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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
45/75

WiLL NoW ReBooT/[PRoGReSS RaTe]: 40%

「……ところで、さ」


前置きも無く、洋介は背を屈めて顔を近づけたモニター上のウィンドウを見つめつつ、問いを発する。


しかもこれで何度目になるのか、当人である洋介自身すら覚えていない問いを。


いつも通り変わらず、直立不動で椅子に腰掛けた洋介を俯瞰する長身の老人、【DuSK KiNG】へ向かって。


キャップはどこへやったのやら、口を開けたペットボトルの飲み口下辺りを中指と薬指の間で挟み、何とはなしに揺れる容器の中で、半分ほどになった水がチャプチャプと音を鳴らす。


「もしかしたら前に一度、聞いた話かもだけど……そうだったら俺の記憶力もそろそろやばいってだけのこと。そして、そうでなく本当に始めてする話だとしたら、長い付き合いなのに今更にもほどがある話だけど……」


口を除き、あたかもそうしたポーズとして作られた人形のように動かず、ただおぼろげに。


「今の……【DuSK KiNG】って、管理者としての名前を名乗る以前の、まっとうな人間だったころに一度、殺されてるんだろ? 自分の雇い主にさ。それって心情的にどうなんだ? まんまトカゲの尻尾切りで始末されて、その辺り腹が立ったり……はっきり言えば復讐心? みたいなものを抱いたりとか、そういうのはおたくらには無いのか?」


問われ、一瞬【DuSK KiNG】は丸まった洋介の背中へ固定していた視線を外して露の間、薄闇の広がる天井にその目を移したが、数秒と経たずに見上げた顔をすぐさま下ろし、


「無いな」


無感情に答えた。


「そも、これだけ大規模な人体実験に係わっておいて、自分の命をどうこうされた程度のことで何か文句を言えるような立場に我々がいると思うかね? また、もし仮にそこを棚上げしたとしても、他の連中はどうあれ、少なくとも私は他人の命にも自分の命にも感傷を覚えたりはせんよ。単に、私を殺した者は私を殺す必要があったから私を殺した。そして私も、雇い主たちが勝手に満足してしまった不完全な研究を完成させるため、それに必要だからという理由で数多の人間を殺している。今もなお、な。そこには目的達成のための意思があるだけで、不必要な情動の類は存在しない。非常に論理的だ」

「……なるほど、確かに論理的だよ。正直、自分がおたくらとはここまで人間としての根本的価値観が違うってことに、堪らずゾッとしちまうくらい……」


言いつつも、洋介は身じろぎひとつせず、表情にも語る口調にも感情らしき感情など表さず、モニターに視覚を這わせたまま、淡々として言葉を吐く。


「それがむしろ正常というものだろう。私が言うのもなんだが、我々のような人種と、君らのような……そう、君の言い方を拝借するなら、『まっとうな人間』とでは、物の見方も捉え方も違いすぎる。そして君はこの世界で生き抜くため、意図的に狂おうと努力しているのも分かっている。元から狂っている私から見ても、それがどれだけ困難なことであるかはそれなり理解できているつもりだが……お互い目的は異なれど、生きるだけでも苦労だな。まったく……」

「望んでやってる苦労さ。仕方ない。何せ俺はおたくらと違って、まだ死にたくない。これは紛うこと無き本音だ。好奇心や探究心より生存本能が先行する、極めて普通の人間でしかないんだよ。だから狂って助かれるもんなら、いくらだって狂ってやる。それで結果、自分の言った『まっとうな人間』ってえやつから逸脱することになっちまったとしても……ね」

「君も君で、よくよく業の深いことだ……が、それゆえに人間らしくもある。つまるところ、どこまで行っても結局は人間、というわけか。そこもまた、なかなかに興味深いな」

「人間らしい……か。本当ならそう思われ、言われることを嬉しく感じるべきなんだろうけど……」


そこまで。言って洋介は刹那、口を止めた。


それはほんの数秒。


固まったように変わらぬ姿勢でモニターを睨みつけていたその双眸を、チェックし続けていた【NooN JaCK】と【DaWN QueeN】のパラメーターのうち、【NooN JaCK】に起きた極めて些細な数値の変化へ反応して大きく見開くや、しばし数値の変動を冷静に確認し終えて後、再び口を開く。


「……今は、今に限っては……その人間らしさってやつがひどく邪魔で面倒なものに感じるよ。だって本来、この状況は……」


動く口元には笑みを浮かべながら、何故か吐き出される声音はどこか苦しげな響きを帯び、また寸刻。


「待ちに待った絶好の……そう、好機そのもの……だってのに……ああ、くそっっ!!」


間を空けて即座、苛立ちも露わに吼えて途端、持っていたペットボトルを床へと落とし、空いた両の手を自身の顔に叩きつけると、


「とっくに捨てたはずだろ……下らない情けなんて……綺麗ごとなら、自分がまず生き延びてから考えろ……」


ブヅブヅとささやきの如く独りごち、顔を乱暴に覆った自らの手指の隙間から歪んで細めた瞳を再度、モニターへと向け、


一息、短くも震える息を漏らし、


「……そうさ、別にこれが始めてってわけでもない……切り替えろ……今度も終わらせるぞ……とっとと、あの寝ぼけた連中の息の根を止めて……」


覚悟が済んだのか、別人のように落ち着き、静かな調子でそう語る洋介へ、背後に控えた【DuSK KiNG】は答えるでもなく、うなずくでもなく、ただ、


そっと両目を閉じ、これから継がれるであろう種々の命令を想像し、ほどなく訪れることになる勝利を確信して微か、消えゆく敵の姿を思って口元を緩め、儚げな薄い溜め息を吐いた。


足元へ転がり来たペットボトルの、横たわった口から流れ出す水に靴と床を濡らされつつ、その様に、


倒れ伏し、赤い血を流して息絶えてゆく人々を重ね合わせる自分の想像力に度し難い業を思い、空疎な憫笑を心の内へ湛えながら。

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