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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
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2nd TuToRiaL

記憶はあいまいな部分が多い。


それが何のせいなのか、

少なくとも、今は彼にそれを知り得る術は無い。


彼は、

麻宮桂一あさみや けいいちという。


都立松沢高校に通う、高校一年生。


彼には行動すべき理由があった。


小学生時代からの幼馴染、糸田洋介いとだ ようすけが、冬休みを利用して最近話題となっていた【eNDLeSS・BaBeL】というゲームに参加し、目を覚まさなくなった。


無論、自己責任ではある。


【eNDLeSS・BaBeL】はプレイ前に提出する書類の中に特別免責契約が含まれている。


平易に言うと、(ゲームのプレイに際し、プレイヤーに起きるかもしれないあらゆる事故などへの補償は一切おこないません)という内容だ。


だから洋介が目を覚まさないとしても、それについてゲーム会社やその取扱い病院が責任を取る必要は無い。


法律的には現在のところ、そういうことに落ち着く。


だが、


桂一はそのまま納得できるほどお人好しではなかった。


昏睡したまま、ベッドに横たわる自分の古い友人が、少しずつやつれ果てていく様を見るのも辛かったし、何よりそんな洋介へすがるようにして泣いている彼の母親の姿があまりに痛ましかった。


無言でそんな母親をなだめる彼の父親も。

それらをただ泣きながら遠巻きに見ている彼の兄も。


そうした光景を見たからというだけでは理由として不充分だとするなら、無理に付け加えられる要素はひとつ。


好奇心だろう。


果たして、こんな事故は珍しいことなのか。


桂一は自分なりに調べ上げた。


すると見えてくる。知られていなかった真実が。


テレビも、新聞も、ネットですら、ほとんど語られていなかったが、よくよく調べていった結果、【eNDLeSS・BaBeL】でのこうした事故は決して珍しくないことが分かってきた。


ただ相手があまりに大きな企業であるため、スポンサーを失うことを恐れたマスコミ関係各社や、裏ではネット犯罪への貢献が大きいため、コネクションの強い警察も一様にして【eNDLeSS・BaBeL】に関する事故の報道や規制を進めようとしない。


結果的に自己責任の名のもと、世界的な規模でこのような事故が多発しているのに、何の注意喚起もされない。


とあるネットの書き込みでは、こんな表現をしていた。


【STRaY DiVeRストレイ・ダイバー】と。


仮想世界に飛び込んだまま、彷徨って帰れなくなった彼らをそう呼ぶ。


そうしたわずかな情報をいくつも拾い上げつつ、桂一は少しずつ【eNDLeSS・BaBeL】とは何なのかという、極めて根本的な疑問に行き当たる。


何故、こんな危険なゲームが野放しになっているのか。


いや、それよりも、


何故こんな危険なゲームを【NeT TRuDe】は開発したのか。


もちろん、利益のためというのはあるだろう。


が、そこにも疑問が出てくる。


調べ上げた範囲で分かったところでは、【NeT TRuDe】が【eNDLeSS・BaBeL】により得ている利益はほとんど無い。


というより、むしろこの事業は間違い無く赤字のはずなのだ。


曲がりなりにも国からの承認を得、医療機関に特殊な設備を配し、事故が起きることには目を瞑っても、24時間体制でプレイヤーを管理する人件費などは莫大な額である。


なのに、一回のプレイで支払う金額は1時間につき、わずか百円。

プレイ制限時間である15時間フルで遊んだとしても千五百円。


確かに、たびたびプレイするとしたら相当な負担額ではあるが、それと企業の利益率とは別の話だ。


プレイヤーの懐にとってどうかはともかく、おこなっている投資に対して、実入りがまったくと言っていいほど釣り合っていない。


会社組織は利益のために動く。


当然である。


利益を生むために会社となっているのだから、利益を生まない事業は次々に廃してゆくのが自然な動きだ。


にも関わらず、


【eNDLeSS・BaBeL】の運営は【NeT TRuDe】どころか、親会社である【HeCaTe】にまで赤字を垂れ流し続けている。


これは一体、どういうわけか。


不思議に思い、桂一は独自の手段でもって【eNDLeSS・BaBeL】に関し、調べ続けた。


それは学生らしい、草の根的な活動。


ネットで日々、こつこつと【eNDLeSS・BaBeL】の情報を集め、それを自分から拡散し、また集めることの繰り返し。


根気のいる作業であったし、苦労は多かった。


信憑性のある情報を取捨選択するだけでも大変な作業だった。


しかも、これで何かがどうなるという保証も無い。


自分のこうした行為が果たして【eNDLeSS・BaBeL】の真相を究明する行為となるのかと、半ば自身に対してさえ疑問を持ち始めたある日のこと。


ついに変化は訪れる。


ただし、


それは桂一が望んだような変化であったかというと恐らく違う。


それどころか、


彼が予想すらしていなかったほどの、


最悪の変化と言えた。


いや、


彼に限った話ではない。


誰もこのような結果を予期できなかっただろう。


ごくわずかに、


その変化をもたらした当人たち以外には。


真実を求めることは罪ではない。


しかし、


同時に覚悟が必要なのだ。


本物の、純然たる覚悟が。


かつてニーチェは言った。


『真理は醜いもの』と。


真実を求める時、人は覚悟しなければならない。


真実という名の毒に、

真実という名の剣に、

真実という名の魔に、


命を奪われる可能性を。


かつてニーチェは言った。


『怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないよう、気をつけなくてはならない。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』と。


今、この言葉の意味を理解する必要は無い。


何故なら、


彼……桂一の辿るこれからの道が、まさしくこの言葉の意味を示してくれるのだから。


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