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oFF-LiNe  作者: 花街ナズナ
26/75

DaTa FiLe [RooT 10]

「……今回は、ここらが潮時……だな」


それはわずかに。


モニターを覗き込みながら尋常でない緊張状態へと入って数秒後のこと。


洋介はそれ以前の愕然とした感情はどこへやら、反転したように落ち着いた調子でそう漏らすと、すぐさま一切の躊躇無しに命令した。


「糸田洋介・【BiND oVeR】実行だ」


瞬間、室内を響く。


『【DuSK KiNG】より【BiND oVeR】が実行されました。他プレイヤーは今後12時間、【DuSK KiNG】所有階層への攻撃が不能となります』


実行アナウンスへ合わせ、慌てたように【DuSK KiNG】は洋介を見下ろし、怪訝な感情を露わに問うた。


「……何故だ、今このタイミングで【BiND oVeR】だと? 確かに敵の侵攻は予想以上に早く正確ではあったが、この程度ならまだいくらでも相手の態勢を崩す方法は……」

「【MuLTiPLY】と【BeNeDiCTioN】なんて洒落にもならないコンボ喰らってるうえに、数分でこっちの階層を2層も潰してくる連中を相手に目隠しで戦えって? 笑えない冗談だよ【DuSK KiNG】」


答え、洋介はもう用済みとばかりにモニターから背を向けるように椅子を回転させると、横よりも斜め後ろに近い位置で直立したままの【DuSK KiNG】へ目を合わせる。


新たに発せられると分かっていた、【DuSK KiNG】の疑問に対し回答するため。


「……目隠し?」

「【DeCeiVe(欺瞞)】を使われた。間違い無くね。想定こそしちゃいたが、これで確定だよ。【NiGHT JoKeR】の同盟プレイヤー、本気でイカレてる」

「……!!」


洋介の話を聞き、【DuSK KiNG】は今度こそ隠し切れないほどの驚愕をその顔へ表して身を硬直させた。


あまりにも、信じられなかったがゆえに。


実行されたという命令……固有スキルが、あまりにも、信じられなかったがゆえに。


【DeCeiVe(欺瞞)】


【NiGHT JoKeR】との同盟プレイヤーが持つ固有スキル。


残り生存猶予期間が1時間を切った状態でのみ実行可能。


自分を含むすべてのプレイヤーに対して4つまで、(ひとりに対してであろうとふたりに対してであろうと個数は固定)命令や固有スキルの実行についてのアナウンス、およびパラメーターを偽らせることができる。


【NiGHT JoKeR】自身は【HiDDeN】の効果があるため、主に他プレイヤーに対して使用するのが通常である。


殺処分寸前でしか使えないうえ、間接的な効果しか得られないことから滅多に使うプレイヤーはいない。


なお、プレイヤーの死亡もしくは生存猶予期間が1時間以上に延長された時点で効果は消滅する。


使用コスト・無し。

使用条件・残り生存猶予期間が1時間以下であること。


「そんな……まさか、有り得るはずが……」

「いいや、確信できる事実だ。その証拠にさっき確認した【NooN JaCK】と【DaWN QueeN】の生存猶予期間が明らかにおかしい。どちらもまったく変化していない。時間経過による減算さえされないなんて有り得るか? 無いよそんなことは。有り得ない。てことは、答えはひとつしか無くなる。【NiGHT JoKeR】が【DeCeiVe】を実行した。それしか考えられない」

「……だ、だが、だとしても何故に引く必要がある? やつらにわざわざこちらから時間的余裕を与えるなど、塩を送るのも同じではないのか?」


この【DuSK KiNG】の意見はもっともであった。


もし洋介の仮説が正しく、【DeCeiVe】が実行されているとするならば現在、【NiGHT JoKeR】の同盟プレイヤーは生存猶予期間が1時間を割っている。


だとすればここは無理にでも戦いを続けて時間を稼ぎ、そのなけなしの1時間を奪って殺す。それが最善手。普通なら。


が、洋介は間髪入れずに呆れたような笑みを浮かべ、【DuSK KiNG】の考えにやんわりと、しかし明確な否定を示した。


「自分の生存猶予期間をわざと1時間以下に減らしてまで勝とうとしてくる相手に真っ向から挑めってのかい? 無茶は言わないでくれよ。大体、その残り1時間ていうところからして危ないんだ。スキルを使ったのは紛れも無い相手自身。なら、残り1時間で何がどこまで出来るかを考えずに実行するはずがない。計算して実行したはずさ。自分の生存猶予期間が無くなる前に俺を殺せるって。仮にもしそうでないとしても、ここまで自分を追い詰められる相手とまともに戦うのは危険すぎる。なんで誰よりも地盤が固まっていて有利な俺が、下手すりゃ相討ちも覚悟で攻撃してきてる相手と真正面から戦わなきゃいけない? 釣り合いが取れてないだろ。失う物の。俺は奴隷に刺し殺される王になるつもりはないね」

「むう……」

「それに、確認できてる改竄個所は【NooN JaCK】と【DaWN QueeN】の生存猶予期間だけ。つまりあと2つ何かを改竄されてる可能性がある。こうなると【NooN JaCK】と【DaWN QueeN】が所有階層をすべて放棄したことにさえ疑いを持たざるを得ない。ほぼ間違い無く破棄してるって分かっていてもね。そうするとどうなる? またぞろ大兵力を使って探るかい? そうして探っている間に時間はどんどんすぎてく。時間自体は重要じゃない。俺が実利の無い行動ばかりさせられるよう、消極的な行動ばかり選択するよう仕向けられるのがきついのさ。まあおおむねそう思わせるためにわざと改竄したよう見せかけて何もしていないとは思うけど。でもどちらにせよ何をされているか分からない状況で勘だけを頼りに危ない橋を渡る理由が俺には無いんだよ。賭け自体は嫌いじゃないけど、どうやったって、どう転んだってこちらが損な賭け……まるきり間尺に合わない賭けをするなんて、そんなのする意味が分からないだろ?」


この洋介の読み、実は的中していた。


桂一は4つの改竄が可能であるのにもかかわらず、あえて短時間で異常に気付かれる【NooN JaCK】と【DaWN QueeN】の生存猶予期間のみを改竄し、他は意図的に手を加えなかったのである。


相手の猜疑心を煽り、何が真実で何が虚偽かという思考の袋小路へ誘い込む作戦。


だが、最終的にはどちらへ転んでも良いように仕組んでいた作戦でもあった。


洋介が戦いから下りればそれも良し。相手の【BiND oVeR】時間切れまでか、または解除までの時間は稼ぐことができる。


下りなければそれもまた良し。さしもの洋介も想定さえしていない、試験体【BuBBLe GuM】と【SoDa PoP】によって時間切れ前に10階層を落とす。


その際には、8階層まで奪った時点で9階層目占領のアナウンスと洋介の生存猶予期間の表示を【DeCeiVe】で遮り、警戒が最大になる前に最後の10階層目を奪取する算段であった。


ともあれ。

2段構えの態勢のうち、1段目で桂一の作戦成功が決定した事実だけは変わらない。


「ま、そういうわけだから今回はここまでさ。変な力押しをしてまで勝とうとする必要なんてないよ。何せ俺から【BiND oVeR】を引き出すために連中はほぼ手の内すべてをさらけ出した。対して俺は固有スキルはおろか、固有メリットさえ使ってない。俺はやつらの傾向を知り、やつらは俺の傾向を何ひとつ知ることができなかった。情報戦として見るなら、ここで引いても大勝利。たかが2階層……20時間と【BiND oVeR】分の48時間くらい、情報量だと思えば安いもんだ」

「……しかし……」


余裕を見せ続ける洋介へ、それでもまだ【DuSK KiNG】は頭をよぎる唯一の懸念に押されてつぶやく。


桂一による恐るべき自滅覚悟の攻撃以上の、もっと初期段階から抱いていた懸念。


それが【DuSK KiNG】の口を嫌でも動かさせた。


ところが。


二の句を継ぐよりも前に、洋介はその心中を見透かしたよう、不敵に笑い、左手のひらを上へ向け、おどけた様子でひと息に語り出す。


「言わなくても分かるよ【DuSK KiNG】。長く時間を置けば、それだけ連中の信頼が深まって協力体制も堅固になりやしないかとか思ってるんだろ? だけど、それは無いね絶対に。賭けたっていい。この先、時間がいくら経過しようとやつらの信頼関係は弱まりこそすれ強まることは絶対に無い」


柔らかな、されど確証でもあるような口調で言い、


「【NiGHT JoKeR】の同盟プレイヤーについてはちょっと考える余地はあるけど、少なくとも【NooN JaCK】と【DaWN QueeN】の同盟プレイヤーには絶対的に俺より劣る点がある。それが有る限り、やつらの負けは揺るがないよ」


聞いた【DuSK KiNG】は自然、その何かを、


「……やつらの……劣る点?」


問う。

途端、まさに即答で洋介は返した。


「一言で簡潔に言うなら多分、(純粋さ)とか、そんな感じかな?」

「純粋さ……?」

「あいつら、恐らくはまだこの期に及んでも考えてるはずさ。漠然と、でも確かに。誰かを(助けたい)とか、(守りたい)とかってね。そんなのがここで生き延びられると思うかい? この弱肉強食以外の何物でもない世界で。片手間でしか(生き延びたい)と思ってないような連中が。純粋に願っていないような連中が。混ぜ物なんかあっちゃダメなんだよ。生きようと思ったら、ただどこまでも純粋に(生き延びたい)って思わなきゃダメなんだ。だってそうだろ?」


狭間に差し込まれた【DuSK KiNG】の声すら聞いていたのか疑わしく、洋介は酔ったようにいびつな視線を向けつつ、言葉を続ける。


「自分以外の誰かを(助けたい)とか(守りたい)なんて考えは、自分が絶対に生き延びられるって根拠のあるやつしか、余力のあるやつしか、しちゃあいけないんだ。でないと不純になる。自分の命に対しても、相手の命に対しても、中途半端な気持ちになっちゃうんだよ。そういう気持ちは他人はおろか自分自身すら信用できなくさせる。自分自身すらも、だ。そうなったらもう心の中は疑いの渦さ。脱出不可能な疑いの渦。最低最悪の自滅の道……」


穏やかだった口調は知らず知らず覇気を帯び、発する言葉もまた狂信にも似た確信を伝え、最後に、


「でも俺は常に純粋に(自分が生き延びる)ことしか考えてない。なのに連中は土壇場でも迷うだろうね。自分と他人の命を天秤にかけて。そんな雑念だらけの思考をしてるようなやつは必ず死ぬよ。助けようとしたものと一緒に。守ろうとしたものと一緒に。何故ならそういう考え自体が(生きる)っていう行為に対して」


薄暗い室内の隅々へと、くまなく染み入るほどの意思を込め、見開いたその双眸を爛々と光らせ、


「不誠実だからだ」


そう、断言した。


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