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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
47/75

WiLL NoW ReBooT/[PRoGReSS RaTe]: 72%

「……【DuSK KiNG】?」

「そう、【DuSK KiNG】。【eNDLeSS・BaBeL】……ゲーム内における管理者としての私の名だ」


整然とPCへ繋がれた大型ディスプレイの配された机の並ぶ、明るく広い室内の一角。


外は夜の帳がとうに下り、星の無い曇った黒い空と対比するよう輝く窓の下で賑わう街並みを見つめていた首を返し、眉を上げた英也が疑問のように聞いた言葉を繰り返すと、数歩と離れていない机から引き出した椅子に腰掛けた文明は、手に持ったタブレットPCの画面から目も離さず、事務的な調子で答える。


その態度自体はまるで無関心といった風で、実際、英也の目にもそう映ったが、そこから間を置かず語られた言葉により、決してこれが彼にとって興味の外にある事柄で無いことを知らしめた。


「ちなみに察しは付くと思うが、何も私だけじゃあないぞ? 他の連中もそれぞれ管理者アカウントへは妙な名前を付けられている。愛想無しな野上の小僧は【NooN JaCK】。慇懃だが腹の底が読めん堂島は【DaWN QueeN】。神童だか天才だか知らんが、何かと人を食ったような態度を取るのが気に喰わん名田部の小娘は【NiGHT JoKeR】。ご丁寧に、それぞれが日の経過を表していると同時、頭文字が実際の名と合わせられている。まったく、無駄なことに労力を割くのが好きな男だとは分かっていたつもりだったが、これほどまでとは思わなかったよ」

「ふむ……ですが、なかなかに面白い。亡くなった二条元主任を除く、現主任の大道さんたち四人をトランプの絵札へなぞられたわけですか。しかし普通、トランプを題材として4通りに区別するなら、絵札じゃなくスペードやクラブなどのスートを使うでしょうに、わざわざ絵札で……というのが特に面白い。しかも全員、頭文字を実名と同じにするとは、手が込んでる。さすが物がゲームなだけに、そこは遊び心ってやつですか?」

「知らんよ。それこそ死んだ二条へ直接、聞かん限りな。とはいえ、こんな下らんアイディアを提案し、勝手に開発部へ通してしまうようなやつの考えなぞ、直に聞いたところで私の理解が及ぶとは到底、思えんがね」


我ながら俗な好奇心だと自覚しつつ問う英也へ、だがやはり文明の対応は実際の心情をまるきり示さず、ただぶっきらぼうな言動と振る舞いのまま、急に眺めていた手へ持ったタブレットPCを差し出す。


それを自然に受け取りながら、一旦は上げた眉をひそめ、英也は苦笑混じりの感想を漏らした。


言外、それはこちらの台詞だとでも言わんばかりに。


「……に、しても相変わらず貴方がたときたら、いっそ清々しいほどにドライですね。仕事上の付き合いでしかないとはいえ、それでも長く同じ研究をしていた仲間の死を、さも日常の出来事程度といった調子で平然と話すんですから……」

「単純な価値観の相違だな。私たち研究者は……とりわけ、『本物』の研究者は求める答えを得るためなら自らを含めたすべてを投げ出せる生き物だ。無論、この考えに同調しない、世間一般で言うところの『まっとう』な研究者も数多くいるが、私から言わせればそんな連中は単なる理想主義者……夢想家の類でしかない」


答えつつ、渡されたタブレットPCに視線を滑らす英也へ対し、椅子に深く背もたれた文明は、微塵も相手の理解を期待していない嘆息を吐くや、さらに言葉を継ぐ。


「大体、世界の裏側に生きる君なら当然、知っているはずだろう? というより、これは秘密でもなんでもない公然の事実のはずだが……第二次大戦後、医療技術が飛躍的に進歩した理由……あらゆる意図の、あらゆる種類の、無数の人体実験記録が一気に世界中へ流出したこと……だというのに、その事実を誰もが見ようともせず、知ろうともせず、まさに恣意的としか言いようの無い思考のすり替えで無視し続けている。時に、同じ研究者の立場を名乗る人間の中にも、そういった倫理や良心を語る手合いがいたりするが、本当に不愉快だよ。ただし、もちろん持論としてそれを語ること自体は個人の自由だ。好きに語るといい。言論の自由に関してまで、私もケチをつける気は無い。しかし、上っ面の綺麗ごとをさも当たり前だとばかりに押し付けられても、現に自分たちが享受している様々な技術が、そうした無意味な精神活動へ囚われなかった人間たちと、その犠牲となった人間たちが成し遂げた成果であるということから目を逸らしているような人間が吐く言葉なぞ、いくら熱を込めて語られても空々しすぎて聞く気も起きん」

「……」

「ゆえに私の見解を述べさせてもらえば、二条君は単に自らの研究を成し遂げるため、自らを差し出したに過ぎない。何の不思議も無い、ごく自然なトレードオフだ。意味も無く感情を差し挟む余地も必要も無い、極めて自然な結果でしかない。秋に枯葉が落ちるたび、大騒ぎをする人間などいるかね? つまりはそういうことだよ。ニュルンベルク綱領? ヘルシンキ宣言? そんなものはどこまで行っても他人の正義だ。我々の……少なくとも、私の正義じゃない」


いつに無く、饒舌に自分の感情と理性がどうあるのかを話す文明の一言一句を耳へ入れながら、元より反論などする気も無かった英也は、ゆっくりとタブレットの画面に表示された情報へ目を通すのと同時進行で語られた言葉を反芻し、ふっと気を抜くように小さな息を漏らしてからようやく。


「……分かってますとも。少なくとも、分かっている『つもり』です。何せ、こんな計画……より多く敵を殺せる兵士を、より多く作り出す……そんな計画へ加担している時点で、小官に貴方の価値観や感情面をどうこう言う資格はありませんからね。大量殺人鬼を大量生産する計画に加わっておいて今更、倫理だなんだと偽善者を気取るつもりも毛頭ありません。ただ……」


すっかり内容を頭に入れ、預かったタブレットを返却するため、伸ばした腕と共に向けた目線を文明の双眸へと合わせ、


「くれぐれも、暴走だけはしないでくださいよ。すでに我々の雇い主はここまでの成果だけで計画はほぼ完了と考えています。彼らにとって【eNDLeSS・BaBeL】は、あくまでも効率的かつ高量産性を実現した練兵方法でしかありません。亡くなった二条さん含め、皆さんの中にどういった思惑があるのかは知りませんが、いずれにしろ雇い主をたばかるようなことをすれば、間違い無く関係した人間は例外無しで処分されるでしょう。そして、その仕事はほぼ確実に小官へ回ってきます。その辺り、よく考えて……どうか、軽率な行動だけは控えていただきたい……」


まるで名残を惜しむように言葉を切る。


伝えたかったのは、欺瞞と受け止められても仕方の無い良心の呵責。


自分が文明たちを理解できないように、文明にも理解されないであろう、自分の中に芽生えてしまった……文明に言わせれば瑣末な感情と一蹴されそうな、文字通りの情ゆえ、殺すことへの躊躇いと苦痛を回避したいと願う思い。


だが。


結局、英也は直接的に伝えることも出来ず、恐らく額面通りにしか捉えられることのない浅はかな言い回しに終始するや、黙してタブレットを受け取る文明としばし視線を交わせ、ほぼ完璧な予測の付く近い将来の事態を考えながら改めて諦念に満ちた吐息を、音も無く歯噛みした口の端から漏らすと、その場での二人の会話は空しく終わりを告げた。


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