DaTa FiLe [RooT 15]
当然ながら桂一は【eNDLeSS・BaBeL】……世間一般のそれではなく、極めて限定的で奇妙な現在のゲームには参加してさほど長いわけではない。むしろ完全な新参と言っていい。
ゆえに、同じタイミングで参加した仲である彩香や英也と基本、ここの状況が飲み込めていない点では共通している。
ただ、差異があるとすれば桂一は彩香や英也らと違い、【eNDLeSS・BaBeL】に関する情報収集の仮定で、純粋にゲームとしての知識もほぼ細大漏らさず頭へ入れていたことだろうか。
当初は単にネット上で情報を集める際、【eNDLeSS・BaBeL】のコアゲーマーと話を合わせるため身に着けただけの知識だったが、結果として今現在まで命を繋げる大きな要因となったことはある意味で皮肉に感じなくも無い。
ともあれ。
途中退席した彩香を除いた三者会談という体の、実質は半ば洋介の独演会は、結果的に有意義と思えば有意義、胸糞が悪いだけだったと思えば胸糞が悪くなっただけという、どうにも複雑な印象を残す形で終了した。
洋介から戒めのように語られた生存猶予期間確保の重要性とその効率的方法。
それに、桂一と英也のふたりへそれぞれ譲渡してきた100時間ずつの生存猶予期間を手土産として。
「で、ひとまずお前に言われたとおり俺は徹頭徹尾、聞き役を貫いたわけだけど、あれで良かったのか?」
「はい、完璧でしたよー。ほんと、桂一さんは聞き分けが良くて助かりますねー。やはり同盟するならこういう素直な相手に限ります。無駄に我が強いのが同盟者だと、僕がやりづらくって敵いませんしー? 何より不必要な労力は払わずに済むならそれに越したこと無いですからー」
気持ち、普段の軽薄さに陰りを感じはするものの、それでもそれなり人を小馬鹿にしたような態度、言動へと戻り、引き上げてきた【BeD RooM】のベッドに、【NiGHT JoKeR】はゆっくりと歩を進めていた。
「……だったら、そろそろ教えろ。何で今回の通信、受けはしても極力、何も発言するなと言ったかの理由を」
そう背後から、いまだ晴れていない疑問について説明するよう不機嫌そうに催促する桂一の問いかけを聞くまでは。
と、首と上体を縦に柔らかく折り曲げ、そのままブリッジでもするのかと思うような体勢で天地逆となった【NiGHT JoKeR】の顔が、目を丸く見開きながら背後の桂一を逆さに捉える。
器用なことに、苦しげな姿勢からは想像もつかない、流暢な口を動かして。
「それ、確認する必要あるんですか? 思うに賢明な桂一さんならもう八割がた分かってるんじゃ?」
「まあ、な。けど何事もとりあえず確認はしたくなるのが人情だ。違うか?」
「なるほど」
自分の問いに対する桂一の答えへ納得してか一言、漏らすように言うや、【NiGHT JoKeR】は改めて上体を起こして振り返り、斜に構えた姿勢で視線を投げつつ、話を続けた。
「理由といっても、ひどく当たり前なことですよ。これまでも何度か話したとおり、【DuSK KiNG】が他の同盟プレイヤーにコンタクトを取ってくるなんてことは前代未聞だったんで、相手がどういった魂胆なのかが分からない以上、とにかく術中にはまることがないよう、リスク回避に努めただけです」
「……リスク回避?」
「モロ自分の感情に振り回されて途中退場した婦警さんを見た時点で察しはついてたでしょ? あれは僕らの感情を刺激することで、元から不完全だった共闘関係を切り崩す算段だったんですよ。ま、それだけが目的ってわけでもないと思いますけど、ひとまず警戒すべき点がそこであったのは間違いありませんでしたので、桂一さんには極力、発言を控えてもらったんです。ああいった状況では、下手な発言……よしんばそれが理性的に聞けば筋の通った意見だとしても、感情が先行した人間相手にはそれだけで充分、不和の元になっちゃいますからね。最悪、痛くも無い腹を探られたうえ、勝手に誤解して勝手に敵対される可能性だってあった。申し訳ないですけどこれ、僕と同盟したプレイヤーの宿命なんであきらめてくださいな」
言われて、桂一は目が覚めたように納得した。
代わりに悪夢のような現実を直視させられたが。
何のことは無い。【NiGHT JoKeR】の言うとおり、とっくに分かっていたことだった。事前知識のある桂一にとっては。
【NiGHT JoKeR】はその固有メリットと固有スキルの特性上、真正面からの戦いよりも搦め手を得意とする。
逆に言うなら、そんな相手と同盟しているプレイヤーからは無条件にすべてを疑われてしまう。
痛くも無い腹とは、つまるところそういう意味だろう。
結局は【NiGHT JoKeR】が言ったそのまま、彩香も英也も心底からは自分を信用できていないということだ。
かといって、自分が同じ立場ならやはり警戒を解けるとは思えない。
まさしく【NiGHT JoKeR】と同盟した時点であきらめておくべき事柄だったというだけの話である。
などと。
改めて己が立ち位置の孤立感を噛み締めていると、
「ただ……いえ、まあこれは考えすぎかもですけど」
なお、【NiGHT JoKeR】は口を動かす。
なにやら、自分で自分の推測に半信半疑といった奇妙な口ぶりで。
「どうも違和感を感じるんですよね……ここは一般の【eNDLeSS・BaBeL】とは違って、プレイヤーエントリーするまでは自分がどの管理者と同盟するか分かりません。から、単なる偶然で済ませてもいいんですが……」
「……?」
「同盟した管理者の性質と、プレイヤーの性質が噛み合ってないんですよ。僕と桂一さんしかり、【DuSK KiNG】と【DuSK KiNG】の同盟プレイヤーしかり。ご存知のとおりで僕はとにかく絡め手が専門です。なのに桂一さんときたら他プレイヤーと共闘してまで真正面からぶつかるような戦い方をする。対して、【DuSK KiNG】は固有メリットも固有スキルも公明正大なものばかり。はっきり言って正面切った戦いでは全管理者の中で最強だと断言していい。ですが、それに反して【DuSK KiNG】の同盟プレイヤーは異常に狡猾な戦い方をする。まるで桂一さんと【DuSK KiNG】の同盟プレイヤー、ちょうど自分の性格とは正反対の管理者と同盟したような……もちろん、わざとそんなことをすることが出来ないのも、する意味が無いのも分かってますから、今のところ単なる不運な偶然ってことにしておきますがね」
なんだか最後まで聞いてみれば、ただの独り言のような内容。
無論、何も思うところが無いとは言わないが、【NiGHT JoKeR】自身の言ったとおり、こちらの【eNDLeSS・BaBeL】には管理者を任意で選べる仕組みではなかった。
少なくとも自分たちは。
だから偶然の一言で済ませてしまうのが一等、都合がいい。
どちらにしても深く考えて答えが出るとも思えないし、仮に答えが出てもそれが何かの足しになるとも思えない。
【NiGHT JoKeR】の受け売りではないが、無駄な労力は割かずに済むならそれに越したことは無い。
思って無理に飲み込むように納得した桂一の目へ、またいつものふざけた調子を取り戻した【NiGHT JoKeR】の不快な笑顔が映る。
まぶたをうっすらと開け、両の口角を上げ、両手の人差し指を天井へ向けてクルクルと回し、またぞろ話題を戻して言葉を吐く姿が。
「というわけで、今は分かりもしないし、分かったところで何か実益があるかも分からない不確定な疑問は置いといて、まず予想できる脅威に、可能性の高い順から対処していくことに専念しましょう。ただし、あくまで僕の予想ですから、桂一さんがもし違うと思うなら無理強いはしません。けど、恐らくこれぐらいしか有り得ないでしょうけど」
「目先の脅威……? そりゃ直接的な攻め手が無い以上、恐らく【DuSK KiNG】の同盟プレイヤーが俺らを放置して少しずつ干上がるのを待つんじゃないかってぐらい考えちゃいるが、脅威ってほどか? 大体、うちの兵力は2しかいないうえ、俺自身の生存猶予期間だってまだ、あいつから譲渡された分を含めれば700時間近くも……」
「足りません。全然」
桂一が発した問いかけの終わりを待たず、【NiGHT JoKeR】は急に毅然とした声音でそう言い、反論を止めさせるや、すぐさま補足の口を開いた。
「確かに直接の攻撃方法が無い以上、向こうが間接的手段に出てくると考えるのは正しいですし、僕もそれで正解だとは思います。が、相手はあの顔無し野郎ですよ? 正攻法が無理となったら迷いも無く奇手を打ってくるマキャベリスト。そんなやつがその程度の浅い手を打ってくるとは考えにくい。間違い無く、もっとろくでもない目論見があると見ていい。そしてそれは多分……【FouR oF a KiND】を狙っているんじゃないかな、と」
取り戻したはずの普段の調子をまたも崩し、まじめな顔でそう述べる【NiGHT JoKeR】だったが、聞いた桂一のほうはといえば、如何にも怪訝な表情を浮かべ、口よりも雄弁に(こいつは何を言っているんだ?)と、見つめる瞳で訴えかける。
が、その反応を見てすら【NiGHT JoKeR】は気にも留めず、まだ話を止めない。
「そんな顔をしなくても言わんとしてることは分かりますよ。一体、【FouR oF a KiND】なんか成立させて、あいつに何の得があるのかって、思うのは当然です。それにもし、僕の推理が正しかったとしても
【DuSK KiNG】の同盟プレイヤーが【FouR oF a KiND】を成立させるためには桂一さんと彩香さん、英也さんからそれぞれ同一階層をひとつずつ奪う必要がある。でも三人が三人、ひとつ残らず所有階層を破棄してる現状ではどう考えたってそんなのは不可能……と、言いたいですが、まあ手は無いわけじゃないんですけども……」
そこまで言い、わざと間を空けて向けてくる【NiGHT JoKeR】の視線に明らか、思案を読み取らせんとする意企が混じったのを感じ、桂一は何か試されているような不快感を抱きつつも、そこは素直に自らの知識から答えをつぶやいた。
「……【CeSSioN(割譲)】だろ?」
「ご名答」
そして、望みどおりの答えを桂一が口にした途端、【NiGHT JoKeR】は短く希薄な感嘆を挟んでやにわに、仔細な説明を開始する。
「その感じからして僕がわざわざ言わなくても知ってるとは思いますが【DuSK KiNG】同盟プレイヤーの固有スキル、【CeSSioN】の実行に必要なコストは240時間。まあこれは【DuSK KiNG】同盟プレイヤーの生存猶予期間からすればさほど難しいコストじゃない。ですが、問題なのはその他の使用条件。桂一さんに使わせた【DeCeiVe】でさえかなりの難度でしたが、【CeSSioN】の使用条件に比べれば簡単なものです。何せ正規プレイヤーの生存猶予期間は当人の意思で誰にでも譲渡可能ですからね。確たる計画と度胸さえあれば残り生存猶予期間1時間以下でなければならないっていう条件は不可能というほどの難度じゃありません。けど、【CeSSioN】はそうはいきません。これの使用条件は『彼我の兵力差が40倍以上』であること。現在、彩香さんの保有兵力は249。英也さんは212。仮に【DuSK KiNG】同盟プレイヤーが保持限界兵力である8192まで兵数を回復させても、英也さんですら40倍となると8480いなければ成立しない。つまり、まず戦闘自体ができない今の状態では、こちらが兵たちの生存猶予期間に気をつけていさえすれば兵数が減ることはないから向こうも【CeSSioN】の実行はまず不可能。一応、こちらは手駒がふたつしかないので実行されてしまったら防ぎようはないですけど、そもそも同一四種4階層を揃えないと発動しませんから、僕らのとこが取られたとしてもまだ残り2つ。まともにやっていればまず無理。なので基本的には気にする必要は無いでしょうね」
「……なら、なんでいちいちそんなことを話す?」
「言ったでしょ? 『基本的には』って」
当然ながら投げられた桂一の疑問。
だが【NiGHT JoKeR】は。
「桂一さん自身、やっているから分かるでしょうけど、奇手っていうのは『まさかそれをやるはずがない』っていうものだからこそ通用するんです。つまり、この基本的には気にする必要が無いと感じるところが逆に怪しいんですよ。でなくとも今は相手の出方が分からない状況である以上は、どれだけ用心してもやりすぎってことはない。その辺も合わせ考えれば、桂一さんには最低でも生存猶予期間2000時間オーバーの状態をキープしてもらいたいと思ってます。現時点、無理に設定できる不確定な安全域でしかないですが、あんまり高望みをして桂一さんのメンタルが折れちゃっても困りますし、本末転倒は避けた堅実なノルマで地道にいきましょう」
ことの重要さ、重大さ、危険性など微塵も感じ取らせぬ軽薄な口調で答え、それから仕舞い。
「あ、ちなみにですが」
さも、その場で始めて思いついたかのような素振りでわざとらしく。
「このことは彩香さんや英也さんにはくれぐれも内密に。というより、ふたりへこちらから連絡を取るのは当分の間、控えたほうがいいですよ」
ことさら鹿爪らしくした顔をさらに引き締め、
「さっきも言ったように、今は下手な話題を振ると地雷を踏みかねません。特に今の彩香さんは雷管が剥き出しみたいな状態ですから絶対に触れるべきじゃありません。もしもちゃんと説明しようと思ったら、生存猶予期間稼ぎの方途を避けて話すことなんて出来ませんので、もうその時点でまず要らざる不興を買う羽目になるのは目に見えてますからね。雉も鳴かずば撃たれまいっていうでしょ? 今がまさにそれです。どうあっても敵対せざるを得ない状況とかなら仕方ありませんけど、それ以外の状況なら極力、こっちから敵を作らないというのは長生きするための必須条件。それでも、どうしても話がしたいというなら、せめてある程度時間を空けて、向こうの頭が冷えた頃合いを見計らってからにしてください。もちろん、これも最終的には桂一さん自身の判断に任せますが……」
台詞とは裏腹な、厳命のようにすら感じさせる厳しい雰囲気を漂わせ話し終えるや、ふいと桂一に背を晒し、ベッドへと向かう歩みを再開した。




