WiLL NoW ReBooT/[PRoGReSS RaTe]: 73%
「で、ひどく月並みな質問をして申し訳ありませんけど、お加減のほうはいかが? 彩香さん」
うっすらとした圧迫感を覚える狭い個室の病室内。
リクライニングベッドを立てて上半身を起こし、わずかに眉をしかめながら右手でしきり、右のこめかみをさするパジャマ姿の彩香へ向かい、白衣の女性が声を掛ける。
(堂島歩美)と記名され、首から提げられたIDカードに張られた写真と同じ、落ち着いた顔を晒して。
「……部分的な頭痛……それと若干、目の前がぼやけて見えるような感じだ……」
それへ対し、彩香は一瞥もくれずにさも不機嫌そうな声音で答える。
が、歩美は穏やかな態度を変えることなく、
「どちらも【D.N.N.D】埋設手術後にはよくある症状ね。個人差はありますけど、おおむね一週間ほどでそうした支障は無くなりますわ。その点に関しては、まず大丈夫よ。よほど運が悪くなければ大丈夫」
聞きようによっては事務的にも聞こえる調子でさらに解答を付け加え、
「ただし解諾は術式前に終えているから了解はしているでしょうけど、手術の成功がイコールで術後の経過を保障するわけではないわ。機能予後についても生命予後についても、実際に時間が経過してみなければ分からないことは多いの。何せ、【D.N.N.D】の埋設は手術症例数こそ揃っているものの、まだ年単位での経過観察例は数えるほどしかない。つまり、これから先どうなるかについては嫌でも運の要素が絡んでしまう。まあ、気の持ちようでどうこうなるわけでもないけれど、それなり覚悟は持っておくべきね」
「そうしつこく繰り返されなくても、もう充分に理解しているさ。その程度の危険性はな。でなければ、わざわざプライベートで【eNDLeSS・BaBeL】をプレイしたりなんぞしやしない」
「結果、高次脳機能障害を起こして【D.N.N.D】処置を受けざるを得なくなってるんだから、一体貴女ときたら何を考えてるのかしらね。実際、予想はつくけどもう【eNDLeSS・BaBeL】関連への捜査は打ち切りになっているはずでしょう。違う?」
「ああ……その通り。先月時点で直接の上司に伝えられたよ。ご丁寧に、上層部からの厳命だってことまで念押しされて」
「だとすればなおのこと、ここまでする執念には敬服するわ。ほんと、学生時代からの友人として、貴女のそういう病的な探究心が変わっていなくて嬉しく思ってるの。お互い、今や立場こそ異なりはしたけれど、ひとつのことを究極まで探求しようとする部分……欲望し、渇望する点は共通しているから」
「……それは……それで褒めてるつもりか?」
「ええ、少なくとも私はそのつもり。貴女の行動力へ対する心からの賞賛。ちょっと羨ましくすら感じているのよ? その、破滅をも厭わない探究心の強さにはね」
「やはり……どうにも、お前の言葉は褒め言葉として聞けないな。今は特に……出来ればこんな、お互い対立する立場へ身を置いた状況で再会なんぞしたくなかったと思えばこそ、なおさらに……」
「私が犯罪者で、貴女が法の番人……そんな対極のような構図だと言いたい? 貴女の目からしたら今の私たちの関係は、そうまで相容れないものだと?」
「……」
何故だか機嫌も良さげ、歩美がそう問うのへ彩香はさも訝しそうな顔をして口を閉ざす。
それは歩美への発言に対してというより、価値観の差異については決して短くはない付き合いから察しながら、性分として得心しきれぬ、自身の狭量への自戒から。
しかし、当の歩美のほうはといえば。
すべてを把握したうえでそんな彩香を優しく見つめていた視線をふと、羽目殺しのガラス窓の外に向け、澄んだ晴天の空へ浮かぶ薄雲を見遣り、不要に己を責める友人の思考を逸らす意図を含めて唐突、語り出した。
「正直、信じてもらえないとは思うけど……個人的な心情で言えば、私は貴女に助力したい。でも残念ながら私の立場で得られる情報は、恐らく貴女の望んでいるような情報ではない。犯罪や違法行為の証拠となるようなもの……そういったものを貴女は欲しているんでしょうけれど、悲しいかな私は単なる科学者であり、研究者でしかないの。だから知りえる情報はひどく専門的で、限定的な範囲に限られる。実質、貴女の役に立とうとしてもそれは無理なこと。どうやったってこればかりは覆せない事実よ。ただ……」
一拍を置いた歩美の沈黙に純粋、どうかしたのかと思わず顔を上げた彩香の目が彼女を捉えたと同時。
「暇潰しにはなるって程度の話ぐらいだったらしてあげられるわ。結果そこから何かしら、貴女が本当に必要としている情報のヒントを得られるかもしれない……といった可能性も含めてね。そう、寝ているだけよりはマシな、時間潰しの話題。最低限、貴女の興味を引けるだろう話題」
再度、切り出して語り始めるや一時、離していたその視線をベッド上の彩香へと戻し、改め。
「この病室が盗聴されているということについて。近いうち、私は他の研究員たちと一緒に始末されるだろうことについて。そして」
さらりと言い継ぎ、最後。
「先般、亡くなった二条主任が雇い主の意向を無視し、計画終了後もなお続けていた独自の研究……その内容について」
突然、何を言い出すのかとばかり、驚きと空恐ろしさに一足早く、皿の如く見開かれた彩香の瞳を見つめ返し、歩美は厭世的な微笑を作るや、自分で切り出したもののこれは想像以上、長い話になるなと思ってやおら、静かに深く息を吸い込んだ。




