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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
36/75

DaTa FiLe [RooT 13]

その会談は本来、有り得ないものだった。


とはいえ、直接に顔を合わせて話すわけではなく、あくまでモニターとスピーカーを通した擬似会談でしかないのだが、今はそんな益体も無い言葉遊びは捨て置こう。


さて。


不思議なことにそれだけは……この状況がどれだけ想定外のものであるかだけは、まだほとんど事情を飲み込めていない桂一、彩香、英也らにも共通して理解できていた。


ひとえに、管理者であり自分たちの同盟者でもある【NooN JaCK】、【DaWN QueeN】、【NiGHT JoKeR】らの、尋常ならざる反応がそうさせたといえる。


起こった事実はただ、【DuSK KiNG】の同盟プレイヤーから通信が繋がれたというだけなのだが、たったそれだけのことがどれほど異常なことなのかを三人の管理者たちは、ひとしなみな挙動で伝えていた。


あまりに予想外な事態へ直面して驚き、思考も動きも表情も、まとめて硬直した彼らの様子が、嫌でも現在の状況が如何に異常であるかを伝えていたのである。


無論、そこはかとなくの話や事情だけならポツポツと聞いてはいた。


【DuSK KiNG】の同盟プレイヤーは、他のプレイヤーとは一切交流を持たないと。


コミュニケーションやら話し合いといった行為を完全に拒絶し、単なる敵味方以上の関係性は作りえない相手だと。


なのに今。


当の本人たる【DuSK KiNG】の同盟プレイヤー……洋介からの通信を受け、桂一たち正規プレイヤー四人は互いに薄暗いモニター室にあって実際、話し合いを始めていた。


『どうも、俺と同じ正規プレイヤーの皆々さん。お忙しいところを急に呼びつけてすまないね。とりあえず一戦交えた者同士たけど、始めましての挨拶は必要かな?』


開口一番、そう問うて洋介は話の口火を切る。


『……挨拶はどうでもいい。それより、何のつもりでいきなり宗旨替えをしてこちらへコンタクトを取ってきたのか、その辺りをまず聞きたいんだがね』

『はて、宗旨替えねえ……俺にはそんなことした自覚は無いんだけど、そう受け止められてたんなら、まあそうなんだろうさ。ただ、俺の感覚からすればそれは単に今まではそんなことわざわざする気が起きなかったから、もしくはそうするほどの価値があるプレイヤーと出会わなかったから……ってだけのこと。別に深い意味があってやってたことじゃあないんだが、何事も長引くと変な深読みをされちまうのは仕方が無いか』

『それはつまり、あくまで今回のコンタクトは特別なことではなく、そう思うのは単にこちらの勝手な先入観によるものだ……と?』

『言ったろ? そちらがそう受け止めたんなら、そうなんだろって。事実はどうあれ、どう思うかはそちらの自由。大体、俺が普通にそれを否定したところで信用できるか? 少なくとも俺がそちらの立場だったらまず無理だ。信用なんてできやしない。腹の底で何を企んでるのかを、どうにかして探ろうとする。だから、どう受け止めるかを強請もしないし要求もしない。好きなように想像してくれていいよ』

『……ふむ』


すべてを納得したわけではないという条件付ながら、それでも一応の理解を、英也は息を漏らすような声で曖昧に示した。


信用はしていないが、対話の機会そのものは貴重なことに変わりない。


ゆえに出来るだけ有効活用しなければ損だという打算が、英也の言動を友好的とまではいかないものの、極めて理性的にしていた。


初手で不意打ちを喰らった痛手はもちろん忘れていないが、それとこれとを感情に任せて混同し、何らかの利益を得られる可能性をみすみす潰してしまうほど、彼の精神はまだ合理性を欠いていなかったのである。


しかし。


「……なら、お前のことやお前の話、それらを信用するもしないも私たち個々人の自由だと、そういう理解でいいわけか?」


当然ながら、誰もがすべて英也ほど冷静であったわけでない。


特に、明らかな敵愾心を声音に秘めてそう問いを発した彩香などは。


『その通り。繰り返すが俺や俺の話すことを信用するしないはそちらの自由さ』

「だったら、私はお前も、お前の話も、どちらも信用しない。というより、信用できない」

『……へえ。そりゃまた何でかな?』


状況や相手の感情をまるで察しない、ひどく気楽な洋介の問いが発せられたのとほぼ同時。


彩香は洋介の言葉尻へ被せるかのように唐突、声を荒げ、


「人に姿も見せず、都合のいい話だけしてくるようなやつを、どう信用しろというんだっ!!」


がなりつつ、モニターを睨みすえた。


四人での対話のため、三分割されたモニターを。


そこには。

渋い顔をした英也、訝しげな顔をした桂一、そして、


真っ白な画面内にただ、【No PiCTuRe(画像無し)】とだけ映し出されている。


すなわち、通信こそ開かれて入るものの、桂一らに洋介の姿は見えていないのである。


「どこの世界に自分の姿を隠しておいて、話は信用してくれなんて虫のいいことを言うやつがいるっ!? 人に話を聞いてもらいたいなら普通、それなりの態度や対応があるだろうに、貴様はそれでも人に話を聞かせようというつもりがあるのかっっ!!」


さらに語気を強め、怒鳴るように彩香は問う。


が。


『誤解しないでもらいたいね。俺はこれまでに一言だって自分のことを信用してほしいだなんて言っちゃあいない。ただ信用するかしないかの判断は委ねるって言っただけだよ。あと、姿に関してはプライバシー保護のためさ。逆に聞くけど、見も知らない相手へ軽々しく自分のパーソナルな情報を開示できる神経のほうがよっぽどおかしいと思わないか? まっとうな危機感があるなら、まずそこらへんは真っ先に隠すのがむしろ普通だろ?』

「……貴様、今はそんな表面おもてづらの常識でものを語れる状況にないことぐらい……!」

「マダムッ!!」


続けて軽薄な口調を崩さず語る洋介へ、ついに彩香が激昂を禁じ得ず、再びの怒号を上げそうになったその時。


椅子から身を乗り出し、まさにモニターへ挑みかかろうかとした彩香に向かい、背後で控えていた【NooN JaCK】の狂猛たるとさえ表現できるほどの凄まじい大喝に、さしもの感情に流され盲目的になっていた彩香も動きを止め、はたとした。


決して理性を取り戻したわけではなく、ただ強引に意識を感情から切り離されたことで。


とはいえ、結果的にそのことが彩香の中へ冷静さを蘇らせたのは事実だったが。


「……ご自重くださいマダム。今、理性を失えばそれこそ相手の術中です……」


つい瞬刻前に発した大音声とは打って変わり、静かに、苦しげに言葉を継ぐ【NooN JaCK】に、彩香は椅子から浮かせた腰をゆっくりと落としながら、うめくような深呼吸を噛み締めた歯と歯の間から漏らしつつ、どうにか振り上げかけた拳を肘掛へ置き、背もたれを軋ませて沈めた己が体を抑えるように、なお波打つ感情で震える声を振り絞り答える。


「……すまん、【NooN JaCK】……我ながら軽率に過ぎた。が、もう大丈夫だ……」


聞いて【NooN JaCK】は瞑目し、小さくうなずいた。


事実を納得したうえで。


彩香が実際は、まるで大丈夫ではないことを理解したうえで。


現時点、彩香の性格を思えば、形だけの理性を取り戻してもらえただけで良しとせねばならないことを分かったうえで。


それからしばし。

数秒を置いてから再び彩香は口を開いた。


無論、姿さえ見せない洋介へ向かって。


「……声を荒げて悪かった……話を、続けてもらっても構わないか?」

『ああ、続けさせてもらうよ。それと変に気を使わなくていいぜ? あんたが俺のことを気に喰わないやつだと思ってるのはよく分かってる。謝る必要も繕う必要も無い。ただ、それでも話だけは落ち着いて聞いてもらいたいね。そのうえで俺の話が無駄だと思えば忘れてくれればいいし、有益だと思えば考えの中に組み込んでもらえればいい。話を聞き終えた後はどう反応しようと対応しようと構わない。好きなだけ怒鳴りつけるなり、悪し様に罵るなりしてくれてもいい。けど、それはひとまず話を聞いてからにしてもらいたい。それだけさ。俺の意向は理解してもらえたかな?』


変わらず、どこか不敵さを感じさせる洋介の口調に立ち直したばかりの神経を逆撫でられた彩香は、咄嗟に怒声をあげてしまう可能性を恐れ、無言でうなずく。


すると、洋介もまた軽い会釈のように首を縦へ振り、やおら話し始めた。


『さてと……ではちょっと話をしようか。これは俺の経験上からの話なんで、恐らく役立つ情報だと思う。特にこの【eNDLeSS・BaBeL】内での細かなルールについてね』

「……細かなルール?」

『そう、細かなルール。大まかな、概要としてのルールでなく、もっと細かないくつものルール。知っていると知っていないとではまるで違ってしまう無数のルール……』

「具体的には?」

『例えば、もしかするともう経験しているから気づいているかもだけど、戦闘で得られる生存猶予期間のルール。階層奪取で得られる10時間以外にも、正規プレイヤーは他プレイヤーをひとり倒すごとに1時間。同盟している管理者が倒しても1時間。徴兵した兵員が倒しても1時間を得られる』

「……だな。経験しているから分かっている……」

『けど、時間差についても理解はできてるのかな?』

「……は?」


純粋に、湧き出た疑問をそのまま漏らしたような彩香の声を聞き、洋介はすべて承知したとばかり、さらに言葉を継ぐ。


『自分自身、または同盟者が倒した際の生存猶予期間の加算はリアルタイム。その場ですぐ。だけど自軍の兵たちからはリアルタイムじゃ加算されない。ただ、今回みたいな短時間の戦いだと気づかない場合も多い。それだけに知っていると知っていないとじゃあ大きな差が出る』


途切れること無く話し続ける洋介の声と、その言葉の意味を消化し、理解するには少々混乱の度合いが大きくなりすぎた彩香をよそに、必死で急ぎ、話を咀嚼しようとする様子も無視して、洋介の口はなお加速した。


『兵員たちは正規プレイヤーや同盟者とは違い、戦闘で得られる生存猶予期間が二種類ある。ひとつは正規プレイヤー以外の人間や、プレイヤーデータ……【STRaY DiVeR】? もしくは【STRaY DeaD】なんて呼び方のほうが雰囲気かな? まあ、その辺りは各々で好きに呼ぶことにしよう。これらの間でしか通用しない、いわゆる(兵員用生存猶予期間)。それと、雇い主に対して加算される(正規生存猶予期間)。もし戦いの中で自軍の兵が他のプレイヤーを倒した場合、そのプレイヤーが持っている(兵員用生存猶予期間)はそいつにリアルタイムで加算されるけど、(正規生存猶予期間)はちょっと違う。徴兵した駒が倒して得られる(正規生存猶予期間)はあくまでもボーナスだから、加算のタイミングにちょっとした条件があるんだ。ひとつは、敵階層奪取確定から1時間が経過した時点。これは再度、同じ階層で短時間のうちに戦闘が再開されたときの処理を円滑にするためらしい。または逆に自階層が奪われてから1時間が経過した時点。ただし、これらはその階層でのみ適用されるから、いくつか分かれた階層で戦闘してたら全部別計算になる。それと戦闘中に相手が【BiND oVeR】を使った場合。これは即決で戦闘終了とみなされて加算がおこなわれる。俺が【BiND oVeR】を実行した瞬間、ごそっと生存猶予期間が増えたと思うんだけど、多分その様子だと戦闘に集中しすぎてて気がつかなかったって感じだね』


言われ、ようやくほどほど話を理解できてきた彩香は、急激に流し込まれてきた情報のせいで頭が熱を持ったような不快感の中で、それでも感心なことに耳だけは洋介の話を聞き逃すまいと、なけなしの集中力を振り分ける。


『ま、簡単に言うと兵員から受け取れる生存猶予期間は1戦闘単位が完全に終了したとみなされるまで保留状態になっちまうから、そこらへんも考えて生存猶予期間は使わないと危ないって話。ほんとにギリギリでやりくりしたりすると、うっかり足りなくなっていきなりゲームオーバーなんてことも有りえなくはない……と、そういう注意喚起だよ。それと、もし大量の敵を倒して(正規生存猶予期間)をたっぷり貯め込んだ兵員が終了確定前に倒されちゃうと、そいつがどれだけ貯め込んでいたとしても即座に全時間リセット。無かったことになっちゃうからその辺も気をつけて運用したほうがいい。優秀な手駒と大量の生存猶予期間、同時に失ったりしたら、それこそ踏んだり蹴ったりだからさ』

「……」

『と、ここまではまず今までの話だ。今後のこともあるから、きちんとおさらいして頭に入れておかないと、この先どこで危ない目に会うか分からないよって話。そして……』


転瞬。

洋介はやにわに声音を落ち着かせると。


『ここからはもっと目先の話。そろそろ補充を考えないといけない、(正規生存猶予期間)と(兵員用生存猶予期間)の双方を稼ぐうえで避けては通れない……』


わざとらしく、ひと呼吸で区切りをつけるや、


『徴兵によって【NeuTRaL FLooR】でおこなうべき、殺戮プレイの効率的方法について、だ』


静かな声音とはまるでそぐわぬ、陰鬱とした笑みを浮かべ、言った。


反応しない者などいない、そんな話題であることを自覚しながら。


そして。

そのうえで何より。


誰よりもこの話へ瞬時、過剰に反応して顔を歪めた彩香をまじまじと凝視し、事が思うよう進展していることを確信した洋介はなお、心中に発した卑しい喜びを体現するように、


より強く、笑った。


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