DaTa FiLe [RooT 14]
そこからの洋介の話は、聞くものによって極端に受け止め方の異なるであろう内容ではあったものの、その話が極めて現実的であったことと、事務的とまではいかず、ただ感情を抑制しているといった洋介のしゃべり口調が聞き手に徹する桂一、彩香、英也らの無駄な神経への障りを抑え、おおむね落ち着いた調子で進んでいった。
無論のこと、最後までそんな状態が持続するほど、全員の総意が統一されていたわけではなかったが。
『これは極論とかそういうんじゃあなく、このゲームのシステム的に考えると必然なんだよ。ある程度まとまった兵員を雇って体制を作っちゃうと自然、それを維持するのには大なり小なりの手間と資源が必要になる。実際の軍隊もそうだろ? 単にここでは給料や糧食の代わりに兵を維持するための資源が(兵員用生存猶予期間)へ変わっただけ。ま、それの獲得方法がひどく野蛮で原始的なのは認めるけどね』
『……さすがにもう軍人扱いされるのには慣れたが……しかし、正しくはある。もちろんまだ全面的にとは言えないが、少なくともここまでの説明自体は……な』
否定はしこそすれ、事実としてこの中では最も軍事についての造詣が深い英也は、話の中に矛盾点さえ無ければ基本、淡々と説明へ相槌を打つ。
その様子を、不愉快な表情も剥き出しに隠しもせず、睨み付けるような目つきで嘱目する彩香へ気づきつつも。
自分を抑える意味からなのか、口元を右手で覆い、椅子の背もたれへ寄りかかった上体から首だけをわずかに立ててモニターを直視するその姿が意味するところを知りながら、あえて無視するように。
『これまでの話や経験で、もしかするともう気づいてるかもだけど、実は俺ら正規プレイヤーの生存猶予期間は兵員たちのそれに比べれば減る機会は多い代わりに増やせる機会が相当優遇されてる。というか、普通にやってれば正規プレイヤーは自分の生存猶予期間が少なくて心配するのなんて序盤だけなんだ。手順を覚えて安定してくると、よほどのことでもない限り正規プレイヤーが生存猶予期間切れを起こす状況はまずありえない。例外といったら、おたくらがやってきた捨て身の連係攻撃をバカ正直に喰らったりした場合ぐらいだね。ただし逆を言うなら、あんな奇抜なことでもされるか、よっぽど間抜けな行動でも繰り返さなけりゃ、正規プレイヤーという立場は安定さえさせればほとんどセーフティーゾーンみたいな立ち位置なのさ。死んだり消えたりは非正規のクズプレイヤーかプレイヤーデータがメイン。何せ消耗品だからな、あいつらは』
この最後の台詞には英也ですら一瞬、眉をひそめたが、彩香の反応はただ静かに目を閉じるだけであったのがよりその内面の揺らぎを推し量らせ、英也も桂一も共に重たくなってゆく場の空気に嫌な汗が肌へ滲んだ。
が、洋介だけは姿こそ見えないものの、声音に微塵の変化も感じさせず、なお話を続ける。
『とはいえ、同じ消耗品でも価値は同等じゃない。使える駒と使えない駒とじゃあ同価値なわけないのは分かるだろ? ただし囲っている兵員が多いと……おたくら200台でも苦労だろうが、俺なんか常にほぼ8000オーバーだ。それぞれを細かく精査して把握なんかしちゃあいられない。なんで、基本は新兵と古参兵といった感じで差別化するのさ。分かりやすい例を挙げれば今回、【NooN JaCK】と【DaWN QueeN】んとことやり合って生き残った連中は他のとは区別して優遇するつもりだよ。正直、機会が少ないだけに銃火器相手で戦った経験を持ってる手駒は貴重だからね。もちろん、修羅場をかいくぐった駒が必ずしも優秀な駒になる保障は無いけど、未経験の新兵よりかは活躍や成長が期待できるってのは確かだし、そういった辺りはそれなり適当でやるのがいいと思うよ。あまり細かく把握して扱おうとすると労力が半端じゃないから、長くやっていくならそういう不必要な労力は上手く避けていくのがベターだろうね。先に言ったとおり所詮、兵は消耗品だってこと。そこらへんさえ認識してれば、これから説明する【NeuTRaL FLooR】での生存猶予期間稼ぎの効率化についても早く理解してもらえるんじゃないかな?』
『それは……どういう意味でだ?』
『そのままの意味だよ。雇用した兵は正規プレイヤーの消耗品。そして【NeuTRaL FLooR】に転がってる連中は、俺らに雇用されるまではすでに雇用してる兵たちの消耗品。食物連鎖に似たヒエラルキーさね。そこの辺りの価値基準をしっかり念頭に置いとかないと、大の虫を生かして小の虫を殺すっていうこのゲームの基本スタンスを見失いかねないから気をつけなってこと。別に難しい話じゃあないさ』
そこまで。
洋介の話が一旦、途切れるか途切れないかとなった刹那。
まるで踏み抜くように床を蹴る音と、派手に椅子のスプリングが軋む音とが全員のスピーカーへと耳障りに響いたと思うや、
「……もう、充分だ」
はたとしてモニターの中で視点を変えた桂一と英也の視界には、もはや完全に離席し、モニターへ背を向けて立つ格好で彩香は言葉を発し、そして継いだ。
「これ以上、人を人とも思わん輩の話に私の耳を貸す気は無い。悪いがここで退出させてもらう」
声のトーンこそ落ち着いて聞こえるものの、すでに椅子の脇を抜けて退室しようとしている後姿は、モニターから遠ざかったせいでより影を帯びて不明瞭になりつつも、隠しおおせず漏れ出す背筋の陰鬱な怒気が、何とて語らずとも彩香の現在の心境を如実に映し出している。
ゆえに、桂一も英也もそんな彼女へかける言葉など思い浮かぶわけもなく、ただ呆然と見送るより無かった。
だが。
『ちょっと待った』
微塵もそれら、剣呑たる空気を気にもかけず、洋介は彩香の背中へ向かい、声をかける。
『最後にひとつだけ質問させてくれないか? おたくは人の命ってやつが誰しも平等だと思っている手合いかい? それとも、人の命はそれぞれ価値が異なると考えるかい?』
これへ一瞬、後方の闇へと消え行こうとしていた彩香は足を止めると、
「……人の命に価値の優劣は無い。すべての命は平等……それが私の考えだ」
即答した。
と。
『了解だよ。悪かったね呼び止めて。じゃ、あとはこれを受け取っといてくれ』
すぐさまそう返し、洋介は続け、
『【DuSK KiNG】同盟プレイヤー・【NooN JaCK】同盟プレイヤーに生存猶予期間50時間を譲渡。実行』
よどみも無く言い終えるや、事態が飲み込めずに驚き、思わずモニターへ振り返った彩香の左手が薄闇の中で光る。
しかし、彩香はそんな己の手には目もくれず、ただ一言、問うた。
「……何のつもりだ?」
『ご祝儀さ。途中までとはいえ、俺の話に付き合ってくれたことと、最後の質問に答えてくれたことへのね。そう、少しばかりのご祝儀。単なる、ご祝儀だよ』
どこか、声音の内に嘲笑のような響きを感じ、彩香はさらに感情を掻き乱されたが、もはや問いや答えを続ける限りこの不快な状況から逃れられないと悟り、去り際に一言だけ、
「……【NooN JaCK】……すまんが、通信を切っておいてくれ……」
それだけ言い残し、再び体を退室するためドアへと向ける。
すると、ほぼ間を置かず【NooN JaCK】は小さくうなずき、
「【NooN JaCK】・通信を終了する」
無機質な言葉と感情の無い顔を瞬間、晒して即座に彩香側との通信は途絶した。
ここに至ってもまだ洋介の魂胆が微かも掴めず、困惑と動揺を隠し切れない桂一、英也の空しくモニターへ向けられた視線を【BLaNK(空白)】の文字だけが浮かぶ画像枠で受け止めながら。
後、しばしして。
数秒の沈黙が各々のモニター室を満たし、しばらくしたところでまたしても。
『……すべての命は平等か……ご立派だね。そして、同時に危うい……』
独りごちるようにブツブツと続け、
『どんな命も平等の価値を持つ。これは功利主義的には正しい。けど、問題はその功利主義がどれだけ危険かってところだ。日常においても非常時なら……いわんやこんな特殊な状況下でなら、なおさらなんだが……』
最後に。
『……こういう優先順位ってのは感覚じゃなく、理屈で理解してないと、結局は逆に死人を増やすことになっちゃうんだけどねえ……』
言ってひとり、思い込むような溜め息を漏らして言葉を、切った。




