DaTa FiLe [RooT 08]
最上層での彩香たち、【NooN JaCK】側がようやく攻勢への足掛かりを探り当てた同時刻。
最下層では英也たち、【DaWN QueeN】側がとうに足並みの揃わぬ新兵ばかりで構成された【DuSK KiNG】側へと、やはり新兵ばかりの自軍を、それでも何とか統制して一気に攻勢をかけていた。
案の定というべきか当然というべきか、【BeNeDiCTioN】によって付与されたドライゼ銃に戸惑い、扱い方も分からず混乱していた彩香たちとは異なり、職業柄からボルトアクション式の銃器にも精通していた英也は速やかにその操作方法を数人の兵へと教え、その兵らがさらに他の兵たちへも取扱いの仕方を伝えるといった形でひとまず全員がひと通り、手にした銃を使えるようにすると、その射程と火力を存分に発揮して【DuSK KiNG】側の兵たちを文字通りの集中砲火で次々に薙ぎ倒してゆく。
その様子はまさしく、洋介が予測して言った言葉そのまま。
とても戦いと呼べるものではなく、(射手と射的の的)としか言い様が無いほど一方的で、圧倒的な内容であった。
「いいぞ、全員その調子だ! 敵を確認したら、焦らず狙いを定めてから一斉に撃て! これだけの人数で撃てば何発かは勝手に当たる。気負わずにとにかく撃て! 撃ち終えたなら、敵が倒れたかを確かめる必要は無い。仕留めていれば勝手に誰か運の良かったやつの左手が光って、生存猶予期間が増える。そいつが自分であることを期待しながら次弾を再装填! 敵に前進も後退もする暇を与えないよう、撃って撃って撃ちまくれっ!!」
最低限の指示と、匂わすように餌をちらつかせる命令を叫びつつ、英也も自らの銃へ弾を込める。
極限状態であることに変わりないとはいえ、力の差は安心感を生む。
そして安心感は余裕を生み、結果として新兵ばかりでありながら英也の手際良い指揮も手伝って、ほぼまともな戦闘組織の体裁を確保していた。
それへ加え。
「失礼」
間断無く響き続ける銃声の中。
聞き逃しそうになるような普段通りの音量で一言、断わりを入れたかと思うや、
英也と背中合わせになった【DaWN QueeN】の持つ銃が同じく、轟音を鳴らす。
途端にまたひとり、血飛沫を上げた敵が絶命して硬い床へと倒れ込んだ。
ちょうど、みぞおち付近へまともに弾丸を喰らい、断末魔の叫びさえ出すことも許されずに。
と、そんな敵兵の最期には興味も無いとばかり、【DaWN QueeN】はまだ硝煙くゆる薬室へと弾の再装填を済ませてボルトハンドルを戻していた。
自分も自分で余所見などしている暇は無いと分かっていながら、思わず英也はその姿を顧みて感嘆さえ漏らす。
世辞などではない、本気の賛辞を。
「……お見事ですな、ご婦人」
「ありがとう中尉。けど、この銃には慣れていますから当然ですわ。それにこれだけの近距離……しかも練度の低い敵が相手となれば、まず外す気はいたしませんわね」
「それは心強いことで……」
短く応答し、最後もやはり本音を言い添えて英也は顔を正面へと向き直した。
実際、このフロアへ来てから現在、自分たちが今もって生きていられるのは【DaWN QueeN】の功績によるところが大きい。
【NeuTRaL FLooR】以外の階層は基本、フロア構成がランダムで決定されるため、訪れてみないことにはどういった造りになっているかも分からない。
開けた造りならば多勢に有利であるし、入り組んだ狭い通路が主体の造りならば少数側でも有利な戦いの進め方ができる。
ただし先に言った通り、それらは行ってみないことには分からない。
この点に限っては、極めて運の要素が強いのが一般に知られる【eNDLeSS・BaBeL】も、この奇異な【eNDLeSS・BaBeL】も、共通した部分である。
そういう意味では、最上層に侵攻した彩香と【NooN JaCK】の率いる部隊は間違い無く運が良かった。
袋小路になった広い空間に通路がひとつきりという、攻撃側としては一見すると不利な立地であったものの、銃の取扱いで混乱した状態にあった点を考えると、むしろこの立地によって時間稼ぎが出来たことで部隊を立て直せた形である。
これがもし、開けた場所……それも複数の通路へ繋がった立地であったなら、混乱を収拾する暇も無く全滅していたとしても不思議ではなかったろう。
そう、まさしく。
英也たちが侵攻したこの最下層の造りであったならば。
いつもと同じく、ふと意識が遠のく感覚を味わい、そこからゆっくりと覚醒した英也は、まず視界に入ってきたその光景に須臾の愕然を味わわされたのは今から数分前のこと。
ほぼ正方形をし、200人以上の兵員ともなれば相当の広さが無ければひしめくところを、多少余裕すら感じられる大きな空間。
そこに前後左右……または東西南北というべきか……から、かなり幅の広い通路が自分たちの立つ場所へ向かって伸び、おまけにその四方から伸びてきている通路のすべてを使って【DuSK KiNG】の兵員らが未だ、ひと塊となったままの自分たちを包囲するように攻撃を仕掛けてきた。
それが今、英也たちが初期配置された場所であり、立たされた現状。
では、英也と彩香。双方にどんな差異があったのかといえば。
その差はわずかに一点。
【DaWN QueeN】の存在である。
気が付いた時にはもう四方向から敵が迫っていたという状況……とても足並み揃えたり準備を整える時間など無い逼迫した事態にあって、さしもの英也ですら狼狽を隠せなかったにも係わらず、
咄嗟の対応らしき対応も出来ず、
周囲へ視線を巡らすぐらいしか出来ず、
そのままであったとしたら確実に致命的な被害を出していただろうが、現実にはそうならなかった。
唐突。
猛烈な勢いで全方位に迫りくる敵兵たちの足を止める。
一発の、フロア全体へ満ちた空気を揺るがした轟音のおかげで。
いつの間にか手にしていた銃に気づくのよりも早く、置かれた状況を把握することよりも早く。
何より、敵の侵攻よりも早く。
【DaWN QueeN】は近づいていた敵兵のひとりを正確に狙撃し、絶命させていたのだ。
これには敵兵らも反射的に足を止め、ほんの数秒とはいえ通路の奥へと撤退するに至った。
このことがあったからこそ、英也は自分以上に当惑した兵員たちへ銃の操作方法や行動の指示をおこなう時間が確保できたといえる。
そうして。
今や4つの通路それぞれに配置した兵員により、敵の逆侵攻を防ぎながら改めて攻勢に出るタイミングを伺うまでの態勢を得た。
まさに英也としては【DaWN QueeN】様様といった気持ちである。
さて。
そうこうしているうちに、気持ちの余裕は思考の余裕をも生み始めた。
疑問を抱き、口にする程度の余裕を。
もしくは、もう少し明確に言うなら。
他人の心配をする余裕、であろうか。
「しかし……先入観によるところなのは承知ですが、まさかご婦人がそれだけ銃器の扱いに長けてらっしゃるとは思いもしませんでしたよ。この状況下では有難い誤算だったことは確かですけどね」
「自分に起因するスキルで得られるものですから自然、それなりに使えるようにもなりますわ。意識してやっていたわけではありませんけど、つまり『習うより慣れろ』といった感じかしら?」
「なるほど……」
納得の語をつぶやきつつ、英也はさらに自分がマークしている通路の奥に人影を認めると、右側の壁へ身を寄せながら近づいてくるそれに向かい、引き金を引く。
瞬間、人影は自らの頭の一部を赤い血と共に辺りへ撒き散らして倒れた。
徐々に通路へ堆積してゆく、真新しい躯のひとつとなって。
乾いたコンクリートの無機質な匂いの中に、湿った血と焦げた肉の匂いが混ざり出す。
慣れることのない戦場特有の匂いが少しずつ、フロアへ充満してゆく。
どこからか、味方の兵員がえずいている声が聞こえてきたが、英也の手は自動化されたように次弾を装填し、口はただ【DaWN QueeN】へ掛ける言葉だけが流れた。
「ということは、【NooN JaCK】のやつもこの銃にはそこそこ習熟しているんじゃないんですか? 恐らくですが」
「……何故、そう思われますの? 中尉」
「いや、普通に流れを考えただけですよ。短い間なり観察してきたここまでの経緯を見るに、ご婦人はどんなプレイヤーと同盟しても【DuSK KiNG】とは組まない……というより、組めないはず。【NiGHT JoKeR】とはさらに違う意味で組まないでしょう。あれはあまりにも腹の底が読めない。組む相手としては危険すぎます。今回に関しても、とてもではないが三者連合でも組まなければ生き延びられないギリギリの立場だったからと、麻宮君が同盟しているからという条件が合わさって始めて成立したようなものですからね。普通ならまず組まない相手であるのは間違いない。となると、消去法で【NooN JaCK】が残る。あれとなら過去に何度か協力関係を結んでいても不思議は無いかな……とまあ、愚見を申し上げた次第です」
「鋭いですわね。推測するにも現状、材料が少ないにもかかわらず、それだけの予想を立てられるのはさすがです。けれど単刀直入に的中率だけ申し上げれば、おおむね七割……といったところでしょうかしら」
「ほう、まずまずの結果ですな。して、小官の外した残り三割の予測とは?」
「【DuSK KiNG】と【NiGHT JoKeR】についてはほぼ正解ですわ。【DuSK KiNG】は関係を作ろうにも、交渉の席にすら着いてくれませんから正解。【NiGHT JoKeR】は呼吸をするように嘘をつく。しかも同盟プレイヤーにすら、ね。正式な同盟者にさえ本心を明かさないような相手を信用できるはずがありませんのでこれも正解です。けど、不正解がひとつ」
そこまで答え、【DaWN QueeN】は構えた銃の先へ向けていた視線を一瞬だけ英也へ向けると、急に声音を厳しくして続ける。
「【NooN JaCK】については不正解と言わざるを得ません。基本、私たち管理者はすべてに優先して自らの同盟プレイヤーを勝利させるために動きます。【DuSK KiNG】であろうと、【NiGHT JoKeR】であろうと、【NooN JaCK】や私も例外無く。となれば、確実にどこかで利害の不一致が生じますわ。そしてそんな場面に行き当たった時、私たちに迎合するという選択肢は無いんです。最優先は同盟プレイヤーの勝利であって、そこから遠ざかる行為は如何に些細なことでも許容できません。ですので、意外に思われるでしょうけど私が【NooN JaCK】と協力関係になったのは今回が始めてのこと。加えて言うなら、これが最初で最後であることを私は望んでいます。心の底から」
回答を聞きながら英也は今、立っているこの場……戦場における不安とは違った不安を内心に抱いた。
息を飲むほどの、先行きに対する漠然とした不安を増幅したような、そんな何かを思って。
想像していたより。
予測していたより。
察していたより。はるかに、
四人の管理者たちは複雑な立場にある。
こうした事実を知っただけで、自分の把握していた懸念など氷山の一角であったのかと、嫌でも憂苦は増す。
すでに意識を失っていた時間も含めれば、かなり長く何も口にしていない喉は乾いて張り付き、空になった胃には針で突かれたような痛みが断続的に走る。
果たして、こんな煩雑な関係性を配慮しつつ、自分たちは現状を打破することができるのだろうか。
思い、英也は押し殺した溜め息を口の端から漏らした。
その刹那。
『【NiGHT JoKeR】からの攻撃により、【DuSK FLooR 4095】が占領されました。これよりこの階層は【NiGHT FLooR】となります』
『【NiGHT JoKeR】が所有する【NiGHT FLooR 4095】を破棄しました。詳細な破棄階層の情報についてはモニターにてご確認ください』
『【NiGHT JoKeR】からの攻撃により、【DuSK FLooR 4096】が占領されました。これよりこの階層は【NiGHT FLooR】となります』
『【NiGHT JoKeR】が所有する【NiGHT FLooR 4096】を破棄しました。詳細な破棄階層の情報についてはモニターにてご確認ください』
どこに仕込まれてるのか、スピーカーから響いているらしきアナウンスがフロア全体へと轟きわたる。
これを耳にし、英也は。
「……早いな……」
素直に、疑いも無く素直に事実を捉え、
対して【DaWN QueeN】は、
「……」
ほとんど声にもならぬ小さな、小さな、ささやきで、
「……始めたわね……あのペテン師……」
忌々しげにこぼすと、引き金へ掛けた指に気持ち力を込めて銃口の先を見つめるその眼を細めた。




