』
最後はほとんど消え入るよう、一気にささやくような言葉の羅列を吐き出した。
いつの間にやらモニター前面へと顔を突き出し、音量を落とした声のトーンとは裏腹、割いたように大きく見開いた双眸をモニター越し、英也へと向け、興奮からか上気して薄赤くなった顔に汗さえ滲ませ、狂気の覗く口元から真白い歯をぎらつかせて。
そして、そんなやり取りの中。
英也と【NiGHT JoKeR】のやり取りを聞きつつ。
依然として俯いたままの洋介は影に置いた己が顔に、薄く冷や汗を浮き出させつつ、苦悩と苦痛とによって堪え切れず無意識、これまで見せたことも無いほどはっきりと、そちこちへ皺を寄せ、歪め始めていた。




