DaTa FiLe [RooT 17]
「思考の方向性……もしくはもっと人間的な言い方をすれば、心のありようだとか、精神の働きとでも言うのかな? そういったものって常時、定まることなく変化してはいるけど、面白いことに本質の部分は決して変わらなかったりするんだよね。そして、だからこそ完全ではないまでも、かなり正確な予測ができる」
通信を終えたモニターの前へ静かに座ったまま、背後に控えた【DuSK KiNG】を振り返りもせず、洋介は緩く合わせた両手を顔の前へ配し、手持ち無沙汰のようにそんな手のひらから伸ばし合わせた左右の親指へ、自分の顎を突き当てながら語る。
普段のように何がしか含むところを感じさせるような感情は表すことなく、極めて中性的な調子で。
「よく、『諦める』って言葉を使う人間がいるだろ? けどさ、実際にそう口で言うほど『諦める』なんてことが軽々しく出来るものだろうかね。そう安易に呑み込めるものかね」
「さて、な。私は精神学者ではないから分からんとしか言えんよ。まあ、それでも強いて言うとすれば、(出来るものもいる)かもしれないし、(出来ないものもいる)かもしれない……といった曖昧な答えぐらいか」
「いや、むしろ答えとしてはそれで合ってる。さすがだね、ほぼ満点に近い回答だよ。そう、順序だった論理とは違って、情緒や情動とかいうのは何かと不確定要素が多い。だからその答えで基本、正しい。けど、俺が言おうとしてるのはさらにそれの一歩先の部分。不安定なことこの上ないはずの感情的思考の規則性、精神理念の芯とか、そういった感じの……ちょっと抽象的な部分に関しての話さ」
自分の背後に立ち、直立したまま動かず、自分と同じく通信の途絶えたモニターをただ見つめながら出した【DuSK KiNG】の答えに、洋介は素直な感心を交えつつ、さらに言葉を継いでゆく。
「例えば同じ諦めるっていう行為にも、実は個人差があって、大雑把な分け方をすると、(心に受け入れている状態)なのか、(心を押し殺している状態)なのかの二通りがある。受け入れてるなら別段、何も問題は無い。それは良くも悪くも自分の思想や価値観を捨てて、文字通りに諦めているわけだからね。その時点でもう折り合いはついているから、精神に葛藤は生じない。けど、押し殺している場合は別だ。何せ、実際は許容できないことを無理に押し殺して納得しようとしてるわけだから、そんなものはただ一時の我慢でしかないんだよ。捨てずに心の隅へ押しやった本音と、得心してないのに通さざるを得ない建前の間で、表面化こそしないまでも常にせめぎ合いが続く。となると自然、どこかのタイミングで限界が来るのさ。そしていざ決壊した時は悲惨だ。本音と建前……つまり、本能と理性とが何ひとつ妥協点を見つけられずに心の内側で互いに争い続けてたら、仕舞いにはまともな思考なんておぼつかなくなる。それどころか、下手すりゃ思考停止するかもな。それぐらい、外見は同じように見えてもその本質……諦めの本質が(受け入れている)のか、それとも(押し殺している)のかで、後々の精神状態がまったく異なっちまうんだよ」
そこまで言い切ったのを聞き届けてから、しばし【DuSK KiNG】は黙して考えると微か、その疑問を発することについて感じた迷いを押さえ込みつつ、
「……それで、あんな回りくどい手を使ったのか? あんな、柄にも無いことをしてまで……」
思った本心を吐露した。
いや、本心の何分の一かだけを、出来る限り短く、出来る限り簡潔に伝えようと口にした。
言うまでも無いが、【DuSK KiNG】自身には洋介との関係へ、つまらない主義主張の違いで亀裂を生む気など毛頭無かった。反論の意味も当然だが無い。
何故なら、王道を好む自分と、勝つという目的に対する手段を機能や効率といった観点でしか選ばぬ徹底した現実主義を貫く洋介との間に、あくまで感覚的でしかないが、それほど大きな性質の相違があるとは思えなかったのである。
長く、傍でその実際的な行動を見続けてきたがゆえの推察とでも言うべきか。
そういった意味で【DuSK KiNG】は誰より洋介の、真実の性格を把握しているつもりでいる。
では、何故なのか。
洋介がこのような手段ばかり用いるのは何故なのか。
それは、彼は誰より、人の心も命の重さも、そして現実も理解しているからだ。
だからこそ、何よりもまず勝つことを優先する。
自分自身が死にたくないというのも本心だろう。
だが、それと同時に他人も望んで死なせたいとは考えていない。
ふと思ったのはそこだった。
他プレイヤーたちは、洋介がどれだけの重圧を受けながら戦っているかを知っているのか。
連中は多くても現在、抱えている兵員は300にも満たない。
それに対し、洋介は常に8000を超える命を預かっている。
これらを維持するだけでも、まともな人間が受け止められる精神的苦痛の範囲を完全に超えている。
それを彼らは知っているのか。
分かっている。知っているはずは無いと。理解などしているはずがないと。
表面上、洋介が装う冷血さを、さも自分たちに都合良く解釈しているに過ぎないだろうと。
それだけに思い、口にした。
本心の何分の一かだけを。
洋介本人が意識しておこなっている(諦め)に水を差さぬよう。
実際、言いたかった言葉を、(正気を保ち続けるため致し方ないのは分かるが、それでも君はあまりにも偽悪的に過ぎやしないか?)という言葉を、考えうる限りに薄めて。
しかし、言いながらも【DuSK KiNG】自身、こんな言葉が洋介にとって如何ほどの慰めにもならないことも分かってもいた。
たとえ、薄めることなく本心のままに伝えたとしても。
ではあるが。
「まあね。いろいろと考えた中でも一番容易で、しかも最小の投資と労力で連中を崩せる手立てだったんだから仕方ない。費用対効果的に、これが最良の手段だったんだよ。ただし、俺が主義を曲げるのはまず、これが最初で最後だね。誓って二度目は無い。何せ、お世辞にも楽しくないからな。殺し合ってる相手とコミュニケーションを取るなんてのは。大体、趣味でもないことしただけで、もう充分に俺は俺を(押し殺し)た。これ以上の負担を追うのはさすがにきつい。それに……」
分かったうえでか、それとも単にどこかで気抜けでもしたのか、不意に語る中へ本音を漏らし、眉根を寄せて苦笑した表情を浮かべた洋介を目にし、【DuSK KiNG】はただ黙って彼の言葉を聞く。
「このうえ、相手に情が移ったりなんかしたら……最悪だろ?」
それでも、救われてほしいと願う。
とうに余裕など有りはしないはずなのに、笑って話を結ぶそんな彼へ、少しでも早く穏やかで緩慢な死か、それとも。
起こるはずの無い奇跡という名の、救いの手が差し伸べられんことをと。




