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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
49/75

WiLL NoW ReBooT/[PRoGReSS RaTe]: 74%

「別に人間だけと限った話じゃなく、広くは生物全般、さらに言えば物理的に存在するすべてのものに対しての話になっちゃうらしいんですけど、まあ、分かりやすく分類するって意味で……例えば、人間の持つ人格や個性といったもの……つまり、個人を個人たらしめる要素っていうのが、もし記憶とかの単なる情報だけによって成り立っていると仮定した場合、果たしてそうした記憶はどこまで失われたら個人を個人として成立させられなくなるのか。または人格という形すらも失うとするなら、これまたどこまで奪われれば記憶情報は人格と呼べなくなるのか。何をもって人は人たりうるのか。その境界ボーダーを知ることが博和さんの目的だったけど、どうなんでしょうねー。あの人、もう答えは見つけられたのかな?」


広く、柱も仕切りも存在しない真新しくも無機質なビルの一室。


壁掛けのデジタル時計が【01:31】の表示を点す、照明のほとんどが落とされた薄暗い室内。


等間隔に置かれたいくつもの机と椅子。そんな机の上へ同じく、均一に配されたタワー型PCとディスプレイが整然、並んでいる。


そのうちのひとつ、ブラインドが下りた窓際の一席に唯一、電源が入り、しんと静まり返った部屋の中へ小さな冷却ファンの駆動音を響かせるPCへと向かう人影があった。


着席している少女は名田部祥子。

それの背後で直立しているのは野上英吾。


ふたりの、研究者の姿が。


小さな体をサイズの合わぬ大きな白衣で包み、椅子からほとんど上半身を乗り出して目の前へ置かれたディスプレイに顔を近づけながら、祥子は小柄なその体を寝そべらすように机の上へ這う姿勢で語る。


対して、こちらはサイズのぴたりと合った白衣を着て立ち、同一のディスプレイを覗く英吾に向かって。


「なーんて言ってみたものの、実はもうあの人ならそろそろ求めていた『解』に至ってるだろうと、お腹の中では確信してたりするんですがねー。英吾さんもそうなんじゃありません? お互いクセの強い、似たもの同士。まとめ役の博和さんには苦労をかけたもの同士として、共感してもらえてるじゃないかって期待してるんですがー?」

「さて……わたくしには分かりかねます。特に、貴女から似たもの同士と呼ばれる所以が。知っている限り、貴女とわたくしとの共通点は帰国子女であるという点くらいしか無いはずでは?」

「それ、本気で言ってるんだとしても、ジョークで言ってるんだとしても、いずれにしろ相変わらずセンスの無い受け答えですねー……いや、期待通りなのは確かなんですが、悪いほうの意味でっていうのが多少、残念というか……」

「それを言うなら、不愉快なのはこちらも同様であると申し上げておきましょう。とりわけ、そうして思ってもいない嘘を、そうやってもっともらしく、かつ平気で吐くような方から言われるのは、甚だ心外の極みです。そうでなくとも、元より歪んだ性格はお互い様でしょうに」

「あらら、僕みたいな頑是無がんぜない子供に向かって、そんな大人気無おとなげなくひどい言い方しなくても……けど、『お互い様』って言い回しが出たってことは、少なくとも『似たもの同士』だっていうのは認めてくれたわけですか?」

「わたくしの学んできた日本語が正しければ、頑是無い子供というのはそんな他人の神経に障る、揚げ足取りの言葉遊びをしたりする人間をしては使わないはずと記憶していますが? ともあれ、貴女のような方を表すには不適当であろう言葉なのは間違いありません。注意しておきますがこれ以上、無意味なおしゃべりで時間を浪費する気でしたら、わたくしはもう会話を切り上げさせていただきますよ」

「はいはい、分かりました。では御望みどおり、退屈な本題へ移りましょう。ほんと、退屈なんですが……」


無感情な中にもはっきり機嫌の悪さを漂わせて受け答える英吾の態度へ屈してか、ようやく祥子は話を本筋に切り替えた。


途端、それまでの軽薄な口調を控えめに、少しく真面目な調子へと変える。


まるで英吾の希望する話の内容へ、その態度を努めてわせるように。


「さて、英吾さんも恐らくもう知ってるとは思いますが、およそ5時間ほど前から歩美さんとのコンタクトがまったく取れなくなってます。昨日の夜半以降、消息が掴めなくなった主任……文明さんに続いて、です」

「……仰るとおり、存じ上げております。わたくしのほうも自前で思いつく連絡手段はすべて試しましたが、どれも応答無し。ここまではお互い、予想通りというわけですか」

「まさしく。そしてつい2時間前、今度は【eNDLeSS・BaBeL】のサブ・サーバが一斉にダウンしました。13あるアメリカのサブ・サーバが一斉に。念のため先ほどから今まで数度、アクセスを試みて再度の確認をしてみましたが、やはり……」


そこまで言って祥子はわざと口を止め、椅子をキャスターに任せて我が身ごと横へずらすや、すいと右手を差し伸べて机に鎮座するディスプレイを見えやすいよう英吾の正面に晒す。


ただ眩しいほど白く、何も映し出されていない画面をしっかと目にして微か、眉を寄せる英吾の様子を窺いながら。


そして改め、言葉を継ぐ。


「通常、メイン・サーバとは直接の接続をすることのない、ゲーム用とは異なり、単なる研究用であるサブ・サーバ……当然、過剰なアクセス負荷がかかるはすは無いですから、これはもう確実に我らが雇い主の仕業ってことで決まりでしょう。人も、物も、それらに付随する情報も、一挙に証拠隠滅へ動き出したってことですね、きっと。メイン・サーバの中にも少なからず彼らにとって不都合なデータが残ってますけど、サブ・サーバの中身と違って明確に何者かとの繋がりを示すような内容は無いんで、もしその内容が表沙汰になって多少、騒がれたとしても『またいつもの、胡散臭い話が好きな連中の喰い付く(アメリカ陰謀説)とかだろ?』って感じで、スルーされるだろうと読んで、いたずらに自分たちから騒ぎを大きくしないようにとの措置……かな?」

「……事実、世間一般にそうした風潮があるのを、あちらも分かってやっているというわけですか。風化、もしくは都市伝説化……どちらにせよ、真実には誰の目も向くことは無い、と。そんなところで間違いはないでしょう。いずれにせよ我々は静かに最期の時を待てばよい、と」

「そんな感じですね。予想通り、正規のサブ・サーバは残らず潰されちゃいましたけど、この時点になってまでもまだ肝心のサクラメント・サーバがダウンしていないところから見て、一番重要な私設サーバの所在は連中にも割り出せなかったと考えていい。後顧の憂いは一切無く、安心して死ねますよ」


もし傍で見聞きする者がいたならば、他人事ならいざ知らず、自分たち自身の先行きに関するあまりに穏やかではない話題を、信じられぬほど冷静に語り合う彼らの姿へ、その正気を疑う人間も多くいただろう。


どこか現実感の希薄な、どことなくただ空恐ろしい場の雰囲気……空気感だけでも、ことの異常さを察して寒気を覚える者とて、いたかもしれない。


が、現実には客観するものはいない。


だからというわけでもなかろうが、英吾はひそめた眉をそのままに、なお祥子へと言葉を向けた。


「にしても、機械方面ハードウェアに関しては貴女が我々の中では最も強いということで私設サーバについて完全、任せきりとしていましたが、何度と聞いてもそのサーバ名は悪ふざけが過ぎますね……」

「はて、そりゃまたどっちの意味でです? カリフォルニア州にあるわけでもないのにサクラメントっていう点について? はたまた言葉としての意味そのもの?」

「……意味についてに決まっているでしょう。知る限り、誰よりも心底から神の存在など信じていない、生粋の無神論者にして唯物論者、そんな貴女が【SaCRaMeNTo(神の恩寵に与る聖餐)】? 笑えませんね。一体どういう含みがあってのネーミングですか? それとも、お得意のいつものナンセンスジョーク? もしくは、ひどく性質タチの悪い皮肉?」


机から離れた椅子を回し、少しばかり斜の体勢で見つめ合う祥子の問いに同様、問いで返す英吾の探るような瞳を覗きつつ、祥子は鹿爪らしい顔を続ける彼の心中と思考を思い、


「そりゃ決まってるでしょ? わざわざいわなくちゃ本当に分かりません? そんなの当然」


言って、ニタリといびつな笑みを浮かべるや、


「……両方、ですよ」


答え、いやらしく細めた双眸で英吾を流し目に見、悪戯っぽく小首を傾げてなお口角を上げ、笑った。


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