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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
35/75

DaTa FiLe [RooT 12]

【NiGHT JoKeR】に連れられてサクラメント・サーバへ赴いた際のこと。


桂一は一時いっときだが、この世界を完全に仮想世界だと断定していた。


いや、今となっては思い込んでいたというほうが適格か。


いずれにしろ、そう思った訳というのは。


【BuBBLe GuM】と【SoDa PoP】をその目にしたことによる。


「まあ、あの時点で自分に都合良く勘違いをするのは当然といえば当然だったかもですねー。何せ徴兵しようってやつが、あんな姿してたら現実感を持つのもひと苦労でしょうからー」


ベッドの上で身を起こし、手櫛で整えた髪にヴェネツィアン・マスクをリボンで結わえ付けながら【NiGHT JoKeR】はそう言い、ふと誘導するように視線を部屋の隅へと向けた。


そして桂一もほぼ予測をしてその方向を見る。


と、やはり。


知らぬ間、そこには【BuBBLe GuM】と【SoDa PoP】の姿があった。


桂一から現実感を奪った、その容姿を晒しながら。


「こんなですもの、気持ちは分からなくは無いですよー。とはいえ、それで現実が変わるわけでもないんですけどー」


言って、桂一が誘導した先へ視線を向けているのを確認しつつ、【NiGHT JoKeR】はおどけて笑う。


正直、今でも。

これだけ経った今でも。


桂一は彼らを目の前にするとまるで白日夢でも見ているような非現実的感覚に苛まれる。


何故なら。


直視して認識できる彼らの姿というものが、およそ人の形をしているという事実以上は、何ひとつとして分からなかったからであった。


自分の目に異常があるという感じは無い。違和感のようなものも一切無い。


何せ、その他のものについてはこの一点の例外を除いて正常に視覚できているのだから。


なのに。


【BuBBLe GuM】と【SoDa PoP】だけは違う。


どうしても、どんなに直視しても凝視しても、それは単に人型をしているとまでしか認識できない。


まるで、人の形にポッカリと空間が切り抜かれたように。もしくは、人の形をした二次元・平面状の薄ぼやけたノイズが如き濃霧のように。


存在を確かに知覚することは出来るのに、受け取れる情報はただ(人型をした何かがそこにいる)というだけ。


これほど奇妙なものを明瞭な意識の中で目にすれば、むしろその現存・実存を疑うのが自然だろう。


そういう意味では、桂一の思考は間違っていなかった。


ゆえにこそ、サクラメント・サーバへ着いたとき、やにわに【NiGHT JoKeR】が柱へ力無く寄りかかる何者かの首をナイフで切り裂く光景さえも静観していた。


こんなものが存在する場所が現実のはずがない。

そう思い込んで。


しかし結局は現実だと気づいた。不思議なほど時間をかけて。


(これは現実ではない)という先入観に阻まれ、実際はその場で感じていた不快な血の臭気や、筋を断ち、骨に当たるナイフが響かせる生理的嫌悪を催す湿った音を遅まきながら想起し、情けなく床へとへたり込み、反吐まで吐いた。


自分の中でどんどんと現実、仮想の境界が曖昧としてゆく不安や恐怖、焦燥に耐え切れず。


思い出し、桂一は反射的に口元へ上がってきた胃液で胸がチリチリと焼かれ、痛むのを感じた。


「といって、桂一さんは特に間違った考えはしてませんよー。今の自分が現実側を認識しているのか、それとも仮想側を認識しているのか、そういった判断は結局、こういう手段の延長線上にしかありませんからー」


話しながら、【NiGHT JoKeR】は桂一の注意を自分のほうへ移すため、パンッ、とひとつ手と手を打ち鳴らすや、振り返って視線を向けてきた呆け顔を確認してからやおら、己が頬をつねって見せ、


「古典的ですけど理に適った方法です。これはゆめうつつか? そう思ったらとりあえず自分の知覚が正常かを確かめる。でも残念なことに、ここでは本物の人間だろうが単なるプレイヤーデータだろうが、知覚についてはすべて備わってるんですよ。だから判別なんて不可能。だって、実際に判断しなくちゃいけないことはこの世界が本物かどうかってことじゃなく、僕や桂一さんが現実なのか仮想なのかなわけで、そうなってしまうともうゲームをクリアするか、死にでもしなきゃ分かんないでしょうねー。だって、まず基準として在る自分自身の意識や認識、知覚といったものがどれも信用できないんですから、何らか判断をしようっていう行為自体が無意味なわけです。目盛りのついてない定規じゃ、おおよその長さは測れても正確な長さは測れない……と、そんな感じ。Do you understand?」


変わらず、軽薄な調子で説く。


とてもではないが救いになどならず、それどころか逆により自分というものを信じられなくなる材料を提供されたおかげで、背筋にうすら寒いものを感じさせる話を。


今、感じているこの困惑も。

今、感じているこの悪寒も。

今、感じているこの焼け付くような胃の痛みも。


どれひとつとして自分の存在を証明する要素とは成り得ないのだと改め、知らされる話を。


が。


「ただ、分かることが決して何も無いわけじゃありません。存在やら非存在やら、そういう哲学的な問題以外なら案外、分かってることも多いんです」

「……例えば?」


相次ぐ失望に疲れ切りつつも、つい思わせぶりな希望をちらつかせる言葉へ無意識、桂一は問う。


一割の期待と、九割の諦念を込めて。


「サクラメント・サーバと、そこの【BuBBLe GuM】と【SoDa PoP】に関してです。サクラメント・サーバに限らず、サブ・サーバは基本、ゲームを直接運用するためのメイン・サーバの補助の意味以外に、集積したプレイヤーデータの解析・研究などもおこなってまして、その成果のひとつがこれらなんですよ。研究用として模擬的に造られたプレイヤーデータ。だからこれに関してだけは純然たるデータでしかないと断言できます」

「……」

「しかも、試験体ということでいくつかのパラメーターが未設定になってます。そのおかげで【BuBBLe GuM】も【SoDa PoP】も、攻撃判定はありますが被攻撃判定はありません。ので、こちらの攻撃は有効なのに、敵からの攻撃は無効。この意味、分かりますかー?」


答えつ、問う【NiGHT JoKeR】の言葉に桂一はわずか、目を見開いて底意を隠さず笑う彼女をしばし注視した。


ああ、なるほどと得心しながら。

それならすべて説明がつくと。


彼女の言ったことが本当なら、すべて説明がつくと。


何故、1階層256もの敵を相手に、彼らが圧倒的勝利を得られたのか。

理由が分かれば当たり前すぎる話だ。


相手がどれほどいようと、被攻撃判定が無い……つまり倒せないうえ、こちらは攻撃が通るとなればもはや勝負にすらならない。


というより、そもそも勝負自体が成立しない。


こんなものと戦い、殺されていった敵に対して同情さえ抱きそうになる。


「とはいっても、まったくのリスク無しってわけでもないんですけどねー。未設定パラメーターにはデメリットもありますからー。通常の徴兵はシステム的に所持階層と同数まで可能なんですが、試験体はそこの数値も未設定なんで、一度でもこれを徴兵しちゃうともう所持階層数に関係無く、試験体しか徴兵できなくなっちゃうんですよ。だけど試験体をサブ・サーバから引っ張ってくること自体、相当ヤバイ行為なんで、恐らくは今後これ以上の兵員補充は不可能っていうのが泣き所なんですがー……」

「ん、いや……それ、デメリットになるのか? お前の話が本当だとしたら、こいつら死なないんだろ? だったら別に補充の心配する必要なんて……」

「死にますよ、ちゃんと。正しくは壊れます。桂一さん、僕の話ちゃんと聞いてなかったんですか?」


途中、口を挟んだ桂一を遮るように【NiGHT JoKeR】は叱責にも似た厳しい調子で声を重ね、なお言葉を続けた。


一瞬にして、呆れたような侮蔑するような、冷然としたものへとその視線を変えて。


「そりゃあ戦闘では死にませんよ。とりあえず考えうる限りの範囲では。けど、試験体にだって生存猶予期間はあるんですよ。こればかりは未設定であってもゲーム内に連れてきた時点で自動設定されちゃいますから逃げ場は無し。なので時間切れアウトは有りうるわけです。思うに、さすがの【DuSK KiNG】もまさか試験体をこっちが持っているなんてこと想像すらしてないでしょうが、そこを無しにしても油断なんてこれっぱかりも出来ません。だって、もし今の【DuSK KiNG】側プレイヤーが僕の想像してる通りの相手だった場合、十中八九、次に取ってくる手は……」


刹那。

いつに無く、飄々とした様の中へ隠し切れぬ神妙な表情を浮かばせ語るその最中。


『【DuSK KiNG】が通信を実行しました。通信先の指定がなされていないため、【NooN JaCK】、【DaWN QueeN】、【NiGHT JoKeR】のいずれも通信を受けることができます』


唐突と広い室内を聞き慣れたアナウンスの音声が響き渡る。


と、同時。


思わずアナウンスへ釣られて意味も無くスピーカーが埋め込まれているらしき位置の天井へ視線を向けそうになった桂一だったが。


瞬刻、視界に入ってきた【NiGHT JoKeR】の表情に、ほとんど無意識のうち動きを止め、再度彼女へその焦点を合わせる。


今まで、一度たりとも見たことの無い彼女の顔に、アナウンスの内容に対する驚きすら超える驚きを受けて。


そう、まさか【NiGHT JoKeR】がこんな顔をするなどと、考えもしなかった。


よもや彼女が、驚きの表情を浮かべるなど。


だが事実、【NiGHT JoKeR】は明らかな驚愕を顔に表していた。


大きく見開いた目で。

わずかにしかめた眉で。

硬直したように動きを止め、色を失った唇で。


ゆえに、桂一はふたつの驚きへ挟まれ、彼女を凝視する。


見つめざるを得ない衝動に従い、凝視する。


そして、彼女もまた。


隠しおおせぬ吃驚と、すでに何かしらを悟っていたような表情をその顔へと加えて露の間、まだうっすらとアナウンスの残響する中で桂一の目を、真っ直ぐに見つめ返した。


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