TeMPoRaRiLY SToReD [2nd SYSTeM SLeeP]
「……で?」
「で、とはー?」
「とぼけるな。ひとまず初戦は終わったんだ。そろそろカラクリを説明しろ」
湯上りの濡れた髪をタオルで拭きつつ、一体、何サイズ大きいのかも分からない黒のYシャツだけを着て裸足のまま部屋へ戻ってくると、当たり前のように置かれたふたつのベッドのうちひとつへ腰掛けた【NiGHT JoKeR】に向かい、なお食事を続けていた桂一は問う。
いや、細かなことを言うなら。
桂一のそれはとても食事と呼べるものではなかった。
ペットボトルの中身は見た目通りただの水であったのはむしろ幸運で、もうひとつ渡されたアルミパックの中身が実際のところ問題であった。
ハードビスケットか、もしくはクラッカーかと予想していたその中身は、何やら焼き菓子の類にしては妙に白茶けた長方形の平たい固形物。
ただ、食べられるものであることだけは状況的にも感触的にも知れていたため、桂一は自身の空腹へ素直に従い、それを二度ほどかじって口の中に含めると、ゆっくり咀嚼したものだが、
そのあまりの不味さに、危うく吐き出しそうになった。
いや。より正確な言い方をすれば、不味いという表現は少しばかり違う。
単に味がまるでしない、といった表現のほうが正しかろう。
無理にでも言葉で形容するなら、ちょうどオートミールを水で練り、そのまま板状にして乾燥させたような代物とでも言うしか説明のしようが無い。
塩気も無ければ甘みも無く、苦みや酸味すら無い、およそ食品とは思えない味。
もはやそれは食事ではなく餌。これでさえもまだ良心的な言い方。そんな代物。
『空腹は最高の調味料』などとよく聞くが、さしものこの餌を前にしてはそんな言葉も虚しく感じる。
事実、九分九厘の義務感だけでそれを口にしている桂一には、自分のしている行為が食事をしているというよりは薬を飲んでいるのに近いと思われ、途中からは完全に咀嚼して飲み込む(作業)だと割り切ってさえいた。
そしてそうしながらも、桂一の視線は回答のため開かれるだろう【NiGHT JoKeR】の口元へ固定されていた。
案の定、しばらくして上下へ開かれた【NiGHT JoKeR】の唇の動きを追うように。
「ま、カラクリってほど手の込んだことじゃないですよー。桂一さん自身もさっき作戦会議の時に言ってたでしょー? 【eNDLeSS・BaBeL】のルールの話。『していいこと』と『しちゃいけないこと』って。僕のやったのは、それの拡大解釈みたいなもんです」
前置き、始められた【NiGHT JoKeR】の説明はその通り、至極分かりやすいものだった。
特に、事前である程度の話を聞いていた桂一にとっては。
そう。
いくつかの仕掛けは実際におこなった時点で最低限の話はされていた。
たとえば、ずっと偽り続けてきた生存猶予期間と【DeCeiVe】について。
本来、生存猶予期間が1時間を切らなければ実行できないこのスキルを、実のところ107時間あったものから彩香と英也に28時間ずつの譲渡で何故、実行出来たのか。
ふたりに申告していた生存猶予期間である57時間との誤差、50時間をどうしたのか。
答えは単純ながら、恐ろしく巧妙な仕掛けだった。
通常、生存猶予期間の譲渡などはプレイヤー間のみでだけおこなわれる。
当然だろう。生存猶予期間を設定され、その増減が起きるのはプレイヤーだけなのだから。
しかし、そこが盲点。
【eNDLeSS・BaBeL】では、プレイヤーが自分の生存猶予期間を管理者へ譲渡することに関して一切、禁じてもいないし、不可能だともされていない。
つまり。
生存猶予期間というパラメーターを持たず、必要ともしていない管理者との間には生存猶予期間の受け渡しは成立しない……という思い込みの盲点を突き、桂一は【NiGHT JoKeR】に一旦、自身の生存猶予期間50時間を預け、あたかも残り生存猶予期間が1時間しかないように彩香と英也へ思い込ませただけでなく、50時間を実際には保留したままで【DeCeiVe】の実行を可能にしたのである。
「検証は以前していたので問題無いと踏んでましたけどねー。それにもし仮にこれを違反行為とみなされた場合も想定して、【BuBBLe GuM】と【SoDa PoP】に一時譲渡する案もありました。彼らには自己意識がありませんから命令に絶対服従ですので、『返せ』と言えば素直に返してくれます。どちらにしても盤石な作戦だったわけです」
「なるほどな……」
いつもながら、不安さえ覚える【NiGHT JoKeR】の狡猾さに、桂一はただでさえ飲み下すのに苦労する長方形の餌を喉につかえさせつつ、短い応答をした。
心強さがある反面、どうしても拭えぬ不審のために。
味方であってすらこれなのだから、彩香や英也、そして同盟している【NooN JaCK】と【DaWN QueeN】からの心証が悪いのも致し方ないことだろう。
と。
ふと考えているうち桂一の中でもうひとつ、抱いたままにしていた疑問が浮かぶ。
思うと同時、それを声に出しながら。
「……それと、あとひとつ」
「はい?」
「ごたついてて聞くタイミングを無くしてたけど、サブ・サーバ……サクラメント・サーバだったっけ? あそこで拾ってきたその……」
「【BuBBLe GuM】と【SoDa PoP】?」
「そう、それそれ。すごく素朴な疑問なんだけど、あいつらってなんであんなべらぼうに強いんだ?」
この疑問。もしも先の戦闘の際、【NiGHT JoKeR】側の視点で戦いを見ていたなら、まず誰もが抱くであろう手合いの疑問であった。
【HiDDeN】の効果があるため、他のプレイヤーや管理者は知る由も無いが、【DuSK FLooR 4095】は【BuBBLe GuM】、【DuSK FLooR 4096】は【SoDa PoP】のみという、1階層につきたったひとりだけでの侵攻をおこなっていたのである。
にもかかわらず、現場にこそいなかったが、モニター上で数値の変化だけは確認していた桂一は、そのあまりに凄まじい数字の動きに一体、現場では何が起きているのかと当惑せずにはおれなかった。
つまるところは、出るべくして出た疑問。
「あれはどう考えたって異常だったぞ。【DuSK KiNG】側の投入兵力は上限の256。こちらは1。なのに、まるで秒読みみたいに相手の兵力が減っていった……逆回しのストップウォッチみたいに、256があっという間に0。【BuBBLe GuM】のほうも【SoDa PoP】のほうも、どっちもだ。しかもお前ときたら、いきなり『僕は連中を壊しちゃうと桂一さんの寿命が伸びちゃうんで、ちょっと見物だけ』とか言って急にいなくなるし……何なんだ? 俺が見ていなかったあの現場で、一体全体、何が起きてた? 何をしてた?」
口調こそ厳しさを無理に漂わせていたものの、声音の弱々しさは隠し切れずに問う桂一へ、【NiGHT JoKeR】はベッドの上から愉悦に満ちた一瞥をくれると、咄嗟、
何かを桂一に目掛けて投げつけてきた。
これへ思わず、手にしていたアルミパック入りの餌を床へ落としてしまった桂一だったが、何とて気にも留めずによこされた物を掴みとる。
所詮は餌。
勿体無いと思えるほど上等な代物でもない。
そして。
掴んだその何かを見て、桂一はさらに当惑した。
一見するに、小指ほどの大きさをしたカプセル状の物体。
それが投げよこされた物体。
すると。
「よーく洗いましたから血とかはついてません。綺麗なもんでしょー。でも貸しただけですからね? 僕の大事な戦利品なんですから、壊さないでくださいよ?」
やはりどこかとぼけた調子で話し出すや。
「さて、じゃあやっと時間も出来たことだし、そろそろお話ししてあげましょうかねー。まず間違い無く聞かなきゃよかったって思うような、悪夢みたいな……というか、本当に悪夢かもしれませんけど……そんなお話を。ずっと桂一さんが聞きたがってた【eNDLeSS・BaBeL】の……」
ぎらりと見開いた両目を晒し、小首を傾げた右のこめかみを人差し指で突きながら、
「真実……らしきものについて、ね……」
言って獣のように口を裂き、牙のような真白い歯を剥き出し、笑った。




