DaTa FiLe [RooT 25]
「ほら、ご覧くださいな。以前、私が申し上げたとおりでしょう? 中尉。この小娘はこうして今までも何度と無く、自分の同盟プレイヤーを自殺に追い込んできた。生存猶予期間の余裕が無いのを認識していたくせに、四桁もの使用コストを黙って使わせる……とてもまともな頭ではありませんわ。さしあたり【DuSK KiNG】も問題ですけど、いずれにせよそれ以上に、こんな根っからの狂人と会話をする価値など皆無。通信自体は確かにもう切断こそできませんが、何も律儀に話へ付き合わなければいけないという決まりがあるというわけでなし、無視したところで特段、これといった不都合はございません。どうか下手に相手をされないでくださいまし」
あまりにも一時、次々発生した事象へ脳も神経も処理が追いつかず、思わず絶句したまま半ば思考停止していた英也の耳へ、背後に控えていた【DaWN QueeN】の声が不意に耳へ飛び込んでくる。
途端、はたとして上体と首を捻り、後ろの【DaWN QueeN】へ目を向けた。
そしてその一瞬の動作が終わる前に予測していた通り、目に映った彼女の表情はこのうえもない不快さで彩られていた。
すると間も無く。
『いつもながらホント、親の仇みたいなひどい言い様ですねー。僕、知らないうちに貴女の親御さんでも殺しましたっけ? それにその「自殺させた」っていう言い方もまた、悪意と語弊に満ちた、あんまりな表現だと思いますよ? 僕はただ、自分の同盟者に対しては自身の自由意志を最大限、尊重するスタンスなだけです。今回の……桂一さんに関してだって、桂一さんの意思と意志を優先させた結果でしかありません。それよりもむしろ、「自殺」って言い方は僕にというより桂一さんへ対する侮辱ですよ。この人が実行したのは「自殺」なんていう逃げの行動じゃありません。前向きな、建設的「自己犠牲」です。己のためにしか死ねない利己主義者と、他人のため自らを捧げる利他奉仕の高尚な志でもって、こうして今、物言わぬ屍と化した桂一さんとを一緒くたにされちゃあ、同盟者の僕としてもさすがにカチンと来ますよ?』
口にする言葉とは裏腹、さも楽しげな調子でなおも椅子へ力無く腰掛けた桂一の亡骸を、【NiGHT JoKeR】は悪戯にまさぐる。
そんな彼女の様を、さらなる苛立ちと厭わしさとを募らせ、唾棄するよう無言で見つめる【DaWN QueeN】を一瞥し、ふと湧き上がった気掛かりを確認するため、英也は再び急ぎ、モニターへ映し出された複数のウィンドウに視線を戻した。
そして。
自らの予測が見事なまで、的中していたことを確認する。
決して的中を望んでいなかった、自らの予測を。
モニター越し、いくつものウィンドウの中のひとつ。その中で、
ほとんど椅子から崩れ落ちたような格好になり、上体を屈めて顔を伏せた彩香と、その背中をいつもと変わらぬ能面の如き表情のまま、それでもどこか憂いを帯びた様子でさする【NooN JaCK】の姿を。
首から上はほぼ完全に画面外へと出てしまい、その表情などは皆目、見定めることは出来なかったが、これまでの状況と流れから察して、けだし衝撃に耐え切れず、折れてしまったのだろう。
つい今しがたまで、著明な障害を与えてくるスキルの使用という事実から、少なからぬ怒りの感情を覚えていた対象であった桂一が、まさか絶命しているだなどと、思いもしていなかったがゆえに。
恐らくは可能性のレベルですら、考えもしていなかったはず。
彩香と比べ数段、冷静な思考を保っていた英也でさえ、そうであったように。
となれば、大抵の人間……まともな人間なら、こうもなる。
自身への嫌悪の情と、あまりに急転した事態に対し、負の感情が決壊して溢れ出し、今まさしく目に見える姿勢と同じく、心もまた折れてしまったのだろう。
吐気を堪えているのか。涙を堪えているのか。ともかく、小刻みに震える肩の下、見えざる顔を床へと落として。
思い我知らず、彩香のあまりにも痛ましい様子へ相形をしかめた英也に、今度は洋介が、これまた欠片ほどの労りも見せることなくその口を再び開いた。
『ま、そういう細かい話はとりあえず後にしてくれ。昔から言うだろ? 「時は金なり」だ。さっきも言ったが、今はとにかく時間が無い。下らない無駄は省いてさっさと、おたくらが背負ったお荷物の階層、そいつをどうするかについて話を……』
が。
「……待て」
突然、洋介の声を遮るように。
「さっきから一方的、つらつらと……手前勝手な言い分を並べ立てるのも大概にしろ。余裕が無い? 時間が無い? そんなもの、お前だけに限ったことか? このゲームに参加してる以上、誰しも例外無くそうだろうが。それに、こうまで露骨な砲艦外交しておいて話? 話だと? お前、ちゃんと日本語を理解して使ってるか? 脅迫の間違いだろそれは。悪いが、さしもの(俺)も、これほど虚仮にされてすらなお、大人の対応ができるほどには人格者でも聖人君子でもない。漏らした言葉の意味通り、人と話がしたいっていうんならそれなり、最低限の常識をまずは整えてから物を言え」
英也は急に低く、重い口調で話し出す。
「あと、『時は金なり』なんて吐いてたが、その言葉を残したベンジャミン・フランクリンは他にも、『相手を説得するため、正論を持ち出すな。相手にどのような利益があるのか、それを話すだけでいい』って言葉も残してるのを知ってるか? 本来、筋道を考えればお前が今、(俺)たちへ対し心へ留めておくべき言葉はこっちのほうが正解だろう。いいか? 勘違いするな。(俺)たちはお前の話を『聞く』んじゃない。『聞いてやる』んだ。一時、振り絞った善意でな。だから……」
一旦、瞳を静かに深く閉じ、やおら切れ長の双眸を一層、峻厳とさせ、モニター上の洋介を凝視するや、
「ASAP(as soon as possible)……可及的、速やかに言ってみせろ。(俺)たちを理性的に納得させ得る簡潔な、実利ある言葉を。そしてこれまでも、今現在も、そこまでして固執し、奪いたがっている階層の代価を……差し出すに足るような、はっきりした利益を今すぐ、この場で明言、提示してみせろ。それ以外には一切、何ひとつ、お前の口から聞く気は無い。だからもし、そうした話を用意していないんだとしたなら……」
つぶやきほどの音量の中、銃口を突きつけるような酷烈さも剥き出し、
「その口……もう二度と(俺)たちへ対して、開くな……」
締め切るよう一声。
噛んで吐き捨てるが如く言い終え改め、ウィンドウへと映り続ける洋介の瞳をなおさらに強く、鋭く、睨みつけた。




