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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
34/75

DaTa FiLe [RooT 11]

初戦にして全力を出し尽くすほどの激戦をどうにか生き延び、早一日。


ゲーム的に言えば生存猶予期間24時間を自然消費したころ。


1、2時間も休むと途端、目を覚ましてしまう浅い眠りを何度か繰り返した桂一は、何度目かになってまともな睡眠を得られない現実を諦めて受け入れ、何をするでもなしにベッドの上で半身を起こしてただ、数字の輝く己が左手をじっと見つめていた。


心身の疲れなどまるきり取れず、痛々しいまでに赤く充血し、腫れ上がったまぶたで押し潰されそうな両の目をぼんやりと開いて。


ひどく複雑に感じる。


平生なら、まだわずかに一日が経過しただけ、と思うところ。


それが。

過ごしている最中、戦っている最中は水中に頭まで浸かっているような耐え難い息苦しさと、時間感覚の混乱に満たされ、時点時点によって時間経過が恐ろしいほど早く、または気がおかしくなりそうなほど遅く感じられた。


おかげで、現在ゲーム開始から24時間が経過したという事実についても、果たしてそれが長かったのか短かったのか、いまだ桂一は判断をしかねている。


つまるところ、所詮は時間そのものは単に状況や環境、もしくはよりシンプルに何がしかの変化に対して全体把握を容易とするため生み出された、概念とも呼べない要素でしかない。


例えば日が昇り、日が沈むのは時間が経過したからではなく、太陽の位置が変化したからである。


人が老いてゆくのは、体を構成する細胞が分裂を繰り返したり、必要な栄養素などが不足することによって劣化し、質を落としていくからである。


時間自体はただ、そういった変化の流れを計測するのに便利だというだけであって、別に時間それ自体には何の力も無い。


数を数えるのに似た……いや、数を数えるのとまるで同じく、計測だけがその存在の意味であり、目的でしかない。


言ってしまえば記号。そう、


今、桂一の手の上で輝いている数字。


その数字としての意味以外、時間には何の意味もありはしない。ただの、いくつもある記号のひとつ。

それだけのもの。


なのに。


現実にはまさしく今、その単なる記号でしかない時間に自分は身も心も緊縛されている。


精神の安息も、肉体の休息も、普通であればそこまでの影響を与えることなど無いはずの、時間というごく矮小で限定的な記号のために得られない。


580時間。


そう刻まれ、輝く左手の数字に自らの思考を含めた行為一切を、桂一は痛々しいまでに支配されていた。


とはいえ。

それでもまだ桂一は自分など他に比べれば大層、恵まれた立場にあると思える程度の余裕はあった。


皮肉な話、持ち合わせている生存猶予期間の差のせいで。


桂一の場合、現時点での生存猶予期間が580時間という段階で、取れる選択の幅も広く、また、急いて動かなければならないわけでもない。


対し、彩香や英也は違う。


自己申告された彩香の生存猶予期間を逆算すれば現在、彼女の残り生存猶予期間は恐らく47時間。

英也は【諜報】を使わずとも正確な数値が確認できるため、現在は残り75時間。


あからさまに余裕の差異が大きい。

でなくとも、ふたりは桂一と違ってそれなり、まとまった数の兵員も抱えている。


自らに加え、これらの生存猶予期間の管理も足して考えれば、むしろ早々に何らかの行動をしていなければ危険だ。


たった一戦だけとしても実戦を経た兵員と、このゲームへと飛ばされてきたばかりで、まだこの世界における死生観すら理解できていない兵員とでは、嫌でも動きが変わる。


常に背後で鎌を振り上げて構える死を意識している者と、その存在にすら気がついていない寝ぼけたままの者とでは、扱う者としてその価値がまるで違う。


手駒という観点から見た場合、目の前の死から逃れようと必死に足掻く駒と、何が起きているかも分からずにただ混乱して右往左往する駒なら、誰がどう考えても前者のほうが価値が高い。


ゆえに、死なせたくはないはず。


そこに今なお、青臭い倫理観が混ざっていようとも。


それこそ、そうであればなおのこと死なせたくはないはず。


思うと何だか桂一は、自分に非があるわけでもないのに奇妙な申し訳無さが胸中に沸き起こり、我知らず顔をしかめた。


作戦上の問題と、【NiGHT JoKeR】の提案による結果だとは分かっていても、ひとり抜け駆けたように優位な位置を獲得したことへの後ろ暗さから。


ふたりに比べれば生存猶予期間は潤沢。

維持・管理の心配をしなければいけない兵員も、自分が2に対して彩香も英也も200以上。


この点だけに限っても、ふたりの受けている精神的消耗は自分などとは比べようも無かろうと察せる。


やらねばならないことがあまりに明白だからこそ余計に。


自分自身だけでなく、兵員たちの生存猶予期間もまかなっていこうと考えれば、どうしても早晩、【NeuTRaL FLooR】での殺戮は避け得ない。


それしか無いのだ。

少なくとも現状、新たに生存猶予期間を得る方法は。


自分に関してはまだ580時間という大きなアドバンテージがある。


運が良ければ違う解決法が出てくるかもしれない。

運が悪くても悩み、決断するのには充分な時間。


ふたつきりしかない手駒という条件も相まって、生存猶予期間の減りも緩やかなこの立場は、このゲーム内に限定すれば相当に恵まれている。


だからこそ、なおのこと。

桂一はより眉をひそめ、奥歯を噛む力を強めた。


こんな悪夢のような状態ですら、恵まれていると感じてしまうこのあまりにも悪趣味に過ぎるゲームを思って。


などと。


浅く質の悪い眠りを繰り返したせいで淀んだ頭を慣らすように動かし続けていたその時、あることに気づく。


というより、あることに関し、抱いた疑問を思い出す。


自分の持つ、たったふたりの手駒について。


そして同時に思う。


果たして、(あれ)はふたりという単位で呼ぶべきものなのか。

そもそも、(あれ)は何なのか。


何故、(あれ)はあそこまでの強さを持っているのか。


これまで状況に追われて押さえ込んでいた疑問は一気に噴出し、ふやけた脳内を刺すように刺激した。


合わせ、顔は後ろめたさから来る渋い表情から、処理の追いつかぬ疑問による鹿爪らしい表情へ。


当の本人にとっては大きな違いながら、傍目からすれば何が変わったかも分からないだろう微細な変化。


しかし。


「なーんか、起きて早々からえらく難しい顔してますねー桂一さん」


やにわに声を掛けられ慌てつつ、聞こえた方向へほとんど反射的に首を向けた桂一の目に映ったのは、


「どうせまたひとりで考えても答えが出ないようなことで悩んでたんでしょー? まったく、無駄な苦労をするのが好きな人ですねー。ま、趣味でやってるなら止めませんけど、もし違うなら変な遠慮はしないで聞いてくださいよ。僕だって、何も絶対に疑問へ答えないってわけじゃないんですよ? 気が向けば答えますし、気が向かなければ答えない。答えられることなら答えるられるし、答えられないものなら答えない。ただそれだけのこと。だったら、期待しないで聞くだけ聞く。そういうスタンスで桂一さんもやっていけば、お互いに楽なんじゃないんですかー?」


隣のベッドでシーツにくるまり、髪から取り外して枕元に置いたヴェネツィアン・マスクを指先で弄りながら、柔らかな枕へ横にうずめた顔をそのまま、自分を見つめてくる【NiGHT JoKeR】の瞳だった。


そして。

靄のかかった脳が、さらなる疑問を弾き出す。


今度はひどく幼稚な疑問を。


何故に【NiGHT JoKeR】は、自分が何事か疑問を持っていると知ったのか。

何故に【NiGHT JoKeR】は、自分が何事か疑問を持ってまさしく今、頭を悩ませていると知ったのか。


が、刹那。


「分からないわけないでしょー? というか、何で分からないと思うのかが不思議ですよー」


いまだ呆けた桂一をからかうように、(そんなもの、表情を見てれば誰だって分かりますよ)という真実をわざと隠して言わず、代わり。


「だって桂一さんは僕の、大事な同盟者ですからねー」


微妙に笑い震わせた声でそう答え、少しく眠たげな両の眼を、驚くほど柔和に細めると、


困惑する桂一の目をさらにじっと、見つめた。


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