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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
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DaTa FiLe [RooT 23]

「……しかし、どうも腑に落ちない……いや、明らかに妙、とでも言うべきなのか……」

『?』


彩香の口から聞いた名。糸田洋介。彼女曰く、桂一の本名だと語られた名。


それを耳にしてしばし、口元へ手を当て考え込んでいた英也の喉から思わず、小さな声が漏れた。


本来は用心し、伝えずにおこうとしていたはずの言葉を無意識、音に乗せて。


当然すぐ、はっとした英也はうっすらと焦点を定めずにいた瞳へ改め指向を持たせ、モニターから彩香の顔を見る。


果たして、自分の失言は意識されてしまったのか否かと。

なんということもない独り言だろうと、さらり受け流されていてはくれまいかと。


が、そんな淡い期待をはっきり打ち消すように、画面には大きく、訝しむ感情も露な彩香の顔が映し出されていた。


途端、己で己の粗忽に苛立ちと落胆を覚えつ、英也は嫌というほど表情によって問うてくる彼女の様子へ即座に諦めと覚悟を決めるや、ひとつ息を吐き、我ながら重たく感ずる唇を開くと、今度は明確に独り言ではない、彩香へと向け、話し始める。


「実を言うとね……その……小官も、見たんだ……」

『……何、を……です?』

「彼の……学生証……」

『!!』


のらくらと、この期に及んでまだ往生際の悪い口調でもって英也が過去の事実を告白したその刹那、やはりというべきか彩香は先ほどの覚束無い感覚からの無言とは異なる、吃驚からの閊えで、音の無い愕然の声を上げた。


そして無論、そうなることを九割がた予測していた英也は早々、彼女の思考が自分への疑心に傾くことを防がんと、慌て早口で仔細と成り行きを付け足しだす。


やましいところがあるのではと、何か底意があるのではと、責め立てられる状況そのものが作り出されぬよう、


「いや、自己弁護をするつもりじゃあ無いが、小官のやったことも、やろうと思ったことも、順番と細部が違うだけで基本、君と同じだ。確かにあの場所で君や麻宮……や、糸田だったか……? ああ、なんだか混乱するな……とにかく、あの少年より早く目覚め、倒れていた彼を調べてからしばらく、様子を見ようと隠れていたことについて黙ってたのはすまなかったと思ってる。だが、その気持ちは分かってくれるだろう? 誰を信じ、誰を疑えばいいのかも分からない事態にあっては、用心に用心を重ねるのが最大の自衛策。むしろそうするのが自然だったんだ。小官にとってはね。それに今、お互いに話すべきはそんなことじゃあないはず。話すべきはもっと別……君と小官の、記憶の食い違いだ」

『……食い違い?』

「そう、食い違い。君は彼の学生証を見たと言った。そこまでは小官と同じ。だが問題は見た内容についてだ。率直に言おう。小官が彼の学生証を見たとき記載されていたのは、彼が今までずっと自分で名乗っている通り……『麻宮桂一』だった」

『なっ……!!』


矢継ぎ早、異なる経験と記憶を語るのを聞いた驚愕から、今度は思わず大きく声を漏らした彩香の反応を確認して内心半分、彼女の興味・視点を逸らすことに成功したと安堵しながら。


「まあ、驚くのも無理は無い。小官だって話を聞かされたときは君ほどではないものの、少しばかり自分の頭の中を疑ったぐらいだ。けど、誓って嘘は言ってない。少なくとも小官の記憶が正しいとすれば、彼の学生証に載っていた名前は『麻宮桂一』で合ってる。もちろん、君の言動や記憶も疑うつもりはないが、だとしてもちょっと考えてみてくれ。まともな頭をした人間だったら必ずどんな行動をおこなうにもまずその行動によって生じる利害を計算する。単純に言えば、自分が得するよう行動し、損する行動はしないよう動くのが普通だ。けど彼が偽名を名乗るって行動のどこに得をする要素がある? もしくは、おこなわなかった場合に損する要素は? 何も浮かばないんだよ。いろいろ予想はしてみたものの、わざわざ偽名を名乗る理由……そんな無駄なリスクを背負うに値するほどのメリットがまるで分からない。一番よくある、有り得るパターンなら、小官たちに知られるとまずい人物であることを隠すため……とかが王道なんだが、小官も睦月さんも、『糸田洋介』なんて名前や人物に心当たりが無い。だったら隠す意味は? もし小官たちがこの名前と人物についての知識が無いことを彼が知らなかったとしても、小官らに名を伏せなければならないほどの重要人物を、我々がチェックし忘れていたり、覚えていなかったりなんていうことがあると思うかい? お互いの立場……職業的に専門で【eNDLeSS・BaBeL】を調べ、追っていた立場を思えば、その可能性は限り無くゼロに近い。ほとんど無いと断言してもいいぐらいに」

『それは……言われれば確かに、そうだが……』

「分かってる。繰り返すが、君の言動や記憶を疑ってるわけじゃない。小官が自分の記憶を疑っていないのと同じくらいにね。とはいえ、改めて確認が取れない現状じゃあ、どちらが正しいかを議論したところで水掛け論にしかならない。いずれにせよ、この件はひとまず後回しにするのが得策だと思うんだが、どうかな?」


問われて彩香は言葉も無く、どこか呆然としてただ頷いた。


当初から変わっていないが、ともかくこの世界は理解できないことが多すぎる。


局所的ながらも明確な認識が出来、正確に見える範囲のものだけへ集中せねば、思考は混乱するばかりで整理がつかない。


思って彼女は、自身の中へまたひとつ大きな諦念を抱き、沈黙した。


それこそ、英也の望むところでもあった通りとなって。


ところが。


『あー、それだったら答えは簡単ですよー。大丈夫、おふたりともまだ一応、狂っちゃあいません。どちらも正解。ほら』


突如、スピーカーから彩香と英也ではない、第三の声が響いたのを契機、事態は一変する。


次いでモニターへと新たに開かれたウィンドウへ映し出され、カメラを覗き込むよう大写しになった【NiGHT JoKeR】と、その顔の横へと持ち上げられ、提示された二冊の学生証と共に。


同じ作り。同じ色。同じ顔写真。しかし一点。


表記された名前だけが違う、二冊の学生証。


ひとつには、麻宮桂一。

ひとつには、糸田洋介。


黒い明朝体の文字が、くっきりと印刷されている。


『ね? 種を明かしてしまえば単純なことでしょー? つまりは彩香さんも英也さんも、桂一さんが持っていた複数の学生証の一方だけを見たから事実認識に違いが出ちゃっただけ。記憶違いでもなければ、記憶の改竄でもないんです。その点、とりあえずは安心してくださいな』


そう言い、【NiGHT JoKeR】はケラケラと不快な笑い声を上げた。


重度の困惑に慌てふためく彩香の、そんな彼女よりは軽いものの、明らかな動揺を見せる英也の、慌てて騒ぐ様を楽しむようにして。


『どういうことだ陸尉っ! 何故、こいつからの通信を許可したっっ!?』

「違う、誤解だ! 小官は許可なんて……そもそも通信が来たという連絡自体、まるで無かったじゃ……」


言い合う二人の混乱を余所、またしても転瞬。


『何もそんなに慌てるほどのこっちゃあないよ、おふたりさん。ただ、状況が変わったってえだけのこと。いや……まだ、変わり始めた……っていうのが正しいか? これでようやくスタートライン……やっと始まったばかり。我が身にも降りかかってる事実ながらほんと、面倒くさくって敵わねえや。このゲームときたら、さ』


またもや異なる声が薄暗い室内へと流れ、


『さて……話をするのは二度目なわけだけど、顔見世は始めてだから「はじめまして」と言うべきなのかな? 婦警さんに軍人さん。残念なことに目の保養んなるようなツラしちゃあいなくって申し訳ないが、ひとまず自己紹介させてもらうとしようか。恐らく、そっちで今まさに話題へ上がってるんだろう自分について、ね。そう、俺が……』


【NiGHT JoKeR】に続き、その横へ開いたウィンドウに顔を晒した。


二冊の学生証に貼り付けられた写真と同じ顔を晒した。


桂一と、まったく同じ顔を、晒した。


『……糸田洋介だ』


薄笑いを浮かべて名乗る少年の登場により、混迷した状況はなお、その混沌を深めてゆくことになる。


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