表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
31/75

TeMPoRaRiLY SToReD [5th SYSTeM SLeeP]

「しかし、弱りましたね……」


【BeD RooM】に入ったところで【DaWN QueeN】から手渡されたアルミパックの中身を、何の躊躇も無く綺麗に食べ終え、同じく手渡されたペットボトルの水でそれを胃の奥へとすっかり流し込んだ英也は、ふと思いついたようにポツリとこぼす。


食事中、何故だかじっと自分を見つめたまま今に至る【DaWN QueeN】へ、話すでもなく、さりとて話さぬという気でもなく。


気に掛けられなければそのまま流すつもりであったし、何か聞かれれば話す。


その程度の感覚。


そして。


「弱った……とは、何がですの?」


結果として彼女の口は英也への質問を発した。


「いえ、通常の戦時下では当然のことを少しばかり。一局面がどうにか片付いても、すぐに次の局面が目の前へ立ちはだかる。終戦まではその繰り返し。分かってはいるんですが……」


言って一瞬、視線を床へ落としたかと思うと、英也は空になったペットボトルのキャップを弄びながら話を続ける。


「状況的に見て、あの時点ではあの戦法しかなかった。それは確かです。実際、麻宮君が命を張ってまで我々の尻を叩いてくれなかったら、かなりの高確率で小官は敗北主義的な思考による延命策を取り、今以上に立場を悪化させていたことでしょう。そこから思えば現状は最良とは言えずとも最悪ではない。数時間前まで置かれていた立場を思えば格段に改善されたと言って間違いは無い」

「けれど、中尉としては新たに見えてきた懸念材料へ着目せずにはいられない……と?」

「おっしゃる通り」


答え、英也は固く冷たい部屋の壁へと寄り掛かり、さらに言葉を継いだ。


「整理して考えるに、今の我々が置かれている状況にはふたつずつのメリットとデメリットが存在しているように思うのですが、ご婦人はお気づきで?」

「ひとつずつなら分かりますわ。メリットは何より、形だけでも【DuSK KiNG】からの攻勢をほぼ完全に封じたこと。全所有階層を破棄している今、もし仮に【DuSK KiNG】が突然【BiND oVeR】を解いたとしても、こちらへの攻撃は不可能。いつ急襲されるかといった不安など抱く必要も無く、まさに枕を高くして眠れる状態ですわね。一方、デメリットはそれゆえに膠着状態が長引く危険性がとても高いこと。負ける要素が減ったのと同じか、またはそれ以上に勝つ要素が減ってしまったのは大きいですわね。本物の戦争なら、ある程度のところで互いに折り合いをつけての休戦・停戦が可能ですけど、こと【eNDLeSS・BaBeL】においては不可能。勝利か敗北しか、このゲームに終了条件は有りませんから」

「そういう面だけで言えば、ゲームのほうが現実の戦いよりもよほどシビアですな……ま、そこは置いておきまして、まずは正解ですご婦人。小官も全く同じことを考えていました。で、そうなると残るひとつずつのメリットとデメリットをご説明する必要がありますね」

「拝聴いたします」


短くも、はっきりとしたこの【DaWN QueeN】の返事を受け、英也はほぼ流れるように説明を継続する。


「それでは残るもうひとつのメリットから。これは正直、かなり小さなメリットではありますが、冷静に自分たちの立場や状況を考える時間がまとまって手に入ったこと。これまではよく分からない状態の中で急かしつけられるようにしか考えることができなかったものを、冷静に論理的に考えまとめる余裕が得られたのは疑い無くメリットでしょう。しかし、だからこそ、この状況の危うさが嫌というほど分かってしまうんですよ。それは残る最後のデメリット……それにすべてが集約されていると言っても過言ではありません」


徐々に口調の中へ含む厳しさを強めながら、それでも英也は努めて冷静に口を動かし続けた。


少なくとも、態度や表情については努めて冷静に。


口調にまで気が回らなかったのは単純な粗忽というより、すでにもうそう手広く気を使えるほどの余力が残っていなかったのかもしれない。


戦場に慣れているということと、安穏な日常と変わらずにいられるというのとは違う。


戦時下には戦時下に適った心理や精神状態がある。


英也の場合、もはやかなりの比率でその神経がこの異常事態へ適応を始めてきているのだろう。


それが周囲の誰にとってプラスと働くか、マイナスと働くかについては別にして。


「つまるところ、最初からずっと最大の懸案事項だった生存猶予期間。これに尽きます」


穏やかにすら見える顔とは真逆の、ひりつくような緊張感を滲ませ、言う。


「先の戦いで小官を含め、兵員らも皆、一様にそこそこの生存猶予期間を得られはしましたが、あくまでそこそこでしかありません。冷静に立ち返って考えればこのゲーム、ただ一日を過ごすだけでも24時間の生存猶予期間を食い潰し、二日となればさらに倍、四日も過ごせばもう三桁の大台が見えてくる。今の手持ちなんて早晩、使い果たしてしまうでしょう」

「とはいえ、【DuSK KiNG】をさらに攻めて生存猶予期間を得ようにも、【BiND oVeR】の効果が切れない限りは攻められない。まあそう都合良く次も勝てる保証は有りませんから、戦えるとしても相当の覚悟で挑む必要があるでしょうけれど……しかも、【DuSK KiNG】がこうしたこちらの状況を考慮しないほど愚かとも思えない……」

「そう、そこが怖いんですよ」


相槌の代わりに大きな溜め息を吐き、英也はなお【DaWN QueeN】へと語る。


「この世界における生存猶予期間というのは、今となってよくよく身に染みて分かりますが、現実世界のもので例えるなら金と命を足したようなものですな。そのくらい、かけがえのないまでの価値と重要度を持っている。事実、小官はここしばらくの間で激しく上下動した自分の生存猶予期間に一喜一憂もいいところでしたからね。減れば心は余裕を失い、増えれば心は落ち着いてゆく。兵員らに至っては精神的負担は小官以上でしょう。正規プレイヤーである小官らと違い、彼らは能動的には生存猶予期間を増やせない。機会が与えられない限り、じっと減り続ける自分の左手の数字とにらめっこ。戦うのも地獄ですが、戦う機会も得られずにタイムオーバーも最悪。正直、いつ発狂する者が出ても不思議じゃあない。そうなると、生存猶予期間の不足による士気の低下は必至。まず小官が【DuSK KiNG】の立場であったら、取るべき最良の作戦はひとつしかありません。『ただ【BiND oVeR】を繰り返し、我々が勝手に衰弱してゆくのを待つ』だけ。そうして手を下さずに自滅してくれれば最上。次点はそこまでいかなくとも、プレイヤー自身と兵員たちが生存猶予期間を確保するため、それぞれの神経を恐ろしい勢いで削ってゆくことになるはずですから、それを傍観して弱りきったところを叩けばいい。そう、何せこのゲーム……相手の階層を奪うか、戦いの中で襲い掛かってくる敵を殺す以外で生存猶予期間を得るとなると……」


言い淀んだとまでの間隔でなかったが、それでも確かにほんの露の間、英也が結論を吐くのへ時間を掛けた刹那、


「徴兵と同じ要領でどこかしらのサーバへ飛び、【NeuTRaL FLooR】に溜まったプレイヤー、もしくはプレイヤーデータ……まあ、どちらなのかを見抜く手立ては有りませんし、拘る必要もありませんけれど……それらを地道にすり潰してゆくしかないですわね」

「その通り。ただし極めて事務的に、または純然と他人事だと割り切った場合の言い回しなら、ですが……」


さも当然という風で、動揺の欠片も見せずに落ち着いたままの口調と態度で【DaWN QueeN】が答えるのへ重ね、返答すると、英也はこれまで強いて抑え込んできた苦々しい感情を留めきれなくなったのか、わずかに【DaWN QueeN】を一瞥し、すぐに顎を上げて視線を天井へと逸らした。


気を抜くともはや、無意識に彼女を睨みつけてしまう。


そんな自分を自覚するがゆえに。


代わり、至極丁寧に手の中の空き容器となったペットボトルを縦に押し潰し、手のひらへ収まるほど小さくまとまったそれの口を塞ぐため、力いっぱいキャップを締め上げつつ、話す。


「戦闘中なら致し方ない。相手もこちらを殺しに来る。殺さなければ殺される。正当防衛とでも言えばいいのか……いずれにせよ、自分を正当化……もっとはっきり言いましょう。『誤魔化す』ような考え方はいくらもできます。自分の心を偽るための方便はいくらでもね。しかし、自分たちが生き延びるために無抵抗の人間を殺すのはもう誤魔化しようが無い。自分を慰める逃げ場が……無いんですよ」


聞きようによっては苦しみにあえいでいるかのようにも聞こえるその英也の言葉。


そこへ彼女なり、何かを感じ取ったのか、【DaWN QueeN】は神妙な声音で否定を挟んだ。


「『カルネアデスの板』……という理屈ではいけませんの? 正当防衛は無理でも、これだけの過酷な状況下なら緊急避難という名目や考えは充分に成り立つはず。中尉は……中尉の心は、それだけではお慰めできませんの?」


言われた通り、過酷な状況下。


だからこそに染み入るような温かさを、英也は【DaWN QueeN】の言葉から感じた。


人間か、データか。


そういった諸々はこの際、置いておいて、少なくとも今の自分を慰めようとしてくれている存在が確かにいる。


それだけで、本心から救われる感覚を味わえた。

実際、少し気を抜けば涙が出るかもしれないとさえ思えた。


だが。


「……ですね。そういう逃げ道も確かにある。とはいえ、その逃げ口上でどうにか精神の均衡を保てる者は限られます。小官のように、それなり裏の世界を生きてきたおかげで人の邪悪さ、醜悪さに慣れている者なら、かなり長く耐えられるとは思いますが……さすがにあまりにも長くなれば自信がありません。何しろ、これから生き延びるためにおこなうことは、どう言い繕おうが戦闘じゃあない。生存のための戦いという言い訳も空しく聞こえるほど、緊急避難という言い訳も詮無く聞こえるほど、完全な……」


自分自身の心が揺らがぬよう、釘を刺すよう丁寧に。

感情的でもなく、事務的でもなく、ただ正確に。


本心そのままを一言一句、発して終わりに、


「ただの、虐殺……殺戮だ……」


そう結んで、【DaWN QueeN】を繕った笑顔で見つめ、苦しげに笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ